映画評「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」

☆☆★(5点/10点満点中)
2021年オーストリア=ドイツ合作映画 監督フィリップ・シュテルツェル
重要なネタバレあり

伝記小説の大家としてよく知られるオーストリアの文豪シュテファン・ツヴァイクの小説としての遺作「チェスの話」の映画化。邦題を見れば、ホロコーストものかと勘違いしそうになるが、この映画においては主人公がユダヤ人であるかどうかはさほど重要ではない。

1938年、ナチスに下った直後のオーストリア。ユダヤ人の公証人バルトーク(オリヴァー・マスッチ)が、彼が管理する富豪の金を横領しようとするナチスに逮捕され、なかなか吐かない為に高級ホテルに監禁される。おどしたりすかしたりするだけで身体的な拷問はないが、本も読めず情報を完全に閉ざされた状態で精神的に追い込まれる。

というお話が、妻アンナ(ビルギット・ミニヒマイアー)と共にロッテルダムから米国へ船旅に出る主人公の回想形式に見える形で進む。
 が、実は回想ではない。船旅はホテルで監禁されている主人公が拘禁反応として見た未来図のようなもので、だから妻は途中でいなくなり、髭の有無で区別されていたはずなのにある時点以降常に髭なしとなる。

アメリカに着いたと観客が思っているうちに場面が変わると、そこは精神病院の広間で、チェス盤を前に彼と話をする看護婦(ビルギット二役)が戦争が終わりアメリカから来たばかりと答える。

この最後の場面を観ると、上のお話全体が実体験を踏まえた主人公の悪夢と思えないでもなく、そこまでは言わないにしても、船旅場面は拘禁反応が見せる幻想であることは間違いない。主人公に妻がいたかどうかは全く不明。看護婦が幻想の中に入って来た可能性も否定できない。

情報を得ることを禁じられた彼の唯一見つけた逃避手段がチェスの棋譜の暗記である。しかし、暗記で苦痛に抵抗したものの拘禁反応を示して何の情報を得ることもできないと解ると、さすがのゲシュタポも手を挙げざるを得ない。

自由を奪われた者の苦痛がテーマで、逃避先の南米で妻と共に自殺したツヴァイクと重なるものがある。何が言いたいかは解るが、夢落ちのような作り方はもはや今更という感もあり、余り歓迎できない。

観客とりわけ日本の観客は題名で内容を期待するので、こういう思わせぶりな題名は却って鑑賞後の評価に影響を与えかねない。この題名でなければ、落差を覚えず★一つ余分に進呈できたかも。一般論としては題名に内容を求めすぎる日本の鑑賞者に問題があるのだが、非難されるのは常に配給会社だ。

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