映画評「怪物」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・是枝裕和
ネタバレあり

是枝裕和監督はご贔屓だ。初期のセミ・ドキュメンタリーから徐々に良い意味で作り物めいた要素を増やし、脚本を坂元裕二に任せた本作では遂に完全なドラマになっている。

安藤サクラのシングル・マザーが、夫を失った後一人で頑張って育ててきた小学5年生の息子・黒川想矢から、担任教師・永山瑛太に言葉や身体的な暴力を振るわられていると聞き、学校に事情を聞きに行く。
 二回目の訪問で漸く出てきた彼は心のこもっていない謝罪の言葉を吐き、シングルマザーを馬鹿にするような発言をしたかと思えば飴をなめ出す始末。
 最初は木で鼻を括るような態度を示した校長・田中裕子も相手から自身の孫の死について言及され初めて事件を表面化する態度を取る。
 しかし、学校を去る羽目になった教師は何故かその後学校に現れ、さらに少年に怪我を負わしたらしい。

というのが第一部のお話で、続いて第二部に入ると、様相がまるで逆転する。こちらは時間を巻き戻して永山瑛太の教師側の視点で描くもので、いじめられっ子の少年・柊木陽太を重要な役目を負って出て来る。
 実態は想矢君が陽太君を虐めていたらしく、教師が負わせた怪我も偶然に発生したものである。が、謹慎していた彼は陽太君の作文を読んで真実に気付き、台風の中で姿を消した少年二人を母親と一緒に探し始める。

ここから再び巻き戻され、少年たちの視点と言っても良いが、神の視点と言いたくなる第3部に入る。
 二人は実は仲良しで、トンネルを越えた先にある秘密の廃列車で自らの同性愛的感情に気づいて衝撃を覚え、周囲から自身を守る為に想矢君は嘘をついて先生を冤罪に追い込んだのである。先生が言ったとした侮辱発言は実は陽太君の父親が息子について語った言葉で、ガールズバー通いはやはり先生ではなく陽太君の父親のことである。
 気の毒なのは永山教師である。少年の嘘で冤罪の憂き目に遭い、学校の名誉を守る為に “どうしようもない先生” を演じさせられたのである。

教師の言動に疑問を指摘する人が少なくないが、日本国内閣風に言うと、その指摘は当たらない。単に学校の犠牲となったのに過ぎない。

田中裕子は校長という身分を守る為に孫を轢き殺したのを夫のせいしたらしい。想矢君の発言に対して “自分も嘘をついた” と言っているのはそのことを示すのだろう。しかし、二つの犠牲を夫と教師に担わせた彼女にも相応の苦悩があるわけで、それぞれ自分の人生において苦闘し生き方に苦悩している人物の群像劇という見方もできないでもない。

第二部を見ながら所謂「羅生門」(「藪の中」)スタイルかと思って少々がっかりしたが、「藪の中」だけの着想に終わらず、第3部で第1部・第2部で示された伏線を見事に回収するのに唸った。

日本の仏教は、自分の先祖が人間以外のものに変わることを完全否定した中国の儒教の影響を受けた後に入ってきた為に少年たちが気にするような生まれ変わりという観念が殆ど失われているのだが、音楽用語で言うコーダ的な幕切れはどう解釈したものだろう。
 少年が生まれ変わりを気にするのは、LGBTQが生きにくい現状に対する作者の表明だろうが、年齢が幼すぎる故に、少し露骨にすぎる気分が醸成されているような気がする。

個人主義者だから国家より一人一人の権利という立場で生きているが、芸術である映画(や文学など)にコンプライアンスや職業の機会均等などの完全実施を求めるのは大反対である。アカデミー賞関係者が、演技賞の候補者が全員白人になったこと(偶然かもしれないこと)を過剰に反省して規定を改訂、その為に観客が画面を信じることができないという怪物を生み出した。芸術のために何でも許されるという立場でもないが、それらにより今の映画とりわけ英米映画(大陸欧州は大分まし)に非常にみっともないものが増えた。厳しい評価で対応するしかないが、僕も人が良いので、一通り文句を言うだけで、さまで酷評しかねる。僕のような主張をする人がもっと増えれば自然に元に戻るのだが、意外に少ない。

この記事へのコメント

モカ
2024年06月06日 17:41
こんにちは。

もう50年以上も前に観たフランス映画「小さな悪の華」を思い出しました。
あちらの方がよりアナーキーでショッキングだった記憶があります。
何で憶えているかと言うと、近所に住んでた小学校に入るか入らないかぐらいの歳の従姉妹を連れて観に行って、後からオバから「えらい映画に連れて行ってくれたなぁ」と小言を言われましたよ。確かに反省しましたけど…
オカピー
2024年06月06日 22:26
モカさん、こんにちは。

>フランス映画「小さな悪の華」を思い出しました。

ありましたねえ。
見たかったけれど、結局未だに観られていない。
調べたらDVDが出ているようですが、まだ買うには早いな(笑)

>あちらの方がよりアナーキーでショッキングだった記憶があります。

多分ショッキングさが狙いだったでしょうからね。
こちらは、案外群像劇ではないかという印象を持ちました。

>「えらい映画に連れて行ってくれたなぁ」と小言を言われましたよ。

あの映画を6~7歳の子供に見せれば、言われそうですね。
しかし、今ほどコンプライアンスなどに拘らず、色々な映画が作られていた良い時代ですねえ^^
モカ
2024年06月07日 15:40
こんにちは。

「小さな悪の華」は可愛い少女が花の冠なんぞを頭に載せているようなポスターだったのか女の子たちがちょっと悪戯するような内容だと思ってしまったもです。
いくらなんでも内容を知っていたら幼稚園児を連れて行ったりしませんもん。
自慢じゃないけどスクリーンとかを自分で買った事もないです。

>年齢が幼すぎる故
 
 小柄な方の子が特に幼く見えて痛々しい感じがしました。
 大きい方の子はルックス的には中々逸材かもしれませんね。
オカピー
2024年06月07日 21:49
モカさん、こんにちは。

>いくらなんでも内容を知っていたら幼稚園児を連れて行ったりしませんもん。

どうもすんません<(_ _)>
 
>小柄な方の子が特に幼く見えて痛々しい感じがしました。
>大きい方の子はルックス的には中々逸材かもしれませんね。

小さい方はまだ声変わりをしていず、大きい方はまだ完全ではないけれどしていましたね。