映画評「オオカミの家」
☆☆★(5点/10点満点中)
2018年チリ=ドイツ合作映画 監督クリストバル・レオンとホアキン・カシーニャ
ネタバレあり
昨年5月に観た「コロニアの子供たち」が扱ったチリに実在した(厳密には名前を変えて現存する)ドイツ系カルトのコロニア・ディグニダに言及したチリ=ドイツ合作のアニメ。
この名前は出て来ないが解る人には解るという内容で、アニメと言ってもストップモーション・アニメで、クレイ・アニメでもある。
内容は、コロニア・ディグニダの代表と思われる人のナレーション付き実写から入り、やがて入れ子の寓話アニメが始まるという体裁。つまり、実写の部分も映画の一部であるから二重の入れ子で構成されていると理解して良い。
そのアニメは、コロニアを脱走した少女マリアが森の中にある家に入り、子豚二頭を人間に変えるが、狼が怖くて誰も外に出られないうちに飢えて人間になった子豚二頭に食べられそうになり、狼に助けを求める、という内容。
教団はこの寓話アニメを通して、コロニアの外は怖い世界であり、コロニアにいることの正当性を説くのである。
同時に、そのアニメはとりわけ映画の外にいる観客にとって、森の中の家がコロニアを示していると考えられないこともなく、コロニアこそオオカミの家というべき怖い存在とも理解できるわけで、作者のクリストバル・レオンとホアキン・カシーニャの監督コンビがコロニアを賛美しているわけではないのは言うまでもない。
この映画が二重の入れ子であることに気づかないうっかりさんがそう誤解する可能性もなくはないので、念の為。
画面は、細かな成分の合成と分解とが終始繰り返され、カットを切らずに進行する。実写ではないから余り気にせず観ていたが、僕の嫌いなワンカットワンムービー的な趣向というわけで、文字通りアート的なアニメだから文句を言っても始まらないような気はする。
合成と分解がグロテスクなムードを醸成する一方、二次元と三次元とを自在に往来するような画面の変化は買い。
今月はオオカミに縁があるデス。
2018年チリ=ドイツ合作映画 監督クリストバル・レオンとホアキン・カシーニャ
ネタバレあり
昨年5月に観た「コロニアの子供たち」が扱ったチリに実在した(厳密には名前を変えて現存する)ドイツ系カルトのコロニア・ディグニダに言及したチリ=ドイツ合作のアニメ。
この名前は出て来ないが解る人には解るという内容で、アニメと言ってもストップモーション・アニメで、クレイ・アニメでもある。
内容は、コロニア・ディグニダの代表と思われる人のナレーション付き実写から入り、やがて入れ子の寓話アニメが始まるという体裁。つまり、実写の部分も映画の一部であるから二重の入れ子で構成されていると理解して良い。
そのアニメは、コロニアを脱走した少女マリアが森の中にある家に入り、子豚二頭を人間に変えるが、狼が怖くて誰も外に出られないうちに飢えて人間になった子豚二頭に食べられそうになり、狼に助けを求める、という内容。
教団はこの寓話アニメを通して、コロニアの外は怖い世界であり、コロニアにいることの正当性を説くのである。
同時に、そのアニメはとりわけ映画の外にいる観客にとって、森の中の家がコロニアを示していると考えられないこともなく、コロニアこそオオカミの家というべき怖い存在とも理解できるわけで、作者のクリストバル・レオンとホアキン・カシーニャの監督コンビがコロニアを賛美しているわけではないのは言うまでもない。
この映画が二重の入れ子であることに気づかないうっかりさんがそう誤解する可能性もなくはないので、念の為。
画面は、細かな成分の合成と分解とが終始繰り返され、カットを切らずに進行する。実写ではないから余り気にせず観ていたが、僕の嫌いなワンカットワンムービー的な趣向というわけで、文字通りアート的なアニメだから文句を言っても始まらないような気はする。
合成と分解がグロテスクなムードを醸成する一方、二次元と三次元とを自在に往来するような画面の変化は買い。
今月はオオカミに縁があるデス。
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