映画評「アウシュヴィッツの生還者」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年アメリカ=カナダ=ハンガリー合作映画 監督バリー・レヴィンスン
ネタバレあり

ホロコーストものは余りに作られ過ぎ、映画ファンとしてはそのこと自体は余り良くないことと思うが、色々な素材があるものだと感心することしきり、観ているうちにそういうマイナス面をすっかり忘れてさせてしまう佳作・秀作が多い。

1949年アメリカ。ポーランド出身のユダヤ人ハリー・ハフト(ベン・フォスター)はボクサーとして名を挙げた後、連敗続きなのに関係者にごり押しして、将来のチャンピオンたる有望選手ロッキー・マルシアーノとの試合を叶える。その目的は、自分と同様にアウシュヴィッツに送られた恋人レアが生きていると信じ、有名になることでこちらの生存を伝え、再会の可能性を高める為である。
 しかし、やがてその希望が信じられなくなった頃、この活動に協力してきた団体の女性ミリアム(ヴィッキー・クリープス)に慰謝されること多く、愛情が育っていく。
 それから14年後の1963年。14年前に収容所時代のボクシング経験を語りきかせた記者からレアの居場所が届く。家族で彼女が過ごす街の浜辺へ一家五人を挙げてドライブし、息子アランだけを連れて、その家に向う。

というお話で、ハリーがずっと秘匿してきた自分の過去を息子アランに語り始めるところで終わる。このバイオグラフィーの作者こそそのアラン・スコット・ハフトであることを考えれば、定石的とは言え、この締め方は上手い。

監督はバリー・レヴィンスンで、やはりこの手の家族絡みのドラマを映画化する時に腕前を発揮するという僕の中の定評通り、素晴らしい仕事ぶりである。
 フラッシュバックや回想はモノクロで、その為にユダヤ人質屋のトラウマを描いた傑作「質屋」(1964年)を思い起こさせる瞬間もあるが、さすがにあの作品ほど映画的に強烈というわけにはいかない。

アングルとして新味なのは収容所内のボクシングであり、ボクシングに負けた者は即殺されるという事実が、最後の回想部分で大いに効果を発揮している。

トラウマと文字通りの悪夢に苦しむ主人公をベン・フォスターが好演。

気になったのは、最後付近に「ゴッド・ブレス・アメリカ」の斉唱シーンが唐突に出て来て、主人公のユダヤ人故の苦労と彼が逃れたアメリカ合衆国とを無理に結びつけようとしているように見えること。その意図は定かではないが、アメリカとアメリカが誕生させたと言えるユダヤ人国家イスラエルの関係性などプロパガンダの匂いを感じてしまうのは確かで、良くない。

ホロコーストの過去はイスラエルをしてアラブを攻撃して良いという免罪符にはなり得ない。イスラエルの主張する【イスラエル批判=反ユダヤ主義】という考えは乱暴だ。

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