映画評「ソウルの春」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年韓国映画 監督キム・ソンス
ネタバレあり

3年半前に観た「KCIA 南山の部長たち」が扱った朴正煕大統領暗殺のその後を描いた実録映画である。
 日本流の忖度が働いた結果なのかどうかは知らないが、残念なことに実名では出て来ない。偽りの名前にしたほうが自由度が上がりフィクショナルに作れる余地が増えるのは確かである。他方、フィクショナル性に頼ると、真実に向き合わない逃げの印象により実録の迫力を殺ぐと感じられることも多い。

僕は朴正煕大統領時代のことを殆ど憶えていない一方で、本作主人公のモデルになった全斗煥(チョン・ドゥファン)はよく記憶している。もう大学生だったから政治への興味もそれ以前より増えたのだろう。ここまで完全なクーデターだったとは!

朴大統領暗殺事件の捜査を任されることになった合同捜査本部長チョン・ドゥグァン(ファン・ジョンミン)が、このチャンスを逃すまいと、民主化に進んで群の権力の衰えるのを避けたい一部軍上層部(保守的なハナ会なるグループに属するもの)を掌握し、邪魔になる上官の陸軍参謀総長を拉致し、その間に大統領の裁可を取ろうと画策するがこちらは悪戦苦闘するも、ハナ会の将軍が率いる部隊をソウルに進行させ、首都警備司令官に就任したイ・テシン(チョン・ウソン)との激しい駆け引きを押し切って、クーデターを成し遂げる。

フィクション部分があるとは言え、ほぼ実話なので最後の最後まで書いてしまったが、我が邦の実録映画「日本のいちばん長い日」を想起させる。
 日本の場合は限られた数の軍人の暴走だったので内戦状態には程遠いものの、映画はそれを緻密な構成で圧倒的なサスペンスに仕上げていた。こちらは当時韓国を牛耳っていた軍上層部が二分された状態での軍同士の戦いであるから、サスペンス以上にスペクタクル性が高い。どちら作品にも息を吞むという表現がぴったり来る。
 イ・テシンをめぐって細君を絡めるなど作り物めいたところがあるのが残念ではあるものの、そうした大衆寄りの作りであっても、さすがに韓国大衆映画がなかなか遠ざけることができないコミカル要素を避け、きちんと作っているという印象を残すのは良い。

再鑑賞したい映画の中に、ピーター・オトゥール主演の「パワープレイ」(1978年)がある。架空の国のクーデターを描く作品だ。映画サイトの評価を見ると、この映画の映画としての凄味が理解できていない人が多いようだ。

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