映画評「ぐるりのこと。」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2008年日本映画 監督・橋口亮輔
ネタバレあり
橋口亮輔監督の旧作。やはり移動撮影を併用しながらも固定を基本とする監督者と確認できた。
1993年、出版社に勤めるしっかり者の木村多江は、画家志望で女性にちとだらしないリリー・フランキーの子供を妊娠して結婚し、その間に彼は法廷画家の仕事を得る。
映画はここから時間を飛ばして1995年、その間に二人は生まれた娘を失ったらしい。彼女はその件から精神のバランスを失って原稿を勝手に変えた部下を必要以上にきつく叱り、家蜘蛛の死にも必要以上に反応するほど鬱に陥り、遂には会社を辞めて心療内科のお世話になる。
美術教室を始めて女性の受講者に当初色目を使っていた彼も、人の死に絡む被告たちを見るうちにやはり死について思うところがあり、死に過敏になった妻の心境に近づいていく。
彼女は昔から知っていたらしいお寺に通ううち、女住職から寺の天井画を書いてみないかと進言され、昔取った杵柄の画業を再開する。
かくして夫婦は、二人を近づけた共通の趣味でもあったのであろう絵画により再生していく。
夫婦の再生の物語である。そして夫婦の物語でもある。後者は、ヒロイン夫婦だけでなく彼女の母親・倍賞美津子と絵でしか登場しない父親の夫婦を通して見える、夫婦なるもののあり方についてである。
彼女の兄・寺島進と妻・安藤玉恵の夫婦を含めても良いのかもしれないが、どうもこの夫婦は欲望とお金に流されすぎて凡庸に過ぎる。
再生というからにはその十年の間に変化がある。この映画の人間観では、凡庸な人々は変化しない。
木村多江のヒロインは言うまでもなく、リリー・フランキーの夫は法廷での経験から妻の心情に傾くうちに女性受講者への態度も至極真面目なものになる。倍賞美津子の母は、自分の浮気の為に夫が出て行ったことを告白し、半ば馬鹿にして婿に迎えた彼に “よろしくお願いします” と頭を下げる。
この三者三様の変化に僕はかなりじーんとした。人間が良いほうに変わるのを見て不愉快に思う人はいないだろう。
長尺すぎると批判をする人がいるが、多分これを120分以下で描くと調子の良すぎるハッピーエンドと見えてしまう可能性があり、それを回避する為にも140分という長さが必要だったのだと思う。
また、裁判所内にあるメディア待機室など法廷画家をめぐる描写が具体的でなかなか面白い。
脇役に弱い僕ですら名前と顔の一致する俳優たちが端役レベルで多数出演して今となってはその豪華ぶりにびっくりする。橋口監督の新作「お母さんが一緒」で主演をしていた江口のりこに至っては部屋に文句を言いに来るお隣さんとして登場するだけ。いいですな。
題名の最後に句点がつけてあるのに2000年代を感じる。【ぐるり】というのは【周囲】のこと。一般人が多く“と”を付けて副詞として使うのに対し、文芸人は多く名詞として使う。
2008年日本映画 監督・橋口亮輔
ネタバレあり
橋口亮輔監督の旧作。やはり移動撮影を併用しながらも固定を基本とする監督者と確認できた。
1993年、出版社に勤めるしっかり者の木村多江は、画家志望で女性にちとだらしないリリー・フランキーの子供を妊娠して結婚し、その間に彼は法廷画家の仕事を得る。
映画はここから時間を飛ばして1995年、その間に二人は生まれた娘を失ったらしい。彼女はその件から精神のバランスを失って原稿を勝手に変えた部下を必要以上にきつく叱り、家蜘蛛の死にも必要以上に反応するほど鬱に陥り、遂には会社を辞めて心療内科のお世話になる。
美術教室を始めて女性の受講者に当初色目を使っていた彼も、人の死に絡む被告たちを見るうちにやはり死について思うところがあり、死に過敏になった妻の心境に近づいていく。
彼女は昔から知っていたらしいお寺に通ううち、女住職から寺の天井画を書いてみないかと進言され、昔取った杵柄の画業を再開する。
かくして夫婦は、二人を近づけた共通の趣味でもあったのであろう絵画により再生していく。
夫婦の再生の物語である。そして夫婦の物語でもある。後者は、ヒロイン夫婦だけでなく彼女の母親・倍賞美津子と絵でしか登場しない父親の夫婦を通して見える、夫婦なるもののあり方についてである。
彼女の兄・寺島進と妻・安藤玉恵の夫婦を含めても良いのかもしれないが、どうもこの夫婦は欲望とお金に流されすぎて凡庸に過ぎる。
再生というからにはその十年の間に変化がある。この映画の人間観では、凡庸な人々は変化しない。
木村多江のヒロインは言うまでもなく、リリー・フランキーの夫は法廷での経験から妻の心情に傾くうちに女性受講者への態度も至極真面目なものになる。倍賞美津子の母は、自分の浮気の為に夫が出て行ったことを告白し、半ば馬鹿にして婿に迎えた彼に “よろしくお願いします” と頭を下げる。
この三者三様の変化に僕はかなりじーんとした。人間が良いほうに変わるのを見て不愉快に思う人はいないだろう。
長尺すぎると批判をする人がいるが、多分これを120分以下で描くと調子の良すぎるハッピーエンドと見えてしまう可能性があり、それを回避する為にも140分という長さが必要だったのだと思う。
また、裁判所内にあるメディア待機室など法廷画家をめぐる描写が具体的でなかなか面白い。
脇役に弱い僕ですら名前と顔の一致する俳優たちが端役レベルで多数出演して今となってはその豪華ぶりにびっくりする。橋口監督の新作「お母さんが一緒」で主演をしていた江口のりこに至っては部屋に文句を言いに来るお隣さんとして登場するだけ。いいですな。
題名の最後に句点がつけてあるのに2000年代を感じる。【ぐるり】というのは【周囲】のこと。一般人が多く“と”を付けて副詞として使うのに対し、文芸人は多く名詞として使う。
この記事へのコメント
この句点にはもうちょっとややこしい経緯があるのです。
私は当時この映画のタイトルを見た時、映画以前に出版されていた梨木香歩のエッセイ「ぐるりのこと」を元にした内容なのかと思いましたが、エッセイですからそんなストーリーがあるわけでもないし偶然の一致かな、でも紛らわしいタイトルをつけるのは誤解をうむよな、くらいに軽く考えていました。
でもやはり新潮社と梨木果歩サイドとのやり取りが色々あったようで、梨木ファンとしてはあんまり後味の良くない顛末だったようです。
リンクが貼れなくて申し訳ないのですがご興味があれば
梨木香歩図書館 「ぐるりのこと」とは 2013/9/1
で検索してみてください。
>>題名の最後に句点がつけてあるのに2000年代を感じる。
>この句点にはもうちょっとややこしい経緯があるのです。
なるほど。勉強になりました。苦肉の策だったわけですね。
偶然なら仕方がないですが、拝借という経緯を考えると、題名は変えるべきでしたなあ。