映画評「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年フランス映画 監督オリヴィエ・ダアン
ネタバレあり

映画に関連づけて政治について色々と書くことがあるが、僕は本来ノン・ポリだから政治に疎く、フランスに最も愛された政治家シモーヌ・ヴェイユ(1927-2017)について全く存じ上げなかった。

1943年から45年まで彼女はホロコーストを生き抜き、戦後大学で法学を学び、アントワーヌ・ヴェイユと結婚、三子を儲けつつ、司法に進んで刑務所の環境改善に尽力、74年には厚生大臣として中絶を認める法案を成立させる。
 中絶はキリスト教原理主義者が嫌う案件で、アメリカ最高裁は時代錯誤も甚だしく中絶に関して後退させてしまったが、トランプも女性の反発が強いので、現在はその州の判断に任せると表現を柔らかくしている。
 いずれにしても、女性を解放した国が最終的には勝つ、というのが僕の持論。イスラム圏が中世で発展が止まったのは女性の活動を制限したのが間接的だが重要な原因である。その意味でも、シモーヌ・ヴェイユの様々な活動の中でもこれが一番の功績ではないかと思われる。

イスラエルに請われても世俗主義を貫く彼女はフランスに残り、やがて欧州議会が選挙制になって初の議長となる。極めて象徴的な意味をがあるだろう。

2004年に子や孫たちをアウシュヴィッツへ連れて行く。子孫に負の記憶を背負させることを嫌って長いこと断って来た事柄である。2007年に自伝を発表し、映画はこの自伝を書きながらの回想という体裁になっているため、時代のシフト・チェンジが多いが、昨日の「エッフェル塔~創造者の愛~」よりはその必然性を感じるし、まとまってもいる。
 観客にとって頻繁な時代の往来は煩わしい反面、自伝作者としてのシモーヌ・ヴァイユの思索の動きを感じる効果が出ている。

彼女の政治的スタンスの基礎となった戦中の壮絶な体験が後半増える来る。最近はホロコーストものと言っても色々とアングルを付けたものが多く、直球的に描くものは相対的に少ないので、色々観てみた僕にもその苛酷さはかなり強烈だ。

伝記映画を続けて撮っているオリヴィエ・ダアン監督は、室内でかなりダイナミックにカメラを動かしている。必要以上に動かしているという感じもあって全面的には肯定しかねるが、落ち着くべきところでは落ち着いているので、全体的にがっちりした画面と言って良いと思う。

ヒロインは青年期までをレベッカ・マルデール、壮年以降をエルザ・ジルベルスタインが演じている。

内村航平が後輩・岡慎之助について “五輪に愛されている” と、 なかなかの名言を放ったが、その意味で、圧倒的に強いと言われた、柔道の阿部詩やレスリングの須崎優衣は愛されていなかったのだろうという気がする。尤も、須崎選手は彼女に勝った相手が決勝まで進んだ為敗者復活戦に回ることができた。五輪の神がさすがに同情したのだろう。

この記事へのコメント

モカ
2024年08月07日 13:51
こんにちは。

昔、シモーヌ・ヴェイユ著の難しそうな本をよく見かけたのでサルトルやボーボワールと同じような哲学者だと思っていたら政治家だったんだ、と思ったら同姓同名の別人でした。
”シモーヌ” 多いです。
オカピー
2024年08月07日 19:50
モカさん、こんにちは。

>と思ったら同姓同名の別人でした。

そうらしいです。
綴りは微妙に違い、こちらはVで始まり、哲学者のW(つまりドイツ由来)で始まるんですね。

>”シモーヌ” 多いです。

僕も、ボーヴォワールの伝記かと思ったのですが、政治家ではないからなあ、と思って観始めましたよ^^