映画評「叫びとささやき」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1972年スウェーデン映画 監督イングマル・ベルイマン
ネタバレあり
イングマル・ベルイマンが好きだと公言しながら、余り積極的に扱ってこなかった。内容が難解である以上に書きにくい。
と、言い訳してハードルを低くし、スタートします。
久しぶりの再鑑賞は、マイ・ライブラリーから。
5時間を超える「ファニーとアレクサンデル」がベルイマン世界の集大成であるとすれば、カラーに転じて初期の本作は女性性を扱った作品群の集大成と言えると思う。
舞台は19世紀末スウェーデンだが、三人姉妹が出てくるところから同時代のロシアを舞台にしたチェーホフの戯曲「三人姉妹」を想起させるところは当然ある。また、ベルイマンは事実上、祖国の大劇作家ストリンドベリの舞台からスタートしたから、終盤の扱いにストリンドベリのような神秘主義が顔を出す。
子宮癌を患っている次女アングネス(ハリエット・アンデショーン)の屋敷に、長女カーリン(イングリッド・チューリン)と三女マリア(リヴ・ウルマン)がそれぞれ夫を伴って訪れる。召使アンナ(カリ・シルヴァン)が甲斐甲斐しくアングネスの面倒を見ている。
彼女の介護をする間に浮かび上がるのは、カーリンが神経症的な性格であり、マリアが多情でアングネスの主治医(エルランド・ヨセフソン)への思いを断ちがたいということ。アングネスのそばに居ながらこのカーリンとマリアの確執は止まない。
屋敷で進む進行形のお話に、三人もしくはアンナを含めた四人の回想が挿入されるが、その方法がかなり独自で、一つのエピソードが終わると真っ赤な色でフェード・アウト、同じく赤くフェード・インすると次の中心人物のアップが出されてすぐにフェード・アウト、次のフェード・インによって彼女主観の挿話が始まるのである。
母親(リヴ二役)に似ているせいかマリアが母親に一番可愛がって貰っているのを嫉妬するアングネスはそれでも心優しくちょっとしたことで大きな満足を得、二人の姉妹と散歩しその話を聞くだけで幸福感を得たりする。
叫びはアングネスの苦痛の声であり、ささやきはそんな彼女に何もできない冷淡な姉妹の立場であろう。
ベルイマンは女性の魂は赤い色をしているに違いないと思ったらしい。そこで赤いフェードを使い、部屋の壁の一部を真紅にしたのである。
彼女たちの服の白との対照も鮮やかだが、アングネスがこと切れる直前から二人は黒い服を着、この三色のコントラストに凄味がある。とりわけ、アングネスが死んで、アンナが形見として受け取ったその日記を読んだ場面が画面になり、黒の衣装に印象付けられた後だけに、日傘をさして散歩する四人の着る衣服の白にハッとさせられ、彼女たちの内面の激しさを全く感じさせない牧歌的なムードに圧倒される。
その牧歌性は正に姉妹に会って幸福感に満ちたアングネスの心情そのものだ。病弱な彼女があるいは二人の姉妹を歪にしたのかもしれないが、彼女の優しさこそ貴い気がする。
とにかく、彼女が亡くなり、叫びとささやきは沈黙する。
死んだと思われたアングネスが終盤蘇る。単に本当に蘇生したのか、神秘主義的な現象なのか。アングネスを殆ど見せないことで両義的になっている。それも良し。
ベルイマンの色彩設計を生かしたのはスヴェン・ニクヴィストで、アングネスを足の上に横たわせて豊満なアンナが座るショットの泰西名画の如き神々しさ。実に素晴らしい。
ベルイマン好きのウッディー・アレンが「インテリア」(1978年)を作る時一番参照したのは本作であろう。あちらは三人姉妹に母親という組合せだが、同じく4人の女性の葛藤を描いてかつベルイマンより直球的に解りやすく、初見時圧倒された。
京極夏彦の百鬼夜行シリーズの探偵役・京極堂に言わせると、世の中に不思議なことなどないのだ。この映画を観た日に「狂骨の夢」を読み始めて、そんな文言に出くわした。
1972年スウェーデン映画 監督イングマル・ベルイマン
ネタバレあり
イングマル・ベルイマンが好きだと公言しながら、余り積極的に扱ってこなかった。内容が難解である以上に書きにくい。
と、言い訳してハードルを低くし、スタートします。
久しぶりの再鑑賞は、マイ・ライブラリーから。
5時間を超える「ファニーとアレクサンデル」がベルイマン世界の集大成であるとすれば、カラーに転じて初期の本作は女性性を扱った作品群の集大成と言えると思う。
舞台は19世紀末スウェーデンだが、三人姉妹が出てくるところから同時代のロシアを舞台にしたチェーホフの戯曲「三人姉妹」を想起させるところは当然ある。また、ベルイマンは事実上、祖国の大劇作家ストリンドベリの舞台からスタートしたから、終盤の扱いにストリンドベリのような神秘主義が顔を出す。
子宮癌を患っている次女アングネス(ハリエット・アンデショーン)の屋敷に、長女カーリン(イングリッド・チューリン)と三女マリア(リヴ・ウルマン)がそれぞれ夫を伴って訪れる。召使アンナ(カリ・シルヴァン)が甲斐甲斐しくアングネスの面倒を見ている。
彼女の介護をする間に浮かび上がるのは、カーリンが神経症的な性格であり、マリアが多情でアングネスの主治医(エルランド・ヨセフソン)への思いを断ちがたいということ。アングネスのそばに居ながらこのカーリンとマリアの確執は止まない。
屋敷で進む進行形のお話に、三人もしくはアンナを含めた四人の回想が挿入されるが、その方法がかなり独自で、一つのエピソードが終わると真っ赤な色でフェード・アウト、同じく赤くフェード・インすると次の中心人物のアップが出されてすぐにフェード・アウト、次のフェード・インによって彼女主観の挿話が始まるのである。
母親(リヴ二役)に似ているせいかマリアが母親に一番可愛がって貰っているのを嫉妬するアングネスはそれでも心優しくちょっとしたことで大きな満足を得、二人の姉妹と散歩しその話を聞くだけで幸福感を得たりする。
叫びはアングネスの苦痛の声であり、ささやきはそんな彼女に何もできない冷淡な姉妹の立場であろう。
ベルイマンは女性の魂は赤い色をしているに違いないと思ったらしい。そこで赤いフェードを使い、部屋の壁の一部を真紅にしたのである。
彼女たちの服の白との対照も鮮やかだが、アングネスがこと切れる直前から二人は黒い服を着、この三色のコントラストに凄味がある。とりわけ、アングネスが死んで、アンナが形見として受け取ったその日記を読んだ場面が画面になり、黒の衣装に印象付けられた後だけに、日傘をさして散歩する四人の着る衣服の白にハッとさせられ、彼女たちの内面の激しさを全く感じさせない牧歌的なムードに圧倒される。
その牧歌性は正に姉妹に会って幸福感に満ちたアングネスの心情そのものだ。病弱な彼女があるいは二人の姉妹を歪にしたのかもしれないが、彼女の優しさこそ貴い気がする。
とにかく、彼女が亡くなり、叫びとささやきは沈黙する。
死んだと思われたアングネスが終盤蘇る。単に本当に蘇生したのか、神秘主義的な現象なのか。アングネスを殆ど見せないことで両義的になっている。それも良し。
ベルイマンの色彩設計を生かしたのはスヴェン・ニクヴィストで、アングネスを足の上に横たわせて豊満なアンナが座るショットの泰西名画の如き神々しさ。実に素晴らしい。
ベルイマン好きのウッディー・アレンが「インテリア」(1978年)を作る時一番参照したのは本作であろう。あちらは三人姉妹に母親という組合せだが、同じく4人の女性の葛藤を描いてかつベルイマンより直球的に解りやすく、初見時圧倒された。
京極夏彦の百鬼夜行シリーズの探偵役・京極堂に言わせると、世の中に不思議なことなどないのだ。この映画を観た日に「狂骨の夢」を読み始めて、そんな文言に出くわした。
この記事へのコメント
この大傑作の感想が遂に来ましたか。
傑作揃いのベルイマンですが、監督が作った女性映画の中でも最高峰に位置する作品ですね。
(「沈黙」「ペルソナ」など、どれも素晴らしく捨てがたいです!)
女優陣の演技も、撮影の美しさも、深紅を中心にした色彩も全部完璧で、神々しさすら感じます。
ウッディー・アレン「インテリア」も、この作品に匹敵する傑作でした。
「この世には不思議な事など何もないのだよ、関口君」
京極堂の決め台詞!
妖怪に詳しい彼がこんな台詞を言うのが面白いです。
余談ですが、ゲゲゲの鬼太郎の前日譚のアニメ「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は横溝正史とか京極夏彦っぽい、おどろおどろしい雰囲気があって、大人が観ても楽しめますよ。
(今ならアマプラでも観られます。)
>この大傑作の感想が遂に来ましたか。
これは書きにくいとずっと思っていた作品で、ブログを前提にしない時に感想は書いていますが、やはり他人の目に晒すとなると、ある程度ちゃんと書かないといけませんから。やっと絞り出しました。
>(「沈黙」「ペルソナ」など、どれも素晴らしく捨てがたいです!)
1980年頃「ペルソナ」を熱く語っていたのを思い出します。
当時は解った気になっていましたが、先年観た時にぐらつきまして、
☆☆☆☆★にしました。「沈黙」も似たような感じ。
>ウッディー・アレン「インテリア」も、この作品に匹敵する傑作でした。
痺れましたよ。アレンでは一番好きだなあ。
>「この世には不思議な事など何もないのだよ、関口君」
これをそのまま書こうと思いましたが、間もなく公開停止(と言いましょうか、プロバイダーがサーヴィス停止)されるわがHPで著作権絡みで苦い経験をしているので、敢えてぼかしました。
本はJASRACほどはうるさくないと思いますが^^
>ゲゲゲの鬼太郎の前日譚のアニメ「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は横溝正史とか京極夏彦っぽい、おどろおどろしい雰囲気があって、大人が観ても楽しめますよ。
>(今ならアマプラでも観られます。)
そうですか。
観てみましょう^^