映画評「シン・仮面ライダー」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・庵野秀明
ネタバレあり

「ヱヴァンゲリオン」でお馴染み庵野秀明が絡む「シン」の付くかつての特撮もののニューバージョン・シリーズは僕となかなか相性が良い。
 というのも、「ヱヴァンゲリオン」はまるで観たことがない(ブログを始めて日の浅い頃、あるサイトが炎上してつぶされてしまったのを知り、触らぬ神に祟りなしを決め込んだのだ)し、「ゴジラ」にも「ウルトラマン」にも思い入れがないから、ある程度の話になっていれば素直に楽しめるわけである。

僕は1970年代に入り中学生になるとともにほぼTVアニメやドラマを卒業したから、1971年放映開始の「仮面ライダー」も余り記憶がない。
 兄がバイトして買ったテープレコーダーとTVとを(TVにライン端子がないのでイヤフォン・ジャックを代わりに)繋いでTVアニメの類(一部にお気に入りのTVドラマもあった)のオープニングとエンディングの歌を録音し続けていたので、歌はどちらもよく憶えている。主人公本郷猛に扮する藤岡弘が自ら歌っていた頃(途中で歌手交替)は観ていたかもしれないなあ。二代目の一文字隼人も名前だけ知っている。後は全く知らず、仮面ライダーに触れるのは52年ぶりくらいだ。

オリジナルがSFと言えないこともない怪奇アクションドラマだったのに対し、こちらはぐっと本格SFのテイストで進行する。

世界支配を企むショッカーの為に働いたものの、選別された人間だけが生き残るようなナチス的な優性思想に我慢ならない緑川博士(塚本晋也)が作った昆虫合体型人間バッタオーグの本郷猛(池松壮亮)は、博士をショッカーの繰り出すクモオーグに殺される。
 優しすぎてコミュニケーション能力に欠ける本郷は、人間コンピューターのような博士の娘ルリ子(浜辺美波)にリードされる形で、敵が繰り出すコウモリ、サソリ、ハチのオーグ(生命体?)と対峙することになり、遂に同じバッタオーグの一文字隼人(柄本佑)と出会う。
 改良が加えられて本郷より強い彼は、しかし、ルリ子により洗脳を解かれ(パリハライズされ)、二人で力を合わせてショッカーの現トップであるチョウボーグことイチロー=ルリ子の兄=と対決することになる。

オリジナルの仮面ライダーはどんなコンセプトだったか全く憶えていないが、本作はかつて自らが属していた悪魔族と闘う「デビルマン」の構図と極めて似ている。「デビルマン」は受験を控えていた頃気分転換に再放送で観たのだが、1970年代初め自らのアイデンティティというテーマにアングルを付けて作る傾向があったのかもしれない。その辺は研究家に任せましょう。

用語が難しい。オーグはともかく、生命力・エネルギー源を意味するようなプラーナは抽象的過ぎて解りにくい。時には魂も意味する感じだ。パリハライズもよく解らないが、パリハライズの結果一文字隼人の洗脳は解かれている。

「シン」三作の中では一番観念的(「ヱヴァンゲリオン」はこんな感じなのだろう)で少々晦渋、アクション場面でのカット割りの細かさが気になる部分もあるものの、アクション映画というより、日本映画界が苦手としてきた実写SFとして面白味のある部類と思い、一定の評価をしておきたい。

謂わば大人向け「仮面ライダー」でごわす。

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