映画評「パリタクシー」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2022年フランス=ベルギー合作映画 監督クリスチャン・カリオン
ネタバレあり
「ドライビング・ミス・デイジー」と似た構図のお話である。こちらはたった半日の関係にすぎないが、一生に大きな影響を与える人間関係を築く。
92歳の老婦人マドレーヌ(リーヌ・ルノー)がハイヤーを呼ぶ。46歳の運転手シャルル(ダニー・ブーン)は遠め(多分23区から横浜くらいの感じか?)なので当初は嫌がるが、老婦人を自らの若い日を語り始める。
彼女は、戦後米兵の私生児マチューを生むが、その後結婚したフランス男性は典型的なDVで子供にも被害が及ぶので、眠らせて性器を焼く。DVに理解のない1950年代のことで25年という重罰を喰らう。彼女が(恐らく早めに)出所した後成人したマチューはベトナムへ出征して死亡する。家族を巡る彼女の半生はこんなものである。
他方、シャルルは妻と娘を抱えてお金絡みで苦労を強いられている。今回の仕事を引き受けてたのもそのせいである。しかし、マドレーヌの人柄が気に入ったシャルルは、彼女の誘いで入ったレストランで飲食した分を自ら支払う。夜遅く施設に彼女が入ったので、後日料金を戴くと言って、自宅に帰る。後日妻を連れて施設に行くと、彼女は既に亡くなっている。しかし、そこへ現れた弁護士が彼に1000万フランを超える小切手を渡す。
【情は人の為ならず】の諺を地で行くお話で、極端に言えば、シャルルはレストランで彼が払った数百フランのお返しに1000万フランを得たのである。オカピーも遂にぼけたか? いやいや、レストランでの出費は、お話を真剣に聞くなど彼がマドレーヌに示した “善意” の象徴であるという意味である。
実に快い内容と言うべし。近年面倒臭い恋愛映画やポリ・コレ映画ばかり目立って昔からの欧州映画ファンを嘆かせているが、これはフランス映画として実に久しぶりに気持ちの良い映画である。
老女はある時以降フェミサイド(女性嫌悪殺害)の社会活動家としてそれなりに有名だったことが判明するが、それは観客たる僕らにとっては大した意味がない。後味の良い映画としては寧ろマイナスになりかねないくらいである。それでも人情の扱いが良いので問題にするに及ばず。
【情は人の為ならず】を “情は人の為にならない” と勘違いする人が多かった。毎年発表される間違って使われている言葉の代表格だったので、誤解して使う人はそれ以上増えず、あるいは減っているかもしれない。誤解の代表格と言えば、数日前に銀行の営業パースンがやって来て “そうなんですね” を連発していてがっかりした。4年前にそれだけで記事にしたくらい誤解がベースにある措辞で、説明された人の “そうなんですね” は常に半疑問である。 “ね” の後に⁉が付いているのであって、本来はやや語尾を上げるべきなのだが、それを “納得しました” の意味に使うケースが余りに多い。逆に、 “そうですか” の ”か” は(語尾を上げない限り)疑問ではなく感動である。それを疑問と勘違いした人々が置き換えて行ったのである。昨日のプロ野球オールスター第1戦のアナ氏は “そうですか!” も使っていたが、残念なことに “そうなんですね!?” のほうを納得度が高い言葉として使っていた。僕は自分の発言にこの言葉を使われると、ビックリしてもらいたいのにという思いと真逆の印象を得てがっかりする。 “そうなんですか” は意味が強くなりすぎて、 却って半疑問になる可能性があるので、 初めて聞く話に使うべきは “そうですか!” である。
2022年フランス=ベルギー合作映画 監督クリスチャン・カリオン
ネタバレあり
「ドライビング・ミス・デイジー」と似た構図のお話である。こちらはたった半日の関係にすぎないが、一生に大きな影響を与える人間関係を築く。
92歳の老婦人マドレーヌ(リーヌ・ルノー)がハイヤーを呼ぶ。46歳の運転手シャルル(ダニー・ブーン)は遠め(多分23区から横浜くらいの感じか?)なので当初は嫌がるが、老婦人を自らの若い日を語り始める。
彼女は、戦後米兵の私生児マチューを生むが、その後結婚したフランス男性は典型的なDVで子供にも被害が及ぶので、眠らせて性器を焼く。DVに理解のない1950年代のことで25年という重罰を喰らう。彼女が(恐らく早めに)出所した後成人したマチューはベトナムへ出征して死亡する。家族を巡る彼女の半生はこんなものである。
他方、シャルルは妻と娘を抱えてお金絡みで苦労を強いられている。今回の仕事を引き受けてたのもそのせいである。しかし、マドレーヌの人柄が気に入ったシャルルは、彼女の誘いで入ったレストランで飲食した分を自ら支払う。夜遅く施設に彼女が入ったので、後日料金を戴くと言って、自宅に帰る。後日妻を連れて施設に行くと、彼女は既に亡くなっている。しかし、そこへ現れた弁護士が彼に1000万フランを超える小切手を渡す。
【情は人の為ならず】の諺を地で行くお話で、極端に言えば、シャルルはレストランで彼が払った数百フランのお返しに1000万フランを得たのである。オカピーも遂にぼけたか? いやいや、レストランでの出費は、お話を真剣に聞くなど彼がマドレーヌに示した “善意” の象徴であるという意味である。
実に快い内容と言うべし。近年面倒臭い恋愛映画やポリ・コレ映画ばかり目立って昔からの欧州映画ファンを嘆かせているが、これはフランス映画として実に久しぶりに気持ちの良い映画である。
老女はある時以降フェミサイド(女性嫌悪殺害)の社会活動家としてそれなりに有名だったことが判明するが、それは観客たる僕らにとっては大した意味がない。後味の良い映画としては寧ろマイナスになりかねないくらいである。それでも人情の扱いが良いので問題にするに及ばず。
【情は人の為ならず】を “情は人の為にならない” と勘違いする人が多かった。毎年発表される間違って使われている言葉の代表格だったので、誤解して使う人はそれ以上増えず、あるいは減っているかもしれない。誤解の代表格と言えば、数日前に銀行の営業パースンがやって来て “そうなんですね” を連発していてがっかりした。4年前にそれだけで記事にしたくらい誤解がベースにある措辞で、説明された人の “そうなんですね” は常に半疑問である。 “ね” の後に⁉が付いているのであって、本来はやや語尾を上げるべきなのだが、それを “納得しました” の意味に使うケースが余りに多い。逆に、 “そうですか” の ”か” は(語尾を上げない限り)疑問ではなく感動である。それを疑問と勘違いした人々が置き換えて行ったのである。昨日のプロ野球オールスター第1戦のアナ氏は “そうですか!” も使っていたが、残念なことに “そうなんですね!?” のほうを納得度が高い言葉として使っていた。僕は自分の発言にこの言葉を使われると、ビックリしてもらいたいのにという思いと真逆の印象を得てがっかりする。 “そうなんですか” は意味が強くなりすぎて、 却って半疑問になる可能性があるので、 初めて聞く話に使うべきは “そうですか!” である。
この記事へのコメント
良い映画でした。挿入歌がまた良かったです。
本作と「コット、はじまりの夏」が最近見た中では出色の出来栄えでした。
>挿入歌がまた良かったです。
エタ・ジェイムズの「アット・ラスト」でしたっけ。
彼女の声を聞いた時、モカさんが頭をよぎりましたよ^^
祖母と孫くらい年齢が離れているので、シャルルも自分のことを話しやすかったみたいですし、高校生のころ父親からもらったカメラで写真撮るのが好きだった、というのが、マドレーヌとしてはカメラマンになって早死にした息子を思い出さされて、ほんとうに孫みたいな親しみを感じたのかなあ、と思ったり。
>社会活動家としてそれなりに有名だった
だから、家を持ったりしてたのかあ、くらいには思いました。
>ほんとうに孫みたいな親しみを感じたのかなあ、と思ったり。
本当に素敵でしたねえ。
こういう力みのない映画が増えてほしいものです。