映画評「PASSION」

☆☆★(5点/10点満点中)
2008年日本映画 監督・濱口竜介
ネタバレあり

濱口竜介は現在映画マニアが最も注目する映画作家の一人(こういう英語的表現は好きではないが)になった感がある。東京藝術大学の終了作品(卒業制作)として作ったのがこの作品ということで、5時間を超える「ハッピーアワー」(2015年)の原形を見るような群像劇である。

設定上は、学生時代の悪友か、仕事を通しての知り合いなのかよく解らない5人の妙齢男女の、片想いの連鎖のようなお話である。
 臨時教師・岡本竜汰と結婚をすることを決心した女性教師・河合青葉を軽薄短小系・岡部尚が慕う。しかし、岡本は青葉ちゃんとの生活にそこはかとない違和感を覚え、アロマンティック傾向のある卜部房子に傾倒していく。
 そんな房子ちゃんだからこそ、同じ日の夜に三人の男性が三々五々やって来るのである。妻が妊娠しているというのに渋川清彦が彼女の家を訪れると、先に来ていた岡本君は罰ゲームの要素を伴わない truth or dare のような告白ゲームを提案、一人一人が互いの関係性に絡む真情周辺を語る。そこには各々の人間観・恋愛観がある。
 渋川が風呂場に彼女としけこんでしまったのを見た岡本君は悄然と家に帰る。その前に、岡部君は房子ちゃんの家にも入れて貰えなかったので、青葉ちゃんを訪問し、朝まだきの散歩に出る。しかし、彼のモーションは一種の感動を誘っても彼女の心を動かすことはない。
 彼を振り切って家に戻った彼女は、岡本君の切り出した別れの提案を受け入れるが、本音は落ち着かない。彼にしても実はまだ迷いがあることが判明する。

大体こんな話で、 モチーフは他者と自分の関係である。それに絡んで “許す” “許さない” という人の意識がテーマとして浮かび上がって来る。 恋愛感情におけるそれを明確にするために、教師である青葉ちゃんが生徒に暴力について考えさせる場面が用意されている。彼女はどんな暴力も許すという立場である。殺されても殺されること自体で許すことになる、と説く。
 それを自身の伴侶に対する感情にまで敷衍するわけだが、理論と実際は違うわけである。

本作の純文学的な面白味はそれに尽きるわけだが、「ハッピーアワー」のような有無をも言わせぬような凄味はまだないとしたい。上映時間の問題ではない。30歳とは言え、卒業制作にこれだけのものを作ってしまう才能は凄いと思うが。

既にそれなりに名のある俳優を使えたのは、恩師・黒沢清の威光か。

ボーっと見ていても印象に残るところは、煙突のある工場を背景に朝まだきの二人の散歩を捉えた長回しである。最初は二人の声を画面外に捉え、次第にカメラが下降して歩きながら話す二人をフレームインさせる。インパクトのある場面として記憶しておきたい。

ジャン=リュック・ゴダールが劇場用映画に復帰したと思って観たのが「パッション」(実は復帰第2作。復帰作「勝手に逃げろ/人生」の公開は10年以上も後)。旧作が観られる状況だったとは言え、伝説的であったゴダールを観に映画館に足を運んだ。もう40年以上も経つ。

この記事へのコメント