映画評「理想郷」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年スペイン=フランス合作映画 監督ロドリゴ・ソロゴイェン
ネタバレあり
「おもかげ」という、少し舌足らずだが注目すべき児童拉致を主題にした映画を作ったスペインの監督ロドリゴ・ソロゴイェンのサスペンス風ドラマ。不明の家族を探す中年女性の執念が主題になっていく辺りに共通点がある。
フランスから孫もいる初老男性ドニ・メノーシェと妻マリナ・フォイスがスペインの田園地帯に移住し、地道な農業を始め、最終的に農村の活性化を目指している。映画はそれから2年ほど経った時から始まる。
若者が出ていきさびれた農村は、風力発電誘致を進めているが、夫婦は景観と環境の破壊を理由に反対している。隣の一家の初老兄弟ルイス・サエラとディエゴ・アニードは誘致で入って来るお金を目当てにしている為、それに反対する夫婦が面白くない。さんざん嫌がらせをし、特には暴力行為にも及ぶが、我慢に我慢をしたある日、遂に兄弟は散歩中のメノーシェ氏を襲い殺す。
後半は、かなり時間を経て(警察が昨年もと言っている)細君マリナが今一つ頼りにならない警察の捜査を尻目に、姿を消した夫の遺体を探し続け、心配でやって来た娘マリー・コロンといざこざにもなるが、夫が残したビデオカメラを彼女が発見した後、遂に夫の遺体が発見される。
というところで終わるお話で、基本的に性格の悪い兄弟が夫婦の周囲をうろつくことで生まれるサスペンスが軸であるが、純サスペンス映画ではあるまい。かと言って社会派でもなく、テーマはやはり夫婦の愛情と後半主役に躍り出るマリナの強い信念だろう。
比較的早い段階で夫の意見に同調しきれない彼女の様子を描いた後、失った夫への愛情が執念に昇華したことが娘との会話で示され、娘も父親の残したビデオによって愛情あふれる夫婦関係の素晴らしさに気付き、頭がおかしいとまで痛罵した母親の思いを理解して去っていく。
そして、その思いは遂に警察を動かして死体発見となる、という次第である。
マリナが隣家へ乗り込んで老母に “息子(たち)は逮捕される” と宣言した後に警察の死体発見となるシークエンスが少々解りにくい。前段は死体発見に立脚したマリナのはったりで、死体から発見されたDNAから兄弟の犯行が暴かれるというのが通常の理解だろう。
d の発音をドゥと表記するのがフランス映画関係者周辺に広まっているが、僕は相変わらずドと書く。外国語のカタカナ化の際の約束事と下ではこちらのほうが却って母音を意識させないと感じる。だからドゥニではなく、ドニ・メノーシェである。ドゥと書くならヅのほうが良い。英語圏でも、有名なカントリー歌手のシャナイア・トゥエインという表記にやや違和感がある。同じ綴りでもお馴染みマーク・トウェインはずっとそのままだ。
2022年スペイン=フランス合作映画 監督ロドリゴ・ソロゴイェン
ネタバレあり
「おもかげ」という、少し舌足らずだが注目すべき児童拉致を主題にした映画を作ったスペインの監督ロドリゴ・ソロゴイェンのサスペンス風ドラマ。不明の家族を探す中年女性の執念が主題になっていく辺りに共通点がある。
フランスから孫もいる初老男性ドニ・メノーシェと妻マリナ・フォイスがスペインの田園地帯に移住し、地道な農業を始め、最終的に農村の活性化を目指している。映画はそれから2年ほど経った時から始まる。
若者が出ていきさびれた農村は、風力発電誘致を進めているが、夫婦は景観と環境の破壊を理由に反対している。隣の一家の初老兄弟ルイス・サエラとディエゴ・アニードは誘致で入って来るお金を目当てにしている為、それに反対する夫婦が面白くない。さんざん嫌がらせをし、特には暴力行為にも及ぶが、我慢に我慢をしたある日、遂に兄弟は散歩中のメノーシェ氏を襲い殺す。
後半は、かなり時間を経て(警察が昨年もと言っている)細君マリナが今一つ頼りにならない警察の捜査を尻目に、姿を消した夫の遺体を探し続け、心配でやって来た娘マリー・コロンといざこざにもなるが、夫が残したビデオカメラを彼女が発見した後、遂に夫の遺体が発見される。
というところで終わるお話で、基本的に性格の悪い兄弟が夫婦の周囲をうろつくことで生まれるサスペンスが軸であるが、純サスペンス映画ではあるまい。かと言って社会派でもなく、テーマはやはり夫婦の愛情と後半主役に躍り出るマリナの強い信念だろう。
比較的早い段階で夫の意見に同調しきれない彼女の様子を描いた後、失った夫への愛情が執念に昇華したことが娘との会話で示され、娘も父親の残したビデオによって愛情あふれる夫婦関係の素晴らしさに気付き、頭がおかしいとまで痛罵した母親の思いを理解して去っていく。
そして、その思いは遂に警察を動かして死体発見となる、という次第である。
マリナが隣家へ乗り込んで老母に “息子(たち)は逮捕される” と宣言した後に警察の死体発見となるシークエンスが少々解りにくい。前段は死体発見に立脚したマリナのはったりで、死体から発見されたDNAから兄弟の犯行が暴かれるというのが通常の理解だろう。
d の発音をドゥと表記するのがフランス映画関係者周辺に広まっているが、僕は相変わらずドと書く。外国語のカタカナ化の際の約束事と下ではこちらのほうが却って母音を意識させないと感じる。だからドゥニではなく、ドニ・メノーシェである。ドゥと書くならヅのほうが良い。英語圏でも、有名なカントリー歌手のシャナイア・トゥエインという表記にやや違和感がある。同じ綴りでもお馴染みマーク・トウェインはずっとそのままだ。
この記事へのコメント
モカ式めちゃくちゃ怪しいフランス語講座によりますと
d の単体発音は英語で言うところのエー、ビー、シー、ディーが、アー、べー、セー、デーになりまして当たり前ですが後に続く母音によって発音がそれぞれ違いこの俳優さんの名前Denisの場合はドゥが1番近いです。
doならドに近い音ですかね。
私はどーっちでもいいんですけどね。(^^)
“ドニ” って呼んでも振り返ってもらえない可能性があるので念のため…
ちょっと僕の言いたいこととずれているような気がしますよん。
dの発音というのはアルファベットのことではないのは言うまでもありません。発音記号 [ d ] のことでした。
de の発音は半母音くらいと僕は思っているので、uを意識させてしまうドゥは余り好きではないんですよねえ。
t と d は日本では不思議な扱いを受けていまして、それ以外の子音は全てウ段で表記されます。これは恐らくウ段にすると、ts / ds の表記が出来なくなるから生まれた苦肉の策なんでしょうね。
つまり、僕が言っているのは、表記の約束事であって、実際の発音に近いかどうかということではないんですねえ。
例えば、
マルキ・ド・サドやカトリーヌ・ドヌーヴは依然ドですよ。
アラン・ドロン映画でお馴染みの監督ジャック・ドレーもそうですね。
ジャック・ドミーが、1990年代の初めころだったでしょうか、ジャック・ドゥミになったびっくりしました。それ以来ドゥミとなり、その後出てきた女優はセシル・ドゥ・フランスとなりました。マルキ・ド・サドと違うのか綴りを調べたら同じ de でしたので、それならドで良いんでないのということになりました。ドゥヌーヴやドゥ・サドという表記する人が半分以上になったら、変えますよ^^
1970年頃TVに出演するフランス語にうるさそうな評論家などが、ドゥヌーヴと発音していましたが、書く時はドヌーヴでしたね。
僕もドと書いても頭の中では de の発音をしているわけです。
私は上にも書いたようにどっちでもいいんですけどね。 すいません。
表記は、実際の発音に即しなくても良いですけどねえ。マクドナルドと言っても英米人には全く通じないし、彼らがマクダーヌルズと言っても一般の日本人にはなかなか通じない。
と、一見反骨心を見せたふりをして、ここでフランス語関係者の気持ちも解ると表明したいと思います。
何を隠そう、僕の専門はロシア語でして、諸先輩方が明治以降苦心して、アンナ・パブロワとしてきた表記に対して、より実際の発音に近い、アンナ・パブロヴァと書いています。ヴというVに相当するカタカナがなければ、パブロワで妥協しますがね。最近の若い露日翻訳者は僕と同じスタンスではないかなあ。
つまり、フランス語関係者と同じことを僕はロシア語ではやっていたのでした。ワハハハ。
因みに僕が入学した頃は、わが校は原音に近いロシヤ語科としていましたが、現在はロシア語科になっているようですね。世間に近づけた一例。
因みに、キエフをキーウにしたのは、(僕の和訳を褒めてくれたこともある)わが恩師の発案です。侵攻前からそう主著していたようです。
花の季節到来でここ数日はネットで薔薇やら何やら検索しては自制心を無くしてしまう毎日です。
昨日、なんと!「カトリーヌ・ドゥヌーブ」という薔薇を見つけましたよ。
薔薇の世界にもドゥが浸透しつつあるようです。“ドゥ” の方がおフランス感があっておっ洒落〜な感じがするんとちゃいますか?
ドゥヌーブ繋がりでいくとジャック・ドゥミ(Jacques Demy) は昔からドゥミですね。
>日本語にはカタカナという便利なものがあるのが外国語に関しては諸刃の剣ですね。
全部漢字に当てはめる中国語とどっちが良いでしょうかねえ。
日本語が問題なのは、母音を伴わない表記がないこと。
>なんと!「カトリーヌ・ドゥヌーブ」という薔薇を見つけましたよ。
>薔薇の世界にもドゥが浸透しつつあるようです
確かにありますね。
しかし、これもご本人と一緒で、表記したいひとによって違うようです。どうせなら統一してしまえば良いのに。
>ジャック・ドゥミ(Jacques Demy) は昔からドゥミですね。
うんにゃ。他の雑誌は知りませんが・・・
1970年から2013年まで【スクリーン】誌を買っていましたが、1991年に「ジャック・ドゥミの少年期」という作品が出るまで、かの雑誌はジャック・ドミーが標準でした(時々独自の表記をする、津村秀夫などベテラン批評家がいたので例外あり)。
何故か図ったように物置から持ってきて手元にあった1974年1月号に「モン・パリ」の紹介記事がありましたが、やはりドミーでした。
僕が買って後悔した「モン・パリ」のパンフレットもドミーでしたよ。因みに、
https://librairielefilm.com/?pid=171587291
にそのパンフがあり、記事タイトルはドゥミですが、下の方にある当時の記載はドミーです。
とにかくフランス語の発音ははっきりしませんね。
10歳くらいの頃、初めて聴いたフランス語の歌がシルヴィー・バルタン「アイドルを探せ」でイタリア語の歌がジリオラティンクエッティの「夢みる想い」でした。
どちらも兄が買ってきたシングルレコードを聴いていましたが、「夢見る想い」にはイタリア語の歌詞にカタカナでルビがふってありましたが、アイドルの方には多分なかったですね。出来なかったんでしょうね。聴き取り不能。
同じラテン語圏なのにこの発音の難易度の違いは何でしょうね。
同世代の友人とヨーロッパのオールディーズの話になると、「夢みる想い」は歌えても「アイドル」は “ダンセ〜” だけで、マージョリー・ノエルの「そよ風にのって」は冒頭のフーフーフーかルールールーかも分からないとこだけは歌えたね、と大笑いです。
かねてからフランス語と津軽弁は似ているのでは、と思っていましたがyoutube で
面白いチャンネル見つけてから確信にかわりました。
「すんたろす」津軽弁youtuber 「津軽弁の先生によるフランス語の授業」面白いです! 観てみて下さい。
>フランス語の歌がシルヴィー・バルタン「アイドルを探せ」で
>イタリア語の歌がジリオラティンクエッティの「夢みる想い」
二人ともベストを持っていますよ。
昔は欧州の歌も人気でしたがねえ、70年代後半以降ヒット曲は英米勢にほぼ独占されてしまった感がありますねえ。
>マージョリー・ノエルの「そよ風にのって」
カセットデッキを買った頃、録音して聴きましたねえ。
>同じラテン語圏なのにこの発音の難易度の違いは何でしょうね。
不思議ですよねえ、横のドイツ語も割合カタカナにしやすいのに。
イタリア語は比較的母音の多い言語と思いますし、発音も日本人にしやすいでしょうね。その逆もまた真なりで、
(概して)イタリア出身者の日本語は日本人に近いですし、フランス出身者の日本語は変ですね。
>「すんたろす」津軽弁youtuber 「津軽弁の先生によるフランス語の授業」面白いです!
面白いです。
確かに津軽弁はフランス語に聞こえますねえ。