映画評「コンパートメントNo.6」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年フィンランド=ロシア=エストニア=ドイツ合作映画 監督ユホ・クオスマネン
ネタバレあり
ニール・ヤングの名曲 Heart of Gold の邦題は原題から遠い「孤独の旅路」となったが、 本作は正に孤独の旅路をするフィンランド女性とロシア男性の交流を描くロード・ムービー。
開巻後いきなりロキシー・ミュージックの「恋はドラッグ」Love Is the Drugから始まる。
やがてこれは実際音という扱いになり、今ではない時代を感じさせる小道具となっているが、カムコーダーやカセット・テープの組合せと携帯電話なしを考えると、30年くらい前という感じ。ロシア(ソ連)を嫌っているはずのフィンランドから女性ラウラ(セイディ・ハーラ)がモスクワに留学にやって来ているのだからソ連崩壊直後だろう。留学生と言っても欧米に多い中年学生らしい。
考古学専攻で恋人なるは女性教授イリーナ(ディナーラ・ドルカーロヴァ)だが、北極圏に近いムルマンスク(フィンランドのすぐ横)のペトログリフ(岩面彫刻)を一緒に見に行く約束を反故にされて、ラウラは一人で1500kmほど離れたムルマンスクに向かう長距離列車に乗る。
旅程は3日くらいだろうか。同室となったロシア人労働者リョーハ(ユーラ・ボリソフ)が粗暴なのが気に入らず、いかめしい女車掌に部屋の交換を交渉するも無視される。仕方なく一緒にいると、粗暴と思われた彼に少年のような無邪気さがあり、それを信用して自称58歳の友人女性宅の別々の部屋で一泊する。途中で襲うことなどない。ラウラはイリーナの心が既に離れたことに気付き、一人北の炭鉱に向かう青年に同病相憐れむものを感じるようになる。
リョーハは彼女が次第に見せるようになった人情に却って辛いものを覚え、到着直前に姿を消す。が、真冬で目的地に行けないことを知ってがっかりしているラウラの前にリョーハが現れ、ペトログリフを見に行こうと声をかける。
というお話で、粗暴ながら無邪気で意外に繊細さも持ち合わせているリョーハの青年ぶりが魅力だ。失恋に気付いたことが促進したという面はあるにしても、青年の善良なところに早めにラウラが気付いたのは賢明。青年も盗んだ(!)車で彼女を誘うのも色気からではなく、案外彼女の見かけ以上に深刻な憂鬱に気付いた優しさからなのかもしれない。
彼女の失恋による痛手は青年によって癒される。それを象徴するのが彼が残した下手糞な彼女の似顔絵。その裏にはフィンランド語で “くそったれ” と書かれている(彼女が I love you をフィンランド語でそう言うと教えたのである)。
チェーホフの短編小説のように味の良い終わり方と言うべし。この幕切れで★一つプラスした。
1960年代に La La Means I Love You というヒット曲がありましたなあ。ご存知ですか?
2021年フィンランド=ロシア=エストニア=ドイツ合作映画 監督ユホ・クオスマネン
ネタバレあり
ニール・ヤングの名曲 Heart of Gold の邦題は原題から遠い「孤独の旅路」となったが、 本作は正に孤独の旅路をするフィンランド女性とロシア男性の交流を描くロード・ムービー。
開巻後いきなりロキシー・ミュージックの「恋はドラッグ」Love Is the Drugから始まる。
やがてこれは実際音という扱いになり、今ではない時代を感じさせる小道具となっているが、カムコーダーやカセット・テープの組合せと携帯電話なしを考えると、30年くらい前という感じ。ロシア(ソ連)を嫌っているはずのフィンランドから女性ラウラ(セイディ・ハーラ)がモスクワに留学にやって来ているのだからソ連崩壊直後だろう。留学生と言っても欧米に多い中年学生らしい。
考古学専攻で恋人なるは女性教授イリーナ(ディナーラ・ドルカーロヴァ)だが、北極圏に近いムルマンスク(フィンランドのすぐ横)のペトログリフ(岩面彫刻)を一緒に見に行く約束を反故にされて、ラウラは一人で1500kmほど離れたムルマンスクに向かう長距離列車に乗る。
旅程は3日くらいだろうか。同室となったロシア人労働者リョーハ(ユーラ・ボリソフ)が粗暴なのが気に入らず、いかめしい女車掌に部屋の交換を交渉するも無視される。仕方なく一緒にいると、粗暴と思われた彼に少年のような無邪気さがあり、それを信用して自称58歳の友人女性宅の別々の部屋で一泊する。途中で襲うことなどない。ラウラはイリーナの心が既に離れたことに気付き、一人北の炭鉱に向かう青年に同病相憐れむものを感じるようになる。
リョーハは彼女が次第に見せるようになった人情に却って辛いものを覚え、到着直前に姿を消す。が、真冬で目的地に行けないことを知ってがっかりしているラウラの前にリョーハが現れ、ペトログリフを見に行こうと声をかける。
というお話で、粗暴ながら無邪気で意外に繊細さも持ち合わせているリョーハの青年ぶりが魅力だ。失恋に気付いたことが促進したという面はあるにしても、青年の善良なところに早めにラウラが気付いたのは賢明。青年も盗んだ(!)車で彼女を誘うのも色気からではなく、案外彼女の見かけ以上に深刻な憂鬱に気付いた優しさからなのかもしれない。
彼女の失恋による痛手は青年によって癒される。それを象徴するのが彼が残した下手糞な彼女の似顔絵。その裏にはフィンランド語で “くそったれ” と書かれている(彼女が I love you をフィンランド語でそう言うと教えたのである)。
チェーホフの短編小説のように味の良い終わり方と言うべし。この幕切れで★一つプラスした。
1960年代に La La Means I Love You というヒット曲がありましたなあ。ご存知ですか?
この記事へのコメント
こに映画は全編暗くて寒そうな景色ばっかりでしたけれども不思議と陰気な感じはしなかったです。 暗くて寒そうで哲学的だったりしたら逃げ出したくなりますけれど、チェーホフ目線が効いていてついつい観てしまいました。
「私はモーパッサンより断然チェーホフ派です」と言いたいところですが、モーパッサンは50年ほど前に読んだっきりだし、チェーホフも20年はご無沙汰しています。
これとよく似たシチュエイションの映画で旅の途中でバスで辺鄙な所に出かけて行った若い娘が雪のなかの廃屋で男を殺してしまうというのがあって、それとこれとが記憶の中で混同してしまっています。あれは何だったのでしょうか? 先生、ご存じないですか?
この監督のデビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」はご覧になりましたか? 本作よりもっとチェーホフ的でカウリスマキ的でした。
>チェーホフ目線が効いていてついつい観てしまいました。
それは良かった。
>「私はモーパッサンより断然チェーホフ派です」と言いたいところですが
20年くらい短い短い!(笑)
ロシア語を習ったくらいですから、僕はチェーホフの方が好き(ロシア語での短編集も持っています)ですが、どちらも良いですなあ。
>旅の途中でバスで辺鄙な所に出かけて行った若い娘が雪のなかの廃屋で男を殺してしまう
>先生、ご存じないですか?
比較的最近の作品ですか?
見ていないかなあ。
>この監督のデビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」はご覧になりましたか?
>本作よりもっとチェーホフ的でカウリスマキ的でした。
未見です。
興味をそそりますね。チャンスがあったら観てみます^^
「オリ・マキ…」 アマゾンプライムにありました。
しかし「オリ・マキ」って簡単すぎても覚えられない良い例ですね。
ノリマキ? アキマキ?
モーパッサンって中年女性の容姿やなんかを忖度なく描写するじゃないですか?
あれがどうも気に入らんのです。低レベルな視点の批判ですが…
>「オリ・マキ…」 アマゾンプライムにありました。
確かに!
早速観てみましょう。
フィンランドは日本語みたいな名前が多くて面白いですね。アキだの、ミカだの。フィンランド語はアジア系と言っても良いウラル語族ですから、それと関係ありますかね^^
>モーパッサンって中年女性の容姿やなんかを忖度なく描写
>あれがどうも気に入らんのです。
あははは。
まあ自然主義作家ですからね。カメラで捉えるように描写する。写真という表現を使ったのは先輩のエミール・ゾラだと思いますけど。