映画評「アガサと殺人の真相」
☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イギリス映画 監督テリー・ローン
ネタバレあり
1926年に人気ミステリー作家アガサ・クリスティーが11日間失踪した事件をめぐってはヴァネッサ・レッドグレーヴが主演した「アガサ 愛の失踪事件」(1979年)という秀作がある。失踪した期間に彼女が何をしていたか想像の翼を拡げて作ったフィクションだったが、本作はそれに類し、アガサを文字通り素人探偵に仕立てるのである。
TVムービーながら、画面の質は劇場映画に遜色ない。
失踪の6年前、鉄道で中年看護婦が殺される。
6年後夫との離婚問題に頭を抱えるアガサ(ルース・ブラッドリー)の許に、死んだ看護婦と恋愛関係にあった同世代の看護婦仲間メイベル(ピッパ・ヘイウッド)が訪れ、絞った人間から犯人を割り出したくれと依頼される。
一度は固辞した彼女は、新作の創作にもつまり、依頼を受けて、偽の相続事件をでっちあげ、姻族でもある容疑者5組を招き、その屋敷でメイベルに家政婦を務めさせて犯人を焙り出そうとする。
恐らく脚本家は「パディントン発4時50分」にヒントを得て話を練ったと思われる。あの作品では列車の中から見かけた殺人に関し、偽の家政婦(本業も家政婦)を送り込んでミス・マープルと協力し合って相続をめぐる殺人事件を解決しようとするのだが、こちらは相続自体が囮であるという捻りとなっている。
かくして始まった彼女の調査中に一番嫌らしい中年男性ウェイド(ディーン・アンドリューズ)が娘ダフネ(ビーブ・ケイヴ)と一緒にいる部屋で撃たれ、墜落もして死ぬ。
これを受けて刑事ディックス(ラルフ・アイネスン)が捜査を開始、アガサとメイベルの正体も程なく暴かれてしまうのだが、そこは洒落っ気のある英国紳士だけにディックスはアガサ失踪事件捜査に人手を奪われていることを愚痴にしつつ、優れた名探偵との素質を見込んで彼女と協力するのである。
ミステリーとしては、偽相続による殺人事件調査という趣向と、最も怪しい者は真犯人ではないという鉄則の裏をつく趣向が捻りだが、大した布石を置いていないのでその逆手が効果を発揮しない。刑事とのタッグをもっと早めにやって洒落っ気を出すなどすればもっとゴキゲンになれた可能性はある。
かくして、ポワロ/ミス・マープルものに似て登場人物が多いけれども類する程の興趣がなく、全体的にややこしいだけという感じが強い。
ミステリーを離れれば、序盤にアガサが同業者の先輩コナン・ドイルに助言を求め、ドイルは彼女にゴルフ場設計を勧めるという心境のズレが面白い。
登場人物に例によってインド/パキスタン系を一人出す一方、同性愛に厳しかったり男尊女卑の傾向のある当時の状況をしっかり見せる。
ある時期(多分2015年くらい)からのこの手の映画では、当時露骨な人種差別のあった英国で中流階級以上の家庭がインド/パキスタン系を婿や嫁に迎えることは殆どなかったと思われるのに異人種同士のカップルを当たり前のように見せる(これは就職機会均等が第一の理由)一方で、同性愛に厳しく男尊女卑といった社会は史実通りに扱う。ダブル・スタンダードである。嘘が嫌いな僕にはどうも馴染めない。
それより前即ち近世以前を舞台にした作品では、有色人種を白人役に起用するという横暴がまかり通っている。起用しても良いが、その場合には事前にその旨を記してほしい。理解に影響が出るのである。
アガサが探偵ごっこの前に行き詰まり、終了後に書き直した作品は「ナイル殺人事件」でしたな。
2017年イギリス映画 監督テリー・ローン
ネタバレあり
1926年に人気ミステリー作家アガサ・クリスティーが11日間失踪した事件をめぐってはヴァネッサ・レッドグレーヴが主演した「アガサ 愛の失踪事件」(1979年)という秀作がある。失踪した期間に彼女が何をしていたか想像の翼を拡げて作ったフィクションだったが、本作はそれに類し、アガサを文字通り素人探偵に仕立てるのである。
TVムービーながら、画面の質は劇場映画に遜色ない。
失踪の6年前、鉄道で中年看護婦が殺される。
6年後夫との離婚問題に頭を抱えるアガサ(ルース・ブラッドリー)の許に、死んだ看護婦と恋愛関係にあった同世代の看護婦仲間メイベル(ピッパ・ヘイウッド)が訪れ、絞った人間から犯人を割り出したくれと依頼される。
一度は固辞した彼女は、新作の創作にもつまり、依頼を受けて、偽の相続事件をでっちあげ、姻族でもある容疑者5組を招き、その屋敷でメイベルに家政婦を務めさせて犯人を焙り出そうとする。
恐らく脚本家は「パディントン発4時50分」にヒントを得て話を練ったと思われる。あの作品では列車の中から見かけた殺人に関し、偽の家政婦(本業も家政婦)を送り込んでミス・マープルと協力し合って相続をめぐる殺人事件を解決しようとするのだが、こちらは相続自体が囮であるという捻りとなっている。
かくして始まった彼女の調査中に一番嫌らしい中年男性ウェイド(ディーン・アンドリューズ)が娘ダフネ(ビーブ・ケイヴ)と一緒にいる部屋で撃たれ、墜落もして死ぬ。
これを受けて刑事ディックス(ラルフ・アイネスン)が捜査を開始、アガサとメイベルの正体も程なく暴かれてしまうのだが、そこは洒落っ気のある英国紳士だけにディックスはアガサ失踪事件捜査に人手を奪われていることを愚痴にしつつ、優れた名探偵との素質を見込んで彼女と協力するのである。
ミステリーとしては、偽相続による殺人事件調査という趣向と、最も怪しい者は真犯人ではないという鉄則の裏をつく趣向が捻りだが、大した布石を置いていないのでその逆手が効果を発揮しない。刑事とのタッグをもっと早めにやって洒落っ気を出すなどすればもっとゴキゲンになれた可能性はある。
かくして、ポワロ/ミス・マープルものに似て登場人物が多いけれども類する程の興趣がなく、全体的にややこしいだけという感じが強い。
ミステリーを離れれば、序盤にアガサが同業者の先輩コナン・ドイルに助言を求め、ドイルは彼女にゴルフ場設計を勧めるという心境のズレが面白い。
登場人物に例によってインド/パキスタン系を一人出す一方、同性愛に厳しかったり男尊女卑の傾向のある当時の状況をしっかり見せる。
ある時期(多分2015年くらい)からのこの手の映画では、当時露骨な人種差別のあった英国で中流階級以上の家庭がインド/パキスタン系を婿や嫁に迎えることは殆どなかったと思われるのに異人種同士のカップルを当たり前のように見せる(これは就職機会均等が第一の理由)一方で、同性愛に厳しく男尊女卑といった社会は史実通りに扱う。ダブル・スタンダードである。嘘が嫌いな僕にはどうも馴染めない。
それより前即ち近世以前を舞台にした作品では、有色人種を白人役に起用するという横暴がまかり通っている。起用しても良いが、その場合には事前にその旨を記してほしい。理解に影響が出るのである。
アガサが探偵ごっこの前に行き詰まり、終了後に書き直した作品は「ナイル殺人事件」でしたな。
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