映画評「コール・ジェーン-女性たちの秘密の電話-」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年アメリカ映画 監督フィリス・ナジー
ネタバレあり
2022年6月に、連邦的に認められた人工中絶に関する1973年の最高裁判決が覆されたことが本作製作のモチヴェーションだったのではないか?
2022年の製作なので、実話流行りの時代における、その前からの企画だったのかもしれないが、いずれにしても、この映画の打ち出す主張が、保守主体となった最高裁による判決廃棄の決定に対する抗議の意味になっていることは疑いようがない。
1968年弁護士クリス・メッシーナの妻エリザベス・バンクスが二度目の子供を妊娠した結果心臓を悪化させてしまうが、キリスト教原理主義的な病院の理事たちの反対に遭って堕胎が認められず、右往左往するうちに、人工中絶をしてくれる秘密の団体を発見する。
夫君には流産と見せかけた中絶した後、今度は団体を率いるシガーニー・ウィーヴァーに頼まれて堕胎希望者の移送を手伝ううちに、彼女自身が堕胎の面倒をみる医師になる。
やがて団体の行動は発覚するが、かの73年の判決によってこの団体の関係者は免罪となるのである。
判決破棄によって全米で人工中絶ができなくなったわけではなく、中間選挙の前に、妊娠当事者になり得る比較的若い女性共和党支持者の支持離れを意識して、トランプも各州の判断に任せると述べたのを憶えている。
生命を大事にするというのは理解できるが、やはり既に生活をしている者の生こそ優先すべきで、妊娠の状況により生みたくない人、出産により生活が維持できなくなることを憂える人など堕胎を考慮しなければならない人が大勢いる。
人工中絶反対にはキリスト教原理主義が大きく働いているわけだが、それを強固にするのが男尊女卑や父権主義の考えである。この作品でも男女平等の価値観は十分に打ち出され、ちょっとしたフェミニズム映画の様相も呈している。
ここでちょっと寄り道をする。
女性の教育を受ける権利や労働する権利を長く奪ってきたが故にイスラム圏が中世以降それまでの繁栄から凋落したことを歴史が示している。女性の行動の自由は、科学・経済の成長・発展と相関関係にある(ありそうだ)というのが自説である。経済的な事情もあって女性に門戸を開き始めたサウジアラビアはこれから伸びるのではないか。
内容にふさわしく主要スタッフは皆女性らしい。監督フィリス・ナジーが団体の仕組みと内部の様相とをきっちりと描出し、人工中絶擁護の意図を損なわない。同時に、映画的に完璧かと問われればノーであり、前半に比べて、ヒロインが団体の中核となる後半が拙速気味になっているように感じる。
しかし、IMDb での評価が6.5と出来栄えより低いのは、そうした技術的な問題ではなく、キリスト教原理主義者とりわけ男性が足を引っ張っているのだ、ということが想像される。
どこまで本気か知らないが、トランプがアメリカ国外で製作する映画に100%の関税をかけると述べた。困るのはハリウッドだろうと思っていたら、ある人の意見では、自分を邪険に扱うハリウッドを困らせるのが目的の発言なのかもしれないのだ、とか。
2022年アメリカ映画 監督フィリス・ナジー
ネタバレあり
2022年6月に、連邦的に認められた人工中絶に関する1973年の最高裁判決が覆されたことが本作製作のモチヴェーションだったのではないか?
2022年の製作なので、実話流行りの時代における、その前からの企画だったのかもしれないが、いずれにしても、この映画の打ち出す主張が、保守主体となった最高裁による判決廃棄の決定に対する抗議の意味になっていることは疑いようがない。
1968年弁護士クリス・メッシーナの妻エリザベス・バンクスが二度目の子供を妊娠した結果心臓を悪化させてしまうが、キリスト教原理主義的な病院の理事たちの反対に遭って堕胎が認められず、右往左往するうちに、人工中絶をしてくれる秘密の団体を発見する。
夫君には流産と見せかけた中絶した後、今度は団体を率いるシガーニー・ウィーヴァーに頼まれて堕胎希望者の移送を手伝ううちに、彼女自身が堕胎の面倒をみる医師になる。
やがて団体の行動は発覚するが、かの73年の判決によってこの団体の関係者は免罪となるのである。
判決破棄によって全米で人工中絶ができなくなったわけではなく、中間選挙の前に、妊娠当事者になり得る比較的若い女性共和党支持者の支持離れを意識して、トランプも各州の判断に任せると述べたのを憶えている。
生命を大事にするというのは理解できるが、やはり既に生活をしている者の生こそ優先すべきで、妊娠の状況により生みたくない人、出産により生活が維持できなくなることを憂える人など堕胎を考慮しなければならない人が大勢いる。
人工中絶反対にはキリスト教原理主義が大きく働いているわけだが、それを強固にするのが男尊女卑や父権主義の考えである。この作品でも男女平等の価値観は十分に打ち出され、ちょっとしたフェミニズム映画の様相も呈している。
ここでちょっと寄り道をする。
女性の教育を受ける権利や労働する権利を長く奪ってきたが故にイスラム圏が中世以降それまでの繁栄から凋落したことを歴史が示している。女性の行動の自由は、科学・経済の成長・発展と相関関係にある(ありそうだ)というのが自説である。経済的な事情もあって女性に門戸を開き始めたサウジアラビアはこれから伸びるのではないか。
内容にふさわしく主要スタッフは皆女性らしい。監督フィリス・ナジーが団体の仕組みと内部の様相とをきっちりと描出し、人工中絶擁護の意図を損なわない。同時に、映画的に完璧かと問われればノーであり、前半に比べて、ヒロインが団体の中核となる後半が拙速気味になっているように感じる。
しかし、IMDb での評価が6.5と出来栄えより低いのは、そうした技術的な問題ではなく、キリスト教原理主義者とりわけ男性が足を引っ張っているのだ、ということが想像される。
どこまで本気か知らないが、トランプがアメリカ国外で製作する映画に100%の関税をかけると述べた。困るのはハリウッドだろうと思っていたら、ある人の意見では、自分を邪険に扱うハリウッドを困らせるのが目的の発言なのかもしれないのだ、とか。
この記事へのコメント
ハリウッド映画は、シナリオライターを育成するべきですね。なんかもうアメコミ実写化とリメイクばかりが目立って、はっきりいってつまらなくなっています。例外はありますが、全体に低下していると、昔の映画観ると思ってしまうんですよ。
スターのギャラ高騰とか、映画界で是正できる面もありそうですよね。
>もちろんそれがかんたんにできない事情があって、その点に無頓着な発言にはなってるんでしょうが
その通りですね。
ロケに関しては、戦後から観光映画などで多く海外で撮っているわけで、パリやローマをアメリカで撮るわけには行かない。
アメリカのメジャーも今や資金がそう潤沢ではなく、まして小さな映画会社は外国の製作会社と組まないとなかなか作れない事情がありますよね。
>ハリウッド映画は、シナリオライターを育成するべきですね。なんかもうアメコミ実写化とリメイクばかりが目立って、はっきりいってつまらなくなっています。
僕も30年くらい前から言ってきました。
1980年代くらいからリメイク(それも日本やフランスなどの映画のものが多い)が増え、CGに頼って脚本を練らないものが増え、今世紀に入り、アメコミ映画版ばかり。ドラマ系は実話ものばかりになっています。実話ものは面白いものが少なくないですが、これでは創造的な脚本家は育ちませんね。
多少話がずれますが、日本人が映画に関して何故かナショナリストになって日本映画ばかり見るようになり、洋画が余り見られなくなっています。
アメリカ映画の質が下がっていることもありますが、日本映画の質が上がっているわけでもなく、おっしゃる通り、今の映画は全くつまらないです。
映画や流行歌は大衆文化、サブカルチャーになるので、身近な日本のものがいちばん強いのは自然なことだとは思いますが、昔は一般の人がもっといろいろ自分から探して楽しんでいたのに、というのはあります。
テレビの洋画劇場みたいなのもなくなりましたし、さびしいですね。
>洋楽もあまり聴かれなくなってるそうなんですよね。
全くその通りと感じています。
僕は主に姉を通して洋楽好きになりましたが、その姉が今や海外受けの良い日本人アーティストの話ばかりするので、何だか楽しくない。才能をあるものを評価するのは構わないですが、それなら洋楽も聴いてほしい。
ある年齢上の人が転向するのはバブル崩壊が(めぐりめぐって)原因となっている向きがあると思いますが、絶対数としてはそう多くないでしょう。
若者がそうなったのは、音楽に関しては日本のレベルが上がったということもあるでしょうが、やはりバブル崩壊後に子供を持った親が聴かなくなったのが影響しているかもしれませんね。