映画評「瞳をとじて」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年スペイン=アルゼンチン合作映画 監督ビクトル・エリセ
ネタバレあり

先日NHK-BSが「エル・スール」を放映したのは、ビクトル・エリセのこの新作が(長編劇映画としては)31年ぶりに発表されて、昨年日本でも公開されたということと関係しているのだろうか。

劇中劇から始まる。
 この未完成の映画を監督した、現在は執筆に専念するミゲル(マオロ・ソロ)が、【未解決事件】というTV番組の女性プロデューサー?マルタ(ヘレナ・ミヘル)のインタビューを受け、フィルムの一部を貸し出す契約をする。同時に、20年以上前にこの映画の出演を最後に失踪した俳優フリオ(ホセ・コロナド)について娘アナ(アナ・トレント)に会って話を聞くなど、謎の解明に当たる気になっていく。

構成的には歴訪型ミステリーの体裁で、結局は真の解決部分を見ずに終わるこの映画がテーマとしているのは、恐らく広い意味でのアイデンティティである。
 教会系の高齢者施設で雑用をする記憶喪失の男が、映画で使用された中国人少女の写真を証拠にフリオであると多くの人に認定されるという流れがその典型である。逆に、若い時の主人公と現在の主人公は(人によっては認定できないことをもって)哲学的な意味で同一人物なのかといった命題も出ていると思われる。

(まだ真に父親であるか認定していない)娘アナを含めた関係者が、その未完成映画を観たフリオが記憶を取り戻すかどうか期待して映画館に集まり、それがはっきりしないまま映画は終わる。映画は、ミゲルやアナやフリオのアップを見せるだけである。その隠微な、変化とも言えないような変化を見せるのみである。

父と娘の再会が劇中劇とダブり、その娘アナに扮するのがオールド・ファンには懐かしいアナ・トレントであることも一種のメタ化を構成する。つまり劇中劇との関係を含めればメタ化も二重に行われている。お話の単純な推移以上のものに興味を持つ映画ファンにはこういうところが面白くてたまらないはずだ。
 ただ、「ミツバチのささやき」(1973年)のように素直に絶賛できるところまでこの映画の価値を僕は把握出来ていない。

同好の士・親友K君と年賀状以外のやり取りを再開した。大手銀行の激務故に彼は1990年代以降の映画は殆ど観ていず、現在銀行と親密な関係のあった会社に勤めるも映画を観る余裕ができ、名画座で古いジャンル映画を中心に見ているようだ。メールで近影も交換したが、彼は昔の面影を失わず、突然会ってもすぐに認識できるレベルを維持していた。その点ボクは・・・

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