映画評「苦い涙」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2022年フランス=ベルギー合作映画 監督フランソワ・オゾン
ネタバレあり

昨日観たライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの日本劇場未公開作(特別上映あり)「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」(1972年)をフランソワ・オゾンが、主人公を男性に変え、職業をファッション・デザイナーから映画監督に変えて、リメイクした。それによって変えざるを得ない部分を除くと、台詞もオリジナルとほぼ同じである。

1972年のケルン。中年の映画監督ペーター・フォン・カント(ドニ・メノーシェ)は、旧友のベテラン女優シドニー(イザベル・アジャーニ)に紹介された23歳の美男子アミール(ハリル・ガルビア)に一目惚れし、家に招き入れて同棲生活に入るが、アミールは俳優としてステップを踏み出すと良い気になって監督を翻弄、オーストラリアから戻ってきた妻に会いにフランクフルトに行ったまま帰って来ない。電話もかかって来ずイライラを募らせた彼は、40歳の誕生日祝いにやって来た14歳の娘ガビ(アマント・オーディエール)、母ローズマリー(ハンナ・シグラ)、そしてシドニーの前で狂乱し、物を破壊しまくる。
 夜、アミールから電話を受け、これに落ち着いた彼は、長年尽くしてくれた秘書カール(ステファン・クレポン)に優しく声をかける。しかし、不自由でいることに喜びを感じるカールはこれを拒否、出て行ってしまう。

124分あったオリジナルから、内容をほぼいじらず、85分と1.5倍近い速さで展開するのだから、続けて見ると展開のスピードに物凄い差を感じる。オリジナルは演劇的時間で進行する感じがあって映画としては冗長な印象を覚えたのに対し、ショットを切って進めるこちらはもたもた感がなく、個人的にはこちらを買う。但し、あっさりしすぎてコクがなく、とりわけ、幕切れの秘書が出ていく場面は強烈なシニカルさを欠き物足りない。

その影響もあって、主題が変わっているような気がする。オリジナルは恋愛めきながら歪な関係でも繋がりを求めざるを得ない人間の不可解さがテーマであったように感じられるのに対し、こちらは純粋に恋愛映画ではあるまいか。

そして、主人公を男性映画監督に変え、オリジナルを製作した72年頃のファスビンダーを彷彿とするドニ・メノーシェという俳優を起用したことが、明らかに主人公はファスビンダーその人であると確信させるのである。ウィキペディアによると、ファスビンダーは自身のある男性への失恋を基に「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」を書いたようだから、その推測は間違いないだろう。オゾンも同性愛者の映画監督だから自身を投影してもいるのである(ウィキペディアにも書いてあるが、参照するまでもない)。

そうそう、50年前のオリジナルで23歳の妙齢美人を演じたハンナ・シグラが母親役で出て来るのもオマージュとして実に感慨深い。

50年なんてあっという間です。

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