映画評「ミス・マープル パディントン発4時50分」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1987年イギリス映画 監督マーティン・フレンド
ネタバレあり

配信を含めてWOWOWの映画に観るべきものが少なく、最近本格推理に対してマイ・ブームが起っている為、長編TV映画の本作を選んだ。アガサ・クリスティのミス・マープルものの中でも有名な一編ではないかと思う。
 国際的で華美な仕掛けの多いエルキュール・ポワロものに比べて英国の限られた地域での事件を扱うミス・マープル(と一作しか読んでいない僕は思い込んでいる。違っていたらご指摘ください)はどうしても地味で大スクリーンで見せるのは適していないと踏まれているらしく、「鏡は横にひび割れて」を映画化した「クリスタル殺人事件」(1980年)以外は日本では公開されていないはず。

タイトルから松本清張よろしく時刻表トリックのようなミステリーを想像してしまうが、このタイトルの列車に乗ったマギリカディ夫人(モナ・ブルース)が並行して走行する列車内で起きた女性絞殺事件を見るだけである。
 彼女に依頼されたミス・マープル(ジョーン・ヒクスン)の話を聞いた刑事スラック(デーヴィッド・ホロヴィッチ)は、死体も発見されないので、老婦人に痛い目に遭っている日頃を思って北叟笑む。が、諦めの悪い彼女は知己の家政婦ルーシー(ジル・ミーガー)に被害者が投げ落とされたと踏んだ地帯の土地を所有するクラッケンソープ家に雇ってもらい、彼女に周辺をこっそり調べさせる。
 優秀な彼女はゴルフ練習に見せかけて広大な敷地を散策し鉄道に近い銛で服の一部を発見、一家の孫らが遊んでいる納屋の石棺から死体を発見する。
 ここから警察も本格的に調べ始め、ミス・マープルの協力を得て、被害者がパリのバレエ団の一員だったことを突き止める。
 医師(アンドリュー・バート)から先行きが危ぶまれている一家の当主ルーサー(モーリス・デナム)の許には、一緒に住んでいる長女エマ(ジョアンナ・デイヴィッド)を含めて、三人の兄弟(バーナード・ブラウン、ロバート・イースト、ジョン・ハラム)と妹婿(デーヴィッド・ビームズ)らの子供世代が定期的に一堂に集う決まりである。曾祖父(当主の父)が残した奇妙な遺言に沿うためである。
 そんな彼らの滞在中に兄弟の一人が狩りに出た時に謎の死を遂げる。

このミステリーの面白味は死体探しから始まる点である。言うほど本格推理ものを読んでいない僕にはこれが新鮮だった。探偵は、ミス・マープルの斥候である家政婦を含めると、4人である。
 刑事スラック(原作ではクラドック)が、彼女を信頼する警部ダッカム(デーヴィッド・ウォラー)に命じられてしぶしぶ協力するという関係は、金田一耕助ものに比べればぐっと仲が良く、それぞれが分担して事件の真相に近づいていくという辺りも他の有名探偵シリーズしか知らない立場では新鮮。とは言え、最後のおいしいところはミス・マープルが戴いてしまうわけだが。

ミス・マープルに関して特段のイメージを持っていないが、「クリスタル殺人事件」のアンジェラ・ランズベリーは、英国のとぼけているようで凄い人間洞察力を持つ英国老婦人というムードが薄かったように思い、その点このジョーン・ヒクスンなるTV女優はぐっとそれらしい。生前のアガサ・クリスティは彼女にミス・マープルを演じてほしいと思っていたらしい。

映画館で観たらば華美さが足りないと不満を覚えるかもしれないが、原作の3つから2つに殺人数を減らしたのはTVの枠では案外懸命ではないか。結果から見ると二つでも展開に影響を与えないからである。

映画監督逮捕のニュースで新聞が被害者を “女性俳優” と書いていた。 女優と書けば済むことなのに。僕は面倒臭いので、男優、女優と書くが、演技全般について書く時には俳優陣などと書く。男女平等に限ればそれで何の問題もない。最近はこれにトランスジェンダーの問題が絡むのでデリケートだが、僕は一応生物学のそれで書くだろう。今までそういうケースに当たったことはない。

この記事へのコメント

モカ
2024年02月22日 11:54
こんにちは。

数年前に隠居生活に入ってから、既読、未読を問わずクリスティーを少しづつですが読んでおります。
きっかけは早川文庫から出ている「アガサ・クリスティー 完全攻略」( by 霜月蒼) を入手したからで、今現在、満を期して「カーテン」を読んでいる最中であります。
そしてその本を参考にしてのお話ですが、ポワロ物の長編が33作品あってそのうち列車物が2作、中東物が3作品です。あれ? 意外と少ないと思いません?

ミス・マープルでは「カリブ海の秘密」というのが唯一の海外モノでしょうか。
と言っても海辺のリゾートホテルが舞台で景色を楽しむようなものではありませんでしたが。 お話は面白かったです。多分ですが。 クリスティーは読んでもすぐ忘れるのです。読んでいる間は凄く楽しいのでそれで良いと思っていますが。

本格推理というのがどういうものなのかイマイチわかりませんが、クリスティの魅力はトリックがどうとか読み手が犯人にいつ気付くかとかではなくて、ストーリーテリングの面白さだと思います。(上記の霜月氏もそう書いておられて我が意を得たりでありました)

ミス・マープルを無理やり映画化する必要はなくて、丁寧に作られたテレビ版で充分で昭和のお年寄りが遠山の金さんや黄門様を楽しく観ていたように楽しめばいいように思いますな、令和の老人は… 笑…
オカピー
2024年02月22日 18:56
もかさん、こんにちは。

>本格推理というのがどういうものなのかイマイチわかりません

(1)トリックとそれを解くのを主体、ほぼそれを眼目にしていること
(2)名探偵が出て来ること

が必要条件でしょうかねえ。(2)はない場合もありそうですけど。

松本清張の「点と線」「砂の器」などもそ意味では本格推理に近いですが、刑事の地道な捜査などを考えると、一般的に社会派と言われるのを持ち出すまでもなく、やはり本格推理ではないでしょうね。

>クリスティの魅力はトリックがどうとか読み手が犯人にいつ気付くかとかではなくて、ストーリーテリングの面白さだと思います。

僕も、エラリー・クイーンやヴァン・ダイン、ディクスン・カーを読み返すうちに、クリスティの評価が相対的に上がって来まして、最近有名作品以外も読んでみようかなという気になっています。