映画評「PERFECT DAYS」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2023年ドイツ=日本合作映画 監督ヴィム・ヴェンダース
ネタバレあり
ヴィム・ヴェンダースの新作は、日本語以外の台詞が一か所以外に出てこない、日本との合作映画。【キネマ旬報】は日本映画扱いをして、ベスト選出では日本映画の第2位になった。
ヴェンダースの小津安二郎マニアぶりは有名だが、スケッチ中心で小津映画以上にストーリーらしきものがない。台詞も小津映画以上に少なく、先日観たアキ・カウリスマキの「枯れ葉」みたいだ。
画面はさほど小津調という感じはしない。しかし、伯父さん役所広司と姪・中野有紗を捉えたツーショットに小津風の相似形が見られる。小津マニア監督はこれをやらないと気が済まないのだ。
お話は黙々とトイレ掃除会社に勤務する初老男性・役所の、十年一日が如き生活を捉えたもので、彼はアパートの前にある自販機で缶コーヒーを買い、カーステレオに好きなカセット(エアチェックしたものでなく販売されたアルバム)を入れ、仕事の合間にも銀塩写真で風景を切り取り、銭湯に行き、家では本を読む。
若い同僚・柄本時生は善人ではあるけど結構いい加減そうで、キャバクラ嬢アオイヤマダと交際する金を借りたまま仕事を辞めてしまう。
本作で一番お話らしい箇所は、上記の姪(多分高校生)が家出して伯父さんを頼ってやって来る事件で、やがて母親つまり主人公の妹・麻生祐未が迎えに来るという挿話である。
ここが唯一主人公の出自や過去が垣間見える場面で、運転しているのは夫ではなく恐らく雇いの運転手である。つまり、インテリであることが容易に伺える彼はかなりの財産家もしくは実業家一家の出身で、姪が想像するのと違って妹 (母) ではなく、父親と確執があって家を飛び出たのだと推測される。家に留まれば社長になるような立場だったのではないか。
しかし、この映画は本質的に今のみに関心を向ける。大雑把に言えば、テーマは今の幸福だろう。周囲との柵より自由に生きられる生活を選んだ彼の選択は成功であるように思われる。時に訪れる孤独感よりそれが遥かに大きなものであることが、彼の表情から随時伺われるのだ。
主人公に扮する役所広司が、カンヌの男優賞受賞も尤も思わせる好演。最後ニーナ・シモンの Feeling Good に乗って延々と彼の表情を捉えるラスト・ショットに堪える。非常に気持ちの良い(Feeling Good) 幕切れと言うべし。
ニーナ・シモンは先日の「サントメール ある被告」でも最後を飾っていたし、現在、映画関係者の寵児という感じだ。
その他、彼のカーステレオから流れるという設定で流れる、ブルース、ブルース・ロック寄りの選曲が素晴らしく、アニマルズ「朝日のあたる家」。その浅川マキ・バージョンを石川さゆりがバーのママとして実演するところまである。さらに、オーティス・レディング「ドック・オブ・ザ・デイ」、パティ・スミス、ルー・リード、ヴァン・モリソンといった通受けしそうな(しかしマニアックすぎない)面子が揃っている。金延幸子の「青い魚」が渋い。名前を僅かに聞いたことがある程度で、実際に歌を耳にするのは初めてだった。
画面は4:3のアスペクト比。モノクロによる夢の場面が多すぎる気がするが、その後の道を掃く音に導かれるように画面が変わる感覚は非常に良い。
僕は今の、とりわけメジャー映画に関心を失っている。音楽も同様だ。しかし、音楽は良い。パブリック・ドメインになっていない、僕の観たい古い映画がどこにも転がっていないのに対し、 金をかけずとも YouTube で殆どの昔のアルバムが聴けるのだ。十数年前から数年間 Amazon で外国産の古いCDを他人の想像を絶するほど大量に買ったものだが、それでさえ手に入らなかったアルバムも結構聞ける。最近エリック・アンダースンのアルバム「ブルー・リヴァー」がちゃんと聞けるようになった。嬉しいですな。
2023年ドイツ=日本合作映画 監督ヴィム・ヴェンダース
ネタバレあり
ヴィム・ヴェンダースの新作は、日本語以外の台詞が一か所以外に出てこない、日本との合作映画。【キネマ旬報】は日本映画扱いをして、ベスト選出では日本映画の第2位になった。
ヴェンダースの小津安二郎マニアぶりは有名だが、スケッチ中心で小津映画以上にストーリーらしきものがない。台詞も小津映画以上に少なく、先日観たアキ・カウリスマキの「枯れ葉」みたいだ。
画面はさほど小津調という感じはしない。しかし、伯父さん役所広司と姪・中野有紗を捉えたツーショットに小津風の相似形が見られる。小津マニア監督はこれをやらないと気が済まないのだ。
お話は黙々とトイレ掃除会社に勤務する初老男性・役所の、十年一日が如き生活を捉えたもので、彼はアパートの前にある自販機で缶コーヒーを買い、カーステレオに好きなカセット(エアチェックしたものでなく販売されたアルバム)を入れ、仕事の合間にも銀塩写真で風景を切り取り、銭湯に行き、家では本を読む。
若い同僚・柄本時生は善人ではあるけど結構いい加減そうで、キャバクラ嬢アオイヤマダと交際する金を借りたまま仕事を辞めてしまう。
本作で一番お話らしい箇所は、上記の姪(多分高校生)が家出して伯父さんを頼ってやって来る事件で、やがて母親つまり主人公の妹・麻生祐未が迎えに来るという挿話である。
ここが唯一主人公の出自や過去が垣間見える場面で、運転しているのは夫ではなく恐らく雇いの運転手である。つまり、インテリであることが容易に伺える彼はかなりの財産家もしくは実業家一家の出身で、姪が想像するのと違って妹 (母) ではなく、父親と確執があって家を飛び出たのだと推測される。家に留まれば社長になるような立場だったのではないか。
しかし、この映画は本質的に今のみに関心を向ける。大雑把に言えば、テーマは今の幸福だろう。周囲との柵より自由に生きられる生活を選んだ彼の選択は成功であるように思われる。時に訪れる孤独感よりそれが遥かに大きなものであることが、彼の表情から随時伺われるのだ。
主人公に扮する役所広司が、カンヌの男優賞受賞も尤も思わせる好演。最後ニーナ・シモンの Feeling Good に乗って延々と彼の表情を捉えるラスト・ショットに堪える。非常に気持ちの良い(Feeling Good) 幕切れと言うべし。
ニーナ・シモンは先日の「サントメール ある被告」でも最後を飾っていたし、現在、映画関係者の寵児という感じだ。
その他、彼のカーステレオから流れるという設定で流れる、ブルース、ブルース・ロック寄りの選曲が素晴らしく、アニマルズ「朝日のあたる家」。その浅川マキ・バージョンを石川さゆりがバーのママとして実演するところまである。さらに、オーティス・レディング「ドック・オブ・ザ・デイ」、パティ・スミス、ルー・リード、ヴァン・モリソンといった通受けしそうな(しかしマニアックすぎない)面子が揃っている。金延幸子の「青い魚」が渋い。名前を僅かに聞いたことがある程度で、実際に歌を耳にするのは初めてだった。
画面は4:3のアスペクト比。モノクロによる夢の場面が多すぎる気がするが、その後の道を掃く音に導かれるように画面が変わる感覚は非常に良い。
僕は今の、とりわけメジャー映画に関心を失っている。音楽も同様だ。しかし、音楽は良い。パブリック・ドメインになっていない、僕の観たい古い映画がどこにも転がっていないのに対し、 金をかけずとも YouTube で殆どの昔のアルバムが聴けるのだ。十数年前から数年間 Amazon で外国産の古いCDを他人の想像を絶するほど大量に買ったものだが、それでさえ手に入らなかったアルバムも結構聞ける。最近エリック・アンダースンのアルバム「ブルー・リヴァー」がちゃんと聞けるようになった。嬉しいですな。
この記事へのコメント