映画評「君たちはどう生きるか」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・宮崎駿
ネタバレあり

引退宣言していた宮崎駿監督が10年ぶりに作った長編アニメである。
 非常に難解なので世評はそう高くないが、彼の作品の集大成ということがよく解り、お話ばかりを追うという態度を捨てればこれはなかなか大変な作品であることが理解できる。

戦時中11歳の少年・眞人(声:山時聡真)は母親を火事で失い、やがて実業家の父親(声:木村拓哉)に連れられ、再婚相手である母の妹・夏子(声:木村佳乃)の暮らす屋敷に引っ越す。
 少年は、人間の言葉を話すアオサギあるいはアオサギ人間のサギ男(声:菅田将暉)に敵愾心を覚えて対峙するうちに、妊娠中の夏子が消えていった森の奥に進み、その先にある謎の建物から地下世界へ入ってしまい、時空を超えて若き日の母ヒミ(声:あいみょん)や屋敷にかしづく謎の老婆群の一人キリコの若い日(声:柴咲コウ)と出会い、ペリカンが人を食らい、インコが謎の王国を築いている様子を見、この世界の平和を望む大伯父(声:火野正平)の後継の願いに応えず、地上の世界へ戻ろうとする。

少年時代の宮崎駿の経験に基づく心象風景をファンタジーの形で描いているが、妙なものが次々と出て来るドロドロした感覚はフェデリコ・フェリーニの世界に通底するように思える。その意味で「フェリーニのアマルコルド」ならで「宮崎駿のアマルコルド」だろうか。
 フェリーニは心境吐露映画「8・1/2」で母親を描いているし、主人公は大人だが妖しい幻想の世界に入ってしまう「女の都」と似た構図のように思える。洋画を映画の原体験として持つ映画ファンとしては宮崎駿にフェリーニを見出したことが大収穫である。

地下世界での様子は「ギリシャ神話」のオルフェウスや「古事記」の伊弉諾尊 (いざなぎのみこと) を思い出させ、そのベースにある神秘主義は日本的でもあり西洋的でもある。今更ながら宮崎駿の教養が和洋を横断していることがよく解る。

例によって【生命】の源である水を出すと同時に、【自由】と関連付けずにはいられない飛翔物も出て来る。生命そのものであるワラワラの大群が飛翔してDℕAのような形になっていくところなど何と感動的なことか。

難解なので評価を割り引いておくが、本作の原点と言えそうな「千と千尋の神隠し」が「不思議の国のアリス」の宮崎駿的展開であることに気付いている人には案外ピンと来るのではないか。
 平和維持の希求や全体主義への考えなどがベースにあるのは理解できるが、そういうメッセージで作品を把握するより、めくるめくイメージの奔出を楽しむべき作品だ。

「ピーター・パン」の宮崎駿的展開の「となりのトトロ」の真価もそう簡単には解らない。本作が突然難しくなったわけではない。

この記事へのコメント

かずき
2025年05月10日 17:11
オカピーさん、こんにちは。
なるほど、宮崎駿のアマルコルドですか。
そう捉えると本作も案外楽しい作品かもしれないですね。

私はこの作品、公開時に劇場に観に行って、その難解さに置いてけぼりを食らいました。
異世界の冒険、主人公の成長という本筋自体はシンプルでも、その過程の描写の数々が難解で、「千と千尋の神隠し」のように深く感銘できず、その時の私の採点は6点でした。

大分前に放送していたNHKのドキュメンタリーで、主人公=宮崎駿、大伯父=高畑勲という説明を受け再鑑賞すると、前より理解が進んで、7点にアップしていいかも?という気持ちになりました。
(私は最初、主人公=過去の宮崎駿、大伯父=現在の宮崎駿だと思ってました。)
オカピー
2025年05月10日 21:39
かずきさん、こんにちは。

>宮崎駿のアマルコルドですか。

若い人々の大半には、フェリーニを知らないので説得力がないでしょうが、知っている方なら解ってもらえるかもしれないと思い、書きました。
宮崎駿が生まれた頃が時代背景ですから、そのまま彼の少年時代というわけではないですが、心象風景としてそう思っても良いところがあるような気がしましたね。

>異世界の冒険、主人公の成長という本筋自体はシンプルでも、その過程の描写の数々が難解で、

そう思います。
僕も考え込みましたが、変な生き物などを見ているうちに、フェリーニみたいだなあという思いが突然浮かび上がり、ディテイルの意味は一々解らなくても感覚的に捉えれば良いのだろうと思い、ずっとそのスタンスで見ましたね。

>大分前に放送していたNHKのドキュメンタリーで、主人公=宮崎駿、大伯父=高畑勲という説明を受け再鑑賞すると、前より理解が進んで

おおっ、なるほど。
それを見れば理解できる部分が増えそうですね。