映画評「愛にイナズマ」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・石井裕也
ネタバレあり
何年か前に石井裕也を映画界の武者小路実篤と表現したが、なかなか良い例えではないかと思う。明るい話ばかりではない中に打ち出される根拠のない楽観論がとても似ている。
やっとメジャー映画で家族に関する自伝的映画を作るチャンスに恵まれた新米映画監督・松岡茉優が、プロデューサーMEGUMIに裏切られ、病気と称されて頭の悪そうなベテラン助監督・三浦貴大に仕事を奪われる。めげるうちに路上飲酒をする若者二人とそれを咎める高校生の喧嘩に割って入って殴られる安倍マスクの青年・窪田正孝と知り合う。偶然にも彼の同室者が彼女の映画に出演する予定だった仲野太賀で、彼女同様に仕事を失った絶望感で自殺してしまう。
この事件に衝撃を受けた彼は、何とか彼女の家族映画に協力したいと思い、彼女が10年ぶりに再会する父親佐藤浩市の家にカメラマンとして付いていく。これには社長秘書をする長兄池松壮亮、カトリック聖職者になった次兄若葉竜也も参加することになり、以降、母親の失踪(を扱う映画の題名は「消えた女」)の謎や、父親の暴力沙汰、あるいは彼女の映画製作そのものをめぐって喧々囂々の口論となっていく。
と、再会当初は不穏な空気に覆われるが、父親の旧友たちと逢って父親の実像が判ったり、母親の携帯電話の契約がまだ続いている事実が判ったり、行動を共にするうち、窪田君のハグ精神に導かれるように、家族の距離はどんどん縮まっていく。
昨日の佐藤浩市は心臓疾患で、今日の彼は末期癌を患っている。いずれも死んだ後に映画は終わる。あらまという感じでござる。
キー・ワードや通奏低音と言いたくなる類が多い映画だ。【消える・消えない】もその一つで、母親の失踪は言うまでもなく、ヒロインが撮ったドキュメント映像は肝心なものになると必ず消失する。子供たちにとって昔の記憶は多く消えている。だが、死ぬ前に父親と過ごした日々により生まれる父親のイメージは【消えない男】である。【消える・消えない】はキー・ワードと言うべきか。
【物事には理由が必要である】【世の中何が起こるか解らない】。前者はキー・ワードかもしれないが、それに関連して紡ぎ出される後者は通奏低音かもしれない。
前者と後者はその時に応じて人々が使い分けているのが面白い。映画製作に関して理由など要らないと言うヒロインが、ハグを強要されると理由を問う。この時には映画製作に理由を求める長男が逆の立場である。ヒロインたちの恋は【世の中何が起こるか解らない】を体現するものであろう。ラスト・ショットはロマンス映画的。
1500万円が三回出て来る。携帯電話が本人以外に契約解除できない理由の一つとして【詐欺】が述べられていて、次のシークエンスで四人の男が振り込め詐欺(1500万円の一つもそこで出る)などについて語っている。この辺りは、巧みながら作劇的に少しうるさい気がする。
ヒロインが画面において赤に拘るのは良いと思う。
松岡茉優は大分前からご贔屓女優になっているが、今回も好調。泣き出す前の表情など絶妙で大いに感心しました。
“消える” と言えば、ビートルズのアルバム「ラバー・ソウル」収録 What's Goes On の邦題は「消えた女」いや「消えた恋」でしたね。「嘘つき女」と言う邦題もありました。 ビートルズに関してはこのアルバム以降邦題は消え、 原題のカタカナ表記に変わる。 “消える” で無理矢理に捻りだした太字トピックでした。
2023年日本映画 監督・石井裕也
ネタバレあり
何年か前に石井裕也を映画界の武者小路実篤と表現したが、なかなか良い例えではないかと思う。明るい話ばかりではない中に打ち出される根拠のない楽観論がとても似ている。
やっとメジャー映画で家族に関する自伝的映画を作るチャンスに恵まれた新米映画監督・松岡茉優が、プロデューサーMEGUMIに裏切られ、病気と称されて頭の悪そうなベテラン助監督・三浦貴大に仕事を奪われる。めげるうちに路上飲酒をする若者二人とそれを咎める高校生の喧嘩に割って入って殴られる安倍マスクの青年・窪田正孝と知り合う。偶然にも彼の同室者が彼女の映画に出演する予定だった仲野太賀で、彼女同様に仕事を失った絶望感で自殺してしまう。
この事件に衝撃を受けた彼は、何とか彼女の家族映画に協力したいと思い、彼女が10年ぶりに再会する父親佐藤浩市の家にカメラマンとして付いていく。これには社長秘書をする長兄池松壮亮、カトリック聖職者になった次兄若葉竜也も参加することになり、以降、母親の失踪(を扱う映画の題名は「消えた女」)の謎や、父親の暴力沙汰、あるいは彼女の映画製作そのものをめぐって喧々囂々の口論となっていく。
と、再会当初は不穏な空気に覆われるが、父親の旧友たちと逢って父親の実像が判ったり、母親の携帯電話の契約がまだ続いている事実が判ったり、行動を共にするうち、窪田君のハグ精神に導かれるように、家族の距離はどんどん縮まっていく。
昨日の佐藤浩市は心臓疾患で、今日の彼は末期癌を患っている。いずれも死んだ後に映画は終わる。あらまという感じでござる。
キー・ワードや通奏低音と言いたくなる類が多い映画だ。【消える・消えない】もその一つで、母親の失踪は言うまでもなく、ヒロインが撮ったドキュメント映像は肝心なものになると必ず消失する。子供たちにとって昔の記憶は多く消えている。だが、死ぬ前に父親と過ごした日々により生まれる父親のイメージは【消えない男】である。【消える・消えない】はキー・ワードと言うべきか。
【物事には理由が必要である】【世の中何が起こるか解らない】。前者はキー・ワードかもしれないが、それに関連して紡ぎ出される後者は通奏低音かもしれない。
前者と後者はその時に応じて人々が使い分けているのが面白い。映画製作に関して理由など要らないと言うヒロインが、ハグを強要されると理由を問う。この時には映画製作に理由を求める長男が逆の立場である。ヒロインたちの恋は【世の中何が起こるか解らない】を体現するものであろう。ラスト・ショットはロマンス映画的。
1500万円が三回出て来る。携帯電話が本人以外に契約解除できない理由の一つとして【詐欺】が述べられていて、次のシークエンスで四人の男が振り込め詐欺(1500万円の一つもそこで出る)などについて語っている。この辺りは、巧みながら作劇的に少しうるさい気がする。
ヒロインが画面において赤に拘るのは良いと思う。
松岡茉優は大分前からご贔屓女優になっているが、今回も好調。泣き出す前の表情など絶妙で大いに感心しました。
“消える” と言えば、ビートルズのアルバム「ラバー・ソウル」収録 What's Goes On の邦題は「消えた女」いや「消えた恋」でしたね。「嘘つき女」と言う邦題もありました。 ビートルズに関してはこのアルバム以降邦題は消え、 原題のカタカナ表記に変わる。 “消える” で無理矢理に捻りだした太字トピックでした。
この記事へのコメント
「愛にイナズマ」センスの悪いタイトルですな…^_^
愛といえば「愛こそはすべて」であります!
All you need is Love ♬
はあ、すみません。
僕は、語源が妻なのにイナヅマとしない、文部省(だけではないのでしょうが)の方針が気に入らない^^
記憶するという意味の“おぼえる”に憶を使わせないのも気に入らない。皆さん、憶は常用漢字ですが、音読みのみとしています。皆さん、国の方針は無視して憶を使いましょう。
>愛といえば「愛こそはすべて」であります!
All you need is Love ♬
最後 Love is all you need になるのも良いですね。
昔、書道をやってまして仮名も漢字も習いましたが、仮名は基礎が済むと古今和歌集の高野切とかの臨書をさせられました。
そう言えばあの時代の書には濁点がありませんでしたね。
筆文字は好きでしたが古文にも漢文にも殆ど興味がなかったので濁点が無いのも特に気にしていませんでしたが。
「愛こそはすべて」多分これが最後の邦題ありだと思いますが、わざわざ邦題をつけなくてもいいのに当時流行りのlove&pieceにあやかって流行らせたかったのかな? 禅問答みたいな変な歌詞だったような記憶があります。
これの録音時の映像とあの屋上のやつとかが当時初の衛星放送?で放映されましたね。私が高1くらいだからオカピー先生はまだ小学生?
ミックジャガーとかもコーラスに参加していたような記憶があります。
50年以上も前の話ですけど…意外と憶えているもんです。(正しく使えました)
うちの先生は厳しいから気ぃ使いますわ…(>_<)
>そう言えばあの時代の書には濁点がありませんでしたね。
なかったです。だから、読みにくいこと。
句読点もなし。僕が読む古文はさすがに句読点がありますが、オリジナルはなしですから、昔の人はよく読めたものと思います。
>「愛こそはすべて」多分これが最後の邦題ありだと思います
正解ですね。面倒臭いので、敢えて触れませんでしたが。
>わざわざ邦題をつけなくてもいいのに当時流行りのlove&pieceにあやかって流行らせたかったのかな?
そうかも。
普段愛なんて言葉は使わないのに、題名にはやたらに使いたがる国民性です(笑)
>禅問答みたいな変な歌詞だったような記憶があります。
変な歌詞です。
しかし、歌いにくい。ジョン・レノンのようにスムーズにはとても歌えない。
>これの録音時の映像とあの屋上のやつとかが当時初の衛星放送?で放映されましたね。私が高1くらいだからオカピー先生はまだ小学生?
そうです。
兄が洋楽を聴かない人なので、観ていないです。兄の友だちは観たそうで、僕が中学くらいの時に話を聞きましたよ。
世界同時中継というのが初めてだったようですね。
>ミックジャガーとかもコーラスに参加していたような記憶があります。
していましたよ。
当時ホリーズのメンバーだったグラハム・ナッシュ(後にクロスビー・スティルス&ナッシュを結成)や、マリアンヌ・フェイスフルも参加したようです。
>50年以上も前の話ですけど…意外と憶えているもんです。(正しく使えました)
よく出来ました◎
>ピースのスペルを間違えてませんか? 違いますね。
平和は peace ですね。
piece は日本語でも言うピースですね。僕はインボイスやパッキング・リスト(輸出用書類の一つ)で嫌と言うほど見たり書いたりしましたよ。
尤も、この類の書類では、通常は pc と省略形で書き、複数で pcs となります。
>うちの先生は厳しいから気ぃ使いますわ…(>_<)
えっ、誰のこと?(笑)
僕も色々と間違えますから、その辺はよしなに。