映画評「ぼくは君たちを憎まないことにした」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2022年ドイツ=フランス=ベルギー合作映画 監督キリアン・リートホーフ
ネタバレあり

フランスで2015年11月に起きたフランス同時多発テロで被害に遭った女性の夫が発表したノンフィクションを原作とする実話ものである。
 僕は、フランスでのテロの後被害者の家族である男性がカメラに向かって“私は彼らを憎まない”と述べるのをニュースで見たことがあるが、あれは翌年の自動車を使ったテロの後だったという記憶があり、この著者アントワーヌ・レリスの発言が色々な人に影響を与え、その被害者家族男性がそれをなぞって発言したのではないかと想像する。

レリス(ピエール・ドゥラドンシャン)は事件をTVで知り、発生場所が妻エリーヌ(カメリア・ジョルダーナ)が男友達と出かけたコンサート会場であった為に大いに慌てる。結局携帯電話への応答はなく、警察も事件の混乱の最中すぐに応答するわけもない。
 結局2日後に妻の死体を安置所で見出すと、天啓のように、犯人たちを憎むことが彼らを喜ばせることだと気づき、それをSNSに投稿、やがて新聞やTVに取り上げられる。かくして彼の考えが拡散していく。
 その一方で、犯人への憎しみを封じることと、悲しみを封じることはイコールではなく、葬儀の準備を冷静に進める姻族などとの関係も時には気まずくなる。

夫婦には三歳になる息子メルヴィル君(ゾーイ・イオリオ)がいて、彼と過ごす様子を描く場面になると、鑑賞者として大いに辛くなる。
 メルヴィル君を演じたゾーイ・イオリオちゃんは名前から解るように実際には女児(観ている時もそう感じる瞬間が何度かあった。しかし、あの年齢ではなかなか区別しにくい)だが、非常に巧みと言うか、全く地のままなのかよく解らないものの、とにかくこの映画の演技者の中で一番良いと思う。

劇映画としては直球すぎてさまで良いとは思わないが、ここまで感動的なメッセージを世に示したことは一応の価値がある。
 “オカピーさん、宗旨替えしました?” と言われそうだが、メッセージの価値は映画の価値ではないという考えは変わらないものの、少なくとも海外では原作やその類を読む人よりは多いだろうと考えれば、その価値に思いを馳せざるを得ない。フランスではなくドイツの監督が取り上げたのもそういうことだろう。

何度か述べてきたが、安倍元首相の殺害は政治的用語でのテロではない。結果として色々影響が出て来たのでテロ扱いされるが、犯人は安部もしくは統一教会の思想に影響を与えるのを第一義にやったのではない。たまたま暗殺されたのが国家の要人であったにすぎない。民主主義を取り上げた6月の「朝まで生テレビ」で田原総一朗を始めパネリストが、これをテロとして“暴力によって言論云々”の発言していたが、その動機を聞く限り犯人に言論封殺の意図など片隅にもなかった筈だ。想像するに、先日のトランプ暗殺未遂も実は政治的テロではないように思う。多分犯人は有名人であれば誰でも良かったと推測する。この間の映画「シック・オブ・マイセルフ」のヒロインのように自己顕示欲に憑りつかれてしまったのではないか。

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