映画評「裸足になって」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2022年フランス=ベルギー合作映画 監督ムーニア・メドゥール
ネタバレあり

監督はムニア・メドゥールという女性で、女性を主人公にした一種の青春映画であることを考えると、映画サイトにあったソフィア・コッポラのような映画という表現は言い得ているかもしれない。

アルジェリア。バレリーナのフーリア(リナ・クードリ)が母親に車を買ってやろうと闘羊に賭け、大金を手に入れるが、羊の逃走を理由に無効と信じる男アリ(マルワン・ファレス)に難癖を付けられた挙句に大怪我を負わせられる。
 脚を痛めただけでなく(恐らく精神的な理由で)失語症に陥った彼女は、しかし、脚が癒えて退院すると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で言葉を発しなくなった人などの集まりで踊りを教えることで前向きになっていく。
 そして、親友ソニア(イルダ・アミラ・ドゥアウダ)が自由を求めてスペインに密航する途中で遭難して引き上げられるという事件に遭遇すると、振付に手話を投入し、親友への思いを込めた踊りを創作するのである。

この映画で見る限り、同じイスラム圏でも、イランやサウジアラビアやアフガニスタンに比べるとアルジェリアの女性たちはかなり自由であるように思えるが、それでも母親が車を運転していたという理由だけで父親を殺されたソニアの経験談などイスラム教ならではの不自由が示されている。

自由を求めて海外に活路を見出す親友と違って祖国に残って、不自由から逃走するのではなく、自分の名前でもある自由の為に闘う少女(結婚していない若い女性)の姿を描いてなかなか溌溂としているものの、この手ではもっと厳しい映画を多数観ているので、青春映画の一ヴァリエーションとして見ざるを得ないような作り方では少々不満を覚えてしまう。後味は上々ですけどね。

イスラム圏の女性を映画で見る機会が今世紀になってぐっと増えた。彼女らの不自由さを見ると、親に縛られることにイラつく日本の若者たちが贅沢に思えて来る。あくまで相対的なものであるにしても、少なくとも彼らの不自由さは直接的に命に係わることではない。

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