映画評「黒い瞳」(1987年)
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1987年イタリア映画 監督ニキータ・ミハルコフ
ネタバレあり
ニキータ・ミハルコフは、チェーホフの短編を幾つか合体して再構築するのがお好きなようで、僕が大学生の頃日本に初めて紹介されて評判になった「機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲」も、本作もそうである。
僕はロシア語を専攻し、チェーホフが好きだと言いながら短編の数々を案外読んでいないので、チェーホフ好きなら誰が観ても明らかな「小犬を連れた貴婦人」以外はとんと解らない。お恥ずかしい次第。
初期のミハルコフは大体映画館で観ているので、これも再鑑賞。
船の食堂でイタリア紳士ロマーノ(マルチェロ・マストロヤンニ)が、ロシア紳士パーヴェル(フセフォロド・ラリオノフ)に声をかけ、意気投合したので、昔話を聞かせ始める。
という形式で回想に入っていく。
庶民の彼が大学で知り合った銀行家の娘エリゼ(シルヴァーナ・マンガーノ)と恋に落ちて結婚するが、父親が死んで彼女が後を継いだ為、建築家としての所期の目標はどこへやら、妻や子供に馬鹿にされるダメ男になり果てる。
足の治療で訪れた湯治場 (原作ではヤルタ) で、ロシアから来た人妻アンナ(エレナ・ソフォーノヴァ)と恋に落ちるが、初めて知った幸福に恐れをなした彼女は別れも言わずにロシアに去ってしまう。
どうしても諦めきれない彼は、仕事をでっちあげてロシアに入り、すったもんだの末に彼女がいる夫の所有地に出かけ、見事に再会を果たす。イタリアに戻って再び戻ると約すも、エリゼの涙にほだされて結局戻らないまま8年程の月日が経って現在に至る。
というお話で、パーヴェルが現在の妻とは、彼女が8年前に夫と離婚した後7回もプロポーズした挙句に結婚できたばかり、という話をしたところで、最後に出て来る美人の正体が事前に想像できる。想像できることがこの映画の良いところである。
ロマーノが踊る場面が多く、ここでミハルコフがユーモア趣味を発揮するが、ユーモアの底からチェーホフらしいペーソスが浮かび上がる。
主人公を身勝手な男と批判する人が多いが、何でも持っていると言いながら最後に判明する彼の仕事を考えるに、この8年間に何があったかと想像をめぐらすことになる。その身勝手さはブーメランとして自らに帰ってきたと知れるわけで、自分でもそれを十分に理解して “自分には3つの思い出以外何もない” と嘆いている。何と人生の悲しいことか! このように “人生は続く” 式の哀感がチェーホフらしい。
Allcinema に寄せられたコメントは一人を除いて “退屈” の連呼である。
ロシアでの旅程承認行脚は冗長というより悪ふざけのしすぎという感が強い一方、小説「世界の測量」でも、それより100年以上前に、地理学者フンボルトが帝政ロシアで同じような苦労をしている。官僚主義に支えられた帝政時代のロシアの流儀はかくもユーモラスなのだ。
本作は合作ではなく、純粋なイタリア映画になるらしい。マストロヤンニは存在するだけで笑いを誘うような、しかし、哀しい人物を好演、さすがの貫禄と言うべし。
ミハルコフは佳作「愛の奴隷」(1976年)をまた観てみたいが、DVDの流通も余り良くないみたいだ。同じ邦題のジェニファー・コネリー主演の映画があって少々ややこしい。奥村チヨに「恋の奴隷」というヒット曲があり、我が家にEP盤がある。
1987年イタリア映画 監督ニキータ・ミハルコフ
ネタバレあり
ニキータ・ミハルコフは、チェーホフの短編を幾つか合体して再構築するのがお好きなようで、僕が大学生の頃日本に初めて紹介されて評判になった「機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲」も、本作もそうである。
僕はロシア語を専攻し、チェーホフが好きだと言いながら短編の数々を案外読んでいないので、チェーホフ好きなら誰が観ても明らかな「小犬を連れた貴婦人」以外はとんと解らない。お恥ずかしい次第。
初期のミハルコフは大体映画館で観ているので、これも再鑑賞。
船の食堂でイタリア紳士ロマーノ(マルチェロ・マストロヤンニ)が、ロシア紳士パーヴェル(フセフォロド・ラリオノフ)に声をかけ、意気投合したので、昔話を聞かせ始める。
という形式で回想に入っていく。
庶民の彼が大学で知り合った銀行家の娘エリゼ(シルヴァーナ・マンガーノ)と恋に落ちて結婚するが、父親が死んで彼女が後を継いだ為、建築家としての所期の目標はどこへやら、妻や子供に馬鹿にされるダメ男になり果てる。
足の治療で訪れた湯治場 (原作ではヤルタ) で、ロシアから来た人妻アンナ(エレナ・ソフォーノヴァ)と恋に落ちるが、初めて知った幸福に恐れをなした彼女は別れも言わずにロシアに去ってしまう。
どうしても諦めきれない彼は、仕事をでっちあげてロシアに入り、すったもんだの末に彼女がいる夫の所有地に出かけ、見事に再会を果たす。イタリアに戻って再び戻ると約すも、エリゼの涙にほだされて結局戻らないまま8年程の月日が経って現在に至る。
というお話で、パーヴェルが現在の妻とは、彼女が8年前に夫と離婚した後7回もプロポーズした挙句に結婚できたばかり、という話をしたところで、最後に出て来る美人の正体が事前に想像できる。想像できることがこの映画の良いところである。
ロマーノが踊る場面が多く、ここでミハルコフがユーモア趣味を発揮するが、ユーモアの底からチェーホフらしいペーソスが浮かび上がる。
主人公を身勝手な男と批判する人が多いが、何でも持っていると言いながら最後に判明する彼の仕事を考えるに、この8年間に何があったかと想像をめぐらすことになる。その身勝手さはブーメランとして自らに帰ってきたと知れるわけで、自分でもそれを十分に理解して “自分には3つの思い出以外何もない” と嘆いている。何と人生の悲しいことか! このように “人生は続く” 式の哀感がチェーホフらしい。
Allcinema に寄せられたコメントは一人を除いて “退屈” の連呼である。
ロシアでの旅程承認行脚は冗長というより悪ふざけのしすぎという感が強い一方、小説「世界の測量」でも、それより100年以上前に、地理学者フンボルトが帝政ロシアで同じような苦労をしている。官僚主義に支えられた帝政時代のロシアの流儀はかくもユーモラスなのだ。
本作は合作ではなく、純粋なイタリア映画になるらしい。マストロヤンニは存在するだけで笑いを誘うような、しかし、哀しい人物を好演、さすがの貫禄と言うべし。
ミハルコフは佳作「愛の奴隷」(1976年)をまた観てみたいが、DVDの流通も余り良くないみたいだ。同じ邦題のジェニファー・コネリー主演の映画があって少々ややこしい。奥村チヨに「恋の奴隷」というヒット曲があり、我が家にEP盤がある。
この記事へのコメント
これ、wowowで観られるんですか! いいなぁ・・
ずーっと、私の再見不可映画リストに入ったきりなんですよ。(他に何があるのか思い出せませんが)
中古DVDは以前からものすごい高値をつけていまして、あんなの買うくらいならwowowに加入するほうが良いですよね。どーしよ~悩ましいです。
私は「愛の奴隷」は未見ですが「ウルガ」をまた観てみたいです。
ええっ、ほんとですか?
マルチェロマストロヤンニ観てるだけで十分たのしめる映画だったですけども
撮影がよいですよ、あのはじめて貴婦人にあう場面とか、今も美しい場面を思い出せます。
話も、男の語る思い出話を聞き手を入れることでちょっと客観視させる作りになっていたと記憶しますし、最後のオチも効いていました。
若い男性には受けないタイプの物語かもしれませんが、昔なら女性映画ファンがもっといて、いろいろ語ったりしたんじゃないでしょうかね。淀川長治先生は、こういう映画のおもしろさ、うまく伝えてくれてましたよ。
>あんなの買うくらいならwowowに加入するほうが良いですよね。どーしよ~悩ましいです。
WOWOWも今は邦画重視で、余りお薦めも出来ませんが、1年に何度か気の利いた特集(と言ってもせいぜい5本くらい)があり、その中に良い作品が入っていることがあります。
夏前にカトリーヌ・ドヌーヴ特集があり、今回はマルチェロ・マストロヤンニ特集。共演作が幾つかあるので、どうせなら二人合わせて15本くらいすれば良いのに。
>「ウルガ」
ミハルコフ特集でもあれば見られるかもしれない作品ですが、なかなかこちらが思ったようには特集を組んでくれません。
>マルチェロマストロヤンニ観てるだけで十分たのしめる映画だったですけども
撮影がよいですよ
全く仰る通りで、マリリン・モンローではないMMは魅力的ですし、画面も良かったですよねえ。
>最後のオチも効いていました。
これ、8年という符合があって、事前に予想は付くのですが、その予想通りに落ちがあるのが素敵でした。
>若い男性には受けないタイプの物語かもしれません
昔の文学青年はこういうのが好きです!(笑)
>淀川長治先生は、こういう映画のおもしろさ、うまく伝えてくれてましたよ
この映画は語ったことがあるかなあ?
TBSラジオでやっていた「ラジオ名画劇場」でのおしゃべりで聞いてみたい作品ですね。実物より面白いことが多い名調子。懐かしいですねえ。