映画評「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年イギリス映画 監督ヘッティ・マクドナルド
ネタバレあり

ポール・マザースキーの秀作「ハリーとトント」(1974年)とロバート・ゼメキス監督「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)を思い出させる。両方を合わせて適度に換骨奪胎するとこんな感じになると思わせる人情譚だ。

題名の名前を持つ主人公(ジム・ブロードベント)が、同僚だった女性クィーニー(リンダ・バセット)が北部のホスピス(昨日に続いてキリスト教系)にいて死期が近いと知らされる。最初は励ましの手紙だけで済まそうとした後、彼女との別離の仕方に思うところあり一念発起して英国800kmを歩いて縦断することにする。
 当初は孤独と苦闘の旅だったのが、マスメディアで取り上げられたことで少なからぬ人々が旅(彼らは巡礼のつもり)に加わる。クィーニーという名前を付けた犬も仲間になる。
 苦闘の旅を続けるうちに彼の脳裡に去来するのは秀才なのに荒れた息子デイヴィッド(アール・ケイヴ)のことである。次第に明確になっていくが、彼は薬と酒に溺れた挙句に自殺、その結果妻モーリーン(ペネロープ・ウィルトン)と不仲になって25年が経つ。その苦悩で彼が迷惑をかけた職場で身代わりになったのがクィーニーなのである。モーリーンは彼だけ慰められるのが嫌で、クィーニーが “気にするな” と家に訪問して残した言葉を伝言せずに今日まで来ている。
 ハロルド老において、息子の死の原因が自分の息子に対する接し方にあったという自責の念があり、苦行とも言える旅は、身代わりとなったクィーニーの為であると同時に自分の為でもあったのだろう。モーリーンにも思うところあり、ハロルドに真相を話し、彼も遂にクィーニーとの面会を果たす。

人情の描出に色々と良い箇所があるが、にも拘わらず、彼とウィーニーの再会を一切大袈裟に扱わない。これが映画的には素晴らしく、主人公は自らの行為に空しさすら感じるのだが、その空しさを補って余りあるのが夫婦愛の蘇りである。
 そして、彼が接したクィーニーやスラブ系の元女医の掃除婦や店の女店員の頭上に様々な形で光がきらめくのである。宗教的な暗示と取れないこともないものの、これは彼との交流が人々にもたらしたそれぞれの希望のメタファーと取るのが正しいと思う。

上に挙げた二本のアメリカ映画よりウェットであるが、英国映画らしく過剰になっていない点を評価したい。

何故かロード・ムービーに良い作品が多い。ロード・ムービーを好む人も多い。人情の湧出に、多様な人たちや場所といった要素が絡み合って、人々の琴線を打つのだろう。

この記事へのコメント

モカ
2025年03月17日 16:37
こんにちは。

最近この手の英国映画が多いですね。

昨年、ティモシー・スポール主演の「君を想い、バスに乗る」
マイケル・ケイン&グレンダ・ジャクソン共演でお二人の最後の作品「2度目のはなればなれ」を観た後なので、流石にまたかぁ〜と思ってしまいました。
ジムおじさんが不器用で頑固な爺さんを熱演されていましたが、上記の2作品を観た後では、柳の下の3匹目のドジョウ感がありましたね。
本作の7点を基準にするなら上記の2作は8〜9点いけると思いますので未見なら是非観てみて下さい。
3作品共、生い先短い老人が過去の精算の為に一人旅にでて、昔なら孤独なうちに終わるところが、今時はその姿がSNSで拡散されて国中に知れ渡ってしまうという…
時代は変わりましたね。
オカピー
2025年03月17日 21:43
モカさん、こんにちは。

>ティモシー・スポール主演の「君を想い、バスに乗る」
>マイケル・ケイン&グレンダ・ジャクソン共演でお二人の最後の作品「2度目>のはなればなれ」を観た後なので、流石にまたかぁ〜と思ってしまいました。

そういうことはままありますね。
製作順に観られれば良いですが、順番が逆になった場合は古い映画にとってちょっとした悲劇です。

>未見なら是非観てみて下さい。

未見ですねえ。
チャンスがあれば勿論。
僕ももう年金生活者ですから、どちらかと言えば年寄りの映画の方に教官が持てることが多い。

>昔なら孤独なうちに終わるところが、今時はその姿がSNSで拡散されて国中に知れ渡ってしまうという…
>時代は変わりましたね。

人は一人では生きて行けないと言いますが、孤独になりたいのになれないのも、嫌だなあ。