映画評「アイミタガイ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2024年日本映画 監督・草野翔吾
ネタバレあり

後味の良いヒューマンな映画は少なからずあるけれど、ヒューマンであっても味の良い映画はそれほど多くはない。この映画を観てそんな言葉遊びのようなことを考えていた。勿論本作は味の良い映画のほうである。

中條ていという女性作家の連作短編集を映像に移したのは草野翔吾だが、この監督者を観るのは初めてだ。同じ風景の反復など小津安二郎風とも言えるオーソドックスな実にきちんとした固定カメラでお話を綴っている。
 そのベースとなる脚本にはご本人と市井昌秀に加え、驚いたことに2020年に亡くなった佐々部清の名前がある。この映画のムードは正に佐々部調という感じである。

若い女性カメラマン郷田叶海(藤間爽子)がニューギニアで事故死する。
 中学時代からの親友でウェディングプランナーを仕事とする秋村梓(黒木華)はその衝撃から立ち直れず、未だに契約の切れていない彼女のスマホにラインを送り続けている。それを眺めるのが、同じように立ち直れない母親朋子(西田尚美)である。
 梓はステディな恋人小山澄人(中村蒼)がいるが、両親の離婚の影響で結婚に踏み切れない。ある時高齢であることが条件の披露宴ピアニストが急病で代打を探す必要が出、家事代行を仕事とする叔母(安藤玉恵)がお得意となり始めた93歳の老婦人こみち(草笛光子)を説得することに成功する。
 他方、郷田家では娘が孤児院と盛んに接触していことが判明し、娘が贔屓にしていたお菓子屋の菓子をもって孤児院を訪れる。
 その頃こみちは見事に任務をこなす。
 父方の祖母(風吹ジュン)宅での活躍を見、通勤電車の出来事を知り、澄人の素晴らしさに気付いた梓は結婚する気持ちに傾く。それには叶海の母親のバックアップもある。

タイトル通り相身互い(≒持ちつ持たれつ)の人情にぐっと来る内容。
 その感動性を人々の奇縁により増幅する仕掛けで、奇縁に関しては終盤矢継ぎ早に出して来るところはやり過ぎという印象もあるが、ここまで上手く作ってくれれば静かにしていましょう。

編集的に一番素晴らしいのは、郷田家両親が娘の写真が飾ってある孤児院のトイレに入っていく瞬間にマッチカット的にこみちが披露宴会場に出るところに切り替え、やがて彼女の弾くピアノ(「オーラ・リー」=「ラブ・ミー・テンダー」の原曲)に乗って二人が写真を見続けるところだ。
 また、中学時代に叶海が梓をピアノの聞こえる家(実はこみちの家)に引っ張っていく序盤の場面のリプライズが、今は亡き叶海が梓を澄人の待つ公園に引っ張っていく(かのように見せる)ショットと結び付けられるところにもぐっと来る。

梓にとって叶海は大恩人だが、結果的に梓の存在をもって彼女の両親とりわけ母親は立ち直ることができる。正に相身互いと言うべし。
 梓は主役兼狂言回しで、叶海は(生前の)出番こそ少ないものの作品のエンジンだ。

単に良い人しか出て来なければ味が良くなるなどということがある筈もなく、本作においては、人物同士の距離感のそこはかとない変化やショットの繋ぎの素晴らしい呼吸などが相まって味が良くなっているのである。

黒木華と中村蒼の見た目の年齢差が物語の理解を阻害する旨のコメントを読んだが、実際には僅か1歳差。黒木華が老けて見えるのか、中村が若く見えるのか。それが問題だ。

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