映画評「スーパーマンⅢ/電子の要塞」

☆☆★(5点/10点満点中)
1983年アメリカ映画 監督リチャード・レスター
ネタバレあり

このシリーズは元々コメディー要素があるが、純コメディアンのリチャード・プライアーの主演に近い配役ではそちらの方面が強くなりすぎ、その点だけでもスーパーヒーローものとしては問題。せいぜい前作までジーン・ハックマンが務めたコメディ・リリーフ程度に留める方が面白くなった可能性が高い。

失業続きの黒人プライアーがやっと勤め始めた会社でコンピューターをいじくっているうちにITの天才性を発揮する。これが雇用者の悪徳実業家ロバート・ヴォーンとその妹アニー・ロスの目に留まり、終盤に大々的に登場する武器を加えたコンピューター・システムを作ったりもする。

その前に彼らがコンピューターを駆使して、スーパーマン(クリストファー・リーヴ)の力を弱め、最悪のケースでは死に至らしめる力のある鉱物クリプトナイトを造成し、その結果スーパーマンが我を忘れて次第に悪に手を染めるようになるというシークエンスが暫く続く。
 邪悪になったスーパーマンはマントの赤もボディスーツの青もダークになるのが極めて象徴的。また、スーパーマン(悪)とクラーク・ケント(善)が闘う解りやすい幻想的シーンがあり、通常は心の中の葛藤で説明させるものを善悪を象徴する実物同士で闘わせるという見せ方は一応注目に値する。

しかるに、僕はスーパーヒーローを悩ませたり、悪の要素を引き出したりするという見せ方に反対している人間なので、本作の扱いがそれなりに面白いことは認めても、大いに喜んだりはしない。タンカーに対してスーパーマンがマッチポンプになってしまい、苦笑した。

それに加えて、悪党側の魅力が足りない。考えていることは小さくはないが、彼らが頼りにするのがお笑い担当プライアーでは迫力不足を禁じ得ない。ただ、ITの暴走などは、当時とは比較にならないIT社会になった今でも考えられる大問題なので、現実を反映する映画の役目を果たしたものとして評価できる。ITならぬポリ・コレの暴走で、現在の映画はどうもそれ(現実を反映する役目を果たすこと)が怪しくなっているのだが。

マッチポンプと言えば、TTPを抜けたトランプ大統領時代のアメリカを思い出す。インフレは民主党のせいと言ってトランプを応援する人は、EUを抜けて失敗した悔やむ英国民の二の舞になるのではないか? トランプの政策はさらなる物価高を引き起こすと断言する経済関連の専門家たちが目立つのである。アラブ系住民もトランプに傾いているらしい。トランプこそイスラエルべったりなのだが。やはり自分の読みたい記事だけを読んでいると、こういうことが起こる。

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