映画評「セールス・ガールの考現学」

☆☆★(5点/10点満点中)
2021年モンゴル映画 監督ジャンチブドルジ・センゲドルジ
ネタバレあり

初めてモンゴル映画を観る人はさほどびっくりしないかもしれないが、僕のようにかつての、朴訥とした半移牧住民ばかりが出て来る映画を観て来た人間には、モンゴル映画も変わったものだなあ、と瞠目せざるを得ない。
 モンゴル映画と聞かなければ、日本映画でもありうるような、オブビートな青春映画である。

ウランバートル。原子力工学を専攻し絵心もある女子大生サロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)が、怪我をした同窓生に頼まれて、アダルト・ショップの店員兼配達員となる。
 売上金を届ける先は熟年女性のカティヤ(エンフトール・オィドブジャムツ)で、通ううちに気心が知れて、酸いも甘いも知っていることを次第に示すカティヤとの様々な経験によって、サロールは鈍くさい少女から魅力的な女性に変わっていく。

ざっとまとめればこんなお話で、ヒロインが純朴なのかそうでないのか曖昧なのが面白い。一般的な日本映画のように、うぶなヒロインが大人の玩具に真っ赤になるようなこともない一方、性経験が豊富でないことも明らかという乖離にオフビート感が醸成されている。

展開ぶりに字足らずで一人合点的なところも少なくないが、突然実際にはそこに存在していないであろうバンドがフレームインしてくるところなどシュールで面白い。バンドのPVなら当たり前でもあくまで確固たるヒロインがいる中でこの見せ方は実に興味深いのである。恐らくこれは彼女の脳内風景である。

彼女が最後に渡されるのが、カティヤが70年代の香りがすると言ったピンク・フロイドのLP「狂気」(1973年発売)で、かのバンドは多分ラジオのMCが紹介していたベテラン・バンドなのかもしれない。音楽もどこか古風で一部プログレッシヴ・ロックに通ずるような香りがして、彼らの若い時の姿なのではないか。カティヤの青春時代に思いを馳せさせる効果があるような気がする。
 狙いがはっきりしないので、匠気に感じられないでもないが。

考現学は実際にある単語。考古学の対義語と考えられるが、社会学と重なる部分が多いのではないだろうか。因みに、「狂気」は僕が一番聴いたアルバム。買ってから1年間で300回は聴いたと思う。毎日1回は聴いて、聴けない日もある代わりに、日に2回以上聴くことも結構あった。

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