映画評「658km、陽子の旅」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・熊切和嘉
ネタバレあり

厳しい文芸ムードの醸成に魅力を覚える熊切和嘉監督の手になるロード・ムービー。本作はオリジナル脚本だが、その特徴は見出せる。

24年前に青森から上京して結局夢を実現できずにフリーターにくすぶっている菊地凛子42歳(タイトルの陽子)が、スマホが壊れて弱っている最中に従兄・竹原ピストルの訪問を受け、前日に20年間音信を取らなかった父親オダギリジョーが死んだと告げられ、仕方なく一家の車に乗って658km離れた青森の実家に向けて旅立つ。
 ところが、あるSAで一家の息子が事故に遭ったらしく彼女は置いてきぼりを喰らう。従兄の努力も空しく、他人と話すのがすっかり苦手になっている彼女は親戚とも上手く会話が出来ず、手持ちのお金も殆どなく、ヒッチハイクするしかなくなるのだが、コミュニケーション障害の彼女にはそれもハードルが高い。
 気の良いシングルマザー黒沢あすか、訳ありの高校生?見上愛、親切ごかしに肉体関係を迫ってくるジャーナリスト浜野謙太と来て、何とかいわき市辺りに辿り着く。彼女は終始父親を幻視して苦しむ。
 しかるに、自分の父親(多分享年66)より少し上と思われる夫婦(吉澤健、風吹ジュン)と交流するうち、彼女は自分こそ父親を苦しめていたという現実を認め(そんなことは一言も言っていないが)、老夫婦に深く感謝の言葉を吐き、握手をすると、次の運転手に心情を吐露する。
 かくして彼女は、納棺を一日延ばしてくれていた実家に辿り着く。

老夫婦との接触以降ヒロインは大きく変わる。少なくともコミュニケーションが若い頃のように出来るようになる。これは老夫婦の自然体の温かみに触れて覚えた、父親の葬儀に出席し彼に謝罪しなければならないという気持ちが引き起こした現象であろう。

海炭市叙景」で見初めた熊切監督にはやはり北国の厳しさが似合う。

陽子に扮した菊地凛子が断然の好演。終盤の長い台詞や、やっと辿り着いた実家前で従兄と再会した後に見せる表情の推移に感嘆した。日本の映画で初めて彼女を生かし切った作品ではあるまいか。

WOWOWのパンフレットの扱いも実に地味で、危く見逃すところでした。

この記事へのコメント