映画評「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年アメリカ映画 監督デーヴィッド・ミデル
ネタバレあり

2011年11月にニュー・ヨーク州で起きた実話の映画化である。

未明。独り暮らしで心臓の悪い70歳の黒人ケネス・チェンバレン・シニア(フランキー・フェイスン)が、寝ぼけて医療用通報装置を作動させてしまい、ライフセンターの声に答えなかった為に、センターは警察に安否確認を求める。
 かくして3人の警官が駆けつけるが、双極性障害をも患う老人は怯えつつも何とか間違いであったことを伝えるが、使命に燃える(?)警官たちは開けるまでは帰らないと言い張る。時間が長引くに連れて不審を覚えた二人の警官は犯罪を疑い、人権意識の高い新米ロッシ(エンリコ・ナターレ)の理性的な撤退の声を無視して、さらに応援を頼みドアを壊してまで入ろうとする。
 老人の要請に応えてライフセンターが安否確認の取り下げをするが、もはや遅し、ドアを破って入った警官たちのうち一番差別意識の強いジャクスン(ベン・マーテン)が撃ち殺してしまう。

これ自体がデタラメの極みだが、音声や録画の記録があるにもかかわらず、この後警官の誰もが罪を問われなかったということが恐ろしい。近年やっとこうした差別的で暴力的な官憲が逮捕され訴えられるケースが増えているように思うが、今でもアメリカは日本人の理解を超える国家である。
 アメリカが西欧より人権意識が低いのは、因循な福音派が多いせいではないだろうか。だから、犯罪を疑われるトランプが勝つ。憲法にも問題が多く、為に未だに有効な銃規制はできないし、大統領は任期中に犯した犯罪は裁かれないなどということにもなっている。最高裁の人選に党派性があるのもダメで、こんなのがあるから余計に分断するのである。結果として三権分立もかなり怪しい。

映画について言えば、午前5時22分に始まり、80分後に射殺が起きるまでをリアル・タイムに進行させるところが注目点だ。「真昼の決闘」スタイルだが、あの映画が時計を映して時間の進行を示したのに対し、こちらは巡査部長(スティーヴ・オコンネル)に2回口頭(20分、1時間)で言わせているのが印象深い。時計も出たかもしれないが、僕には口頭での時間経過が頭に残っている。

カメラはハンディでかなり揺れるが、ショットを切るのでこの間の「ネイビーシールズ 空港占拠」のように映画論を繰り出すには及ばない。

トランプは東洋人も差別する。僕は、安倍元首相を本当に好いていたか疑問を抱いている。安倍派は反論するだろうが、かつて安倍首相一行が大統領赴任してから初めて会う前に言ったとされる言葉が本音であろう。共同通信社の和訳が誤訳と安倍支持者が言って反論したが、will を未来とした誤訳派が間違いだ。will には習慣・性格を示す場合もある。大谷選手の活躍に怒り狂って何か変なことをしないか気が気でない。

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