映画評「ほつれる」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・加藤拓也
ネタバレあり

製作時30歳くらいという若い監督・加藤拓也は初めて見るが、今泉力哉から茶目っ気を取り去ったような内容・作風である。

門脇麦と染谷将太という、不倫関係と思しき男女がキャンプに出る。東京に戻って再会を約した直後、染谷君が交通事故に遭う。彼女は119番するものの、恐らくこれを端緒に不倫が発覚するのではないかと恐れて、電話を切る。
 麦ちゃんはそもそも不倫同士で結婚したらしい夫・田村健太郎とは現在仮面夫婦状態で、先妻との子供の面倒を見ることを特段嫌がっていないものの、それがしっくりしない関係に火を注いでいる可能性はある。
 彼女は、関係修復を図る夫が提案した新居探しの日を忘れて、親友・黒木華と一緒に、死んでしまったが葬儀には出られなかった染谷君の山梨県にある墓を訪れる。実はまだ遺骨は収められていず、墓地でその父親・古舘寛治と出会う。
 夫君がこの突然の墓参りに不審を抱くもそれ以上疑う理由もない。しかし、彼女が(喪失した、染谷君と交換した指輪を探しに)再び山梨県に行ったことを知ると、さすがに不審は極致に達する。その間に家で指輪を発見した彼は不倫を追及するが、既に相手が死んでいることを知ると、離婚の提案を自ら取り消すかのように彼女に縋りつく。

夫の性格が彼女をイラつかせるのだろう。決して激昂はしないし肉体的には勿論言葉遣い的にも暴力的なことにはならないが、理詰めで責めて来る辺りが配偶者にはたまらなく嫌であろう。これならもっと直情的に怪我がない程度に荒れてくれた方が却って彼女には居場所を見出すことが出来たのではないか。
 それを慰めてくれ二人の間の溝を埋めてくれたのが、“好きだった人” 染谷君ということであろう。

酸いも甘いも知っている人にお薦め。そういう方々には現実味にぞっとするような感覚を覚えるかもしれないし、ぞっとしなくても人間心理の奥底(おうてい)を探る面白味を味わえるのではないか。翻って、こういう映画を鑑賞しようとしたのに全くつまらないと思われる方は、原体験が決定的に足りないということだろう。

映画的に面白い空気感がずっと続く。
 その面白いがそこはかとなく重い空気を象徴するのが、ヒロインが染谷君の奥方・安藤聖と話し合う場面で、画面側を向くヒロインと後ろ姿の相手を捉えたまま極めてゆっくりとズームイン(もしくは前進移動)するカメラである。そのスピードは中平康の「誘惑」(1957年)くらいの超スローなので、それまで同様固定カメラに見えるかもしれない。

加藤監督は、かぐや姫の「好きだった人」を知っているかな? かの曲の男女は恋人未満で相手に対する意識に差があったようだが。かぐや姫の歌に出て来る女性は十代と思わせる場合が多かったな。

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