映画評「TATTOO [刺青] あり」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1982年日本映画 監督・高橋伴明
ネタバレあり

ウィキペディアの解説を読んで、本作の基になった実際の事件を思い出した。1979年1月に起きた三菱銀行人質事件のことで、人質4人と犯人梅川昭美の計5人が死ぬという、日本の銀行強盗事件では珍しい凄惨な事件だった。

ポルノ映画監督だった高橋伴明の一般映画デビュー作で、これ以降注目すべき監督になった。40年ぶりくらいの再鑑賞。

1948年生まれの主人公竹田昭雄(成人後の配役:宇崎竜童)は父親と不仲の母親・貞子(渡辺美佐子)にスポイルされて暴力的傾向を助長させ、15歳で知り合いの人妻を殺して金品を奪う。
 20歳になって保護観察も解け大阪で働くようになった昭雄はバーのボーイから始め、バーのホステス三千代(関根恵子)を強引に奪い取って同棲生活に入るが、酒が入ると暴力的に彼女を虐げる一方、雇われ店長にまで出世する。
 しかし、(母親に唆されて)30歳までに大きなことをすることを信条としてきた彼は、まず取り立て屋として自立(?)する。それでも満足できない彼は、バーの店長時代に客の影響で始めた猟銃の腕を磨き、身体を鍛え、犯罪小説からフロイト、ニーチェまで読んで殺人について考えるようになる。
 三千代が逃げ出して新しく同棲し始めた暴力団員・鳴海(山口組長を襲撃し後に殺されたこの人物だけ何故か実名にて登場:山路和弘)に先んじられると、大きな銀行強盗を計画、幼馴染に逃走用の車を用意して貰って銀行に押し入る。

この入る直前の描写はモノクロでストップ・モーションを活用した、いかにも実録映画風に構成されている。結局犯行模様は一切なく、警察の指示による母親からの電話を切るところだけが出て来るのみ。

宇崎竜童の演技が沙汰されて評判が良くないが、後年の「デビルマン」でのお粗末すぎる口跡(CMなどで一般人が台詞を読ませられるレベル)とは雲泥の差。寧ろこういう素人っぽさがあるほうが実録映画に向いていると、寧ろ好印象を覚える。
 TVドラマ「新・だいこんの花」の若妻を演じた時の年齢が17歳と知って後年僕を驚愕させた関根恵子の楚々たる妖艶さ(矛盾する言い廻し)も良い。この映画の出演を契機に高橋監督と結婚して高橋恵子になったのはご存知の通り。

主人公は、フロイトが喜びそうなマザコン的人物。母親も単にべたべたする子煩悩というタイプではないが、結果的に息子をスポイルしてあの悲劇である。遺骨を抱えて悄然とする最後の姿に同情することはできない。
 しかし、彼らがどうしようもないダメ人間かと問われればそうとも断言もできず、社会の歯車としてしか存在しえないスケールの小さい人間(30歳までに大きな事をすると大見得を切るのは社会における自らの位置を知っているが故の逆説的措辞)の悲哀がなくもないのだ。

日本人は実名で、まして犯罪絡みの実話映画がなかなか作れないね。訴訟回避というより関係者への配慮なのだろう。そういう面も大事かもしれないが、迫力ある実話映画が作れない一因ではある。

この記事へのコメント