映画評「ハリーとトント」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1974年アメリカ映画 監督ポール・マザースキー
ネタバレあり

二か月ほど前に「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」というロード・ムービーを見て本作を思い出した。今日本作を観るのはかの映画が一因でもある。
 およそ半世紀前十代の時に映画館で見た後、25年位前に衛星放送で再鑑賞した。それ以来3度目の鑑賞となるポール・マザースキー監督の傑作ロード・ムービーである。
 近年の映画は洋も邦も大したことがないので、フィルム時代の映画の味の良さに参ってしまう。恐らく現在の僕と同じくらいの60代72歳(演ずるアート・カーニーは55~56歳)の老人が主人公だから、老境にある現在観ると、以前以上にぐっと来るものがあるデス。

ニューヨークの老人カーニーが区画整理でアパートから追い出され、同じニューヨークに住む長男一家の厄介になったのを手始めに、愛猫トントのせいでバスから中古車での移動となり、拾ったミドルティーンの家出娘と共に、本屋を営む娘エレン・バースティンのいるシカゴを目指す。そこで無言の行をしていた孫(長男の次男)と会って家出娘と共にコロニーへ連れて行き、二人とお別れすると、さらに不動産関係の仕事をしている次男の住むロスアンゼルスへ行く。次男は実は金欠で父親に頼ろうとするが、老人は後々のことを考えて息子を突き放して、自分の住処を探す。

滋味あふれる秀作になった所以は色々あるが、老人が同じように高齢のトラ猫トントを連れていることが第一である。
 この猫によって老人は迷惑を被ることもあるが、出会う人々の大半は老人同様に猫に優しく接し、老人も出会う人々、老若男女人種民族職業を問わず、素直な態度で接する。
 かかる当たり前の交流をスケッチ風に捉えている。この積み重ねが、一つ一つは大きな感動を呼び起こす程のものではなくても、積み重ねによって良い味を生み出すのである。感動を直球的に狙うような作りでは味は出て来ない。味は淡淡としたタッチにこそ内包される。

猫は動的な意味では大きな活躍はしないが、高齢者同士の交流として、最後にお別れをする場面を以ってじーんとさせられることになる。妻を亡くした後の老人の精神的な支えになり、彼を前進させる原動力であった筈なのである。僕はかつてこのブログで猫が活躍する映画2位に入れたが、動的な活躍だけが活躍ではない。話を動かすモーメントになれば良いのである。
 こういう風に作れば、無理に多様性を訴えなくても寧ろより幅広い人々にアピールするのではないだろうか。いずれにしても、SNSに翻弄されて思想が極端になる今よりは良い時代だったと思う。

「ハロルド・フライ」が思い出させたのは、老人が妻に出会う前に結婚しても良いと思った女性を老人ホームに訪れる場面である。相手は彼の名前は一向に思い出せないくせに、彼の亡妻の名前はきちんと憶えている。この場面を大袈裟に扱わないところはかの作品以上である。
 終盤の留置場で老インディアン(チーフ・ダン・ジョージ)との接触するシークエンスも非常に良い。さりげなさが味なのだ。

演技陣に冷淡な僕も、本作のアート・カーニーを絶賛しないではいられない。アカデミー主演男優者受賞もむべなるかなの好演。

犬が活躍する映画は多すぎて、銓衡(選考)する気にもなれませんでしたなあ。時間が許せばやろうと思っていた宇宙人侵略ものも昔は限られていたから面白い分野だったけれど、考えるうちにVFX時代故に急激に増産され、面倒くさくなってしまった。

この記事へのコメント

vivajiji
2025年05月28日 16:27
http://blog.livedoor.jp/vivajiji/archives/51875678.html

懐かしさに、書いた当人が涙ぐんだ(嘘)拙記事
持参いたしました。

猫が活躍する映画特集に集った皆様のコメント群、
これまた改めて懐かしく読ませていただきました。

「ハリーとトント」
いい映画でしたね。
アメリカはものすごく下らない映画も
作るけれど、こういう渋めのキラ星的
作品も持ってくるから嬉しい。

>近年の映画は洋も邦も大したことがないので
悲しいかなその実感、しかと伝わっておりますとも。
しかし、プロフェッサーのその継続パワーには
毎度、三等外野席はこうべを垂れまくりです。

数年前に観た「ボブという名の猫」も良き作品でした。
モカ
2025年05月28日 16:42
こんにちは。

もう50年も前の映画になってしまいましたか… 良かったという印象だけは残っていますが残念ながら内容は忘却の彼方です。
この頃ロードムービーが大流行りでしたが動物連れは他に何かありましたかね?

「ボブという名の猫」私も好きです。
今アマプラでクラピッシュの「猫が行方不明」が観られますよ。
こちらは猫が行方不明なので殆ど登場しませんが猫を預かるマダムルネが最高です!
かずき
2025年05月28日 20:00
オカピーさん、こんにちは。
これは素晴らしいロードムービーでした。
タイトル通り、猫のトントも主役でしたね。

個人的に猫映画なら本作が、犬映画なら「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」が真っ先に思い浮かびます。
アニメなら「魔女の宅急便」「耳をすませば」、擬人化もアリなら「長靴をはいた猫」「銀河鉄道の夜」なんかも思い浮かびました。

最近観た「化け猫あんずちゃん」というアニメ映画も面白かったです。
(実写の山下敦弘とアニメの久野遥子が共同監督)
WOWOWやプライムビデオに来るのはまだ先でしょうが、来た時にはぜひ御覧ください。
オカピー
2025年05月29日 12:35
vivajijiさん、こんにちは。

>懐かしさに、書いた当人が涙ぐんだ(嘘)拙記事持参いたしました。

内容にも懐かしさにも涙が出てきます。

>猫が活躍する映画特集に集った皆様のコメント群、

勿論vivajijiさんや十瑠さんのように今でもご訪問下さる方もいらっしゃいますが、諸事情でお見えにならなくなった方の名を見ると、今どうしていらっしゃるか気になります。懐かしさにじーんとしてしまいます。

>いい映画でしたね。
>アメリカはものすごく下らない映画も作るけれど、こういう渋めのキラ星的作品も持ってくるから嬉しい。

それはずっとそうですね。
ただ、今のアメリカ映画はVFX頼りのジャンル映画か、実話頼りのドラマ系ばかりで、本当に惨状です。
トランプがかの政策を実行しても、昔のアメリカ映画が帰ってくる筈もない。

>プロフェッサーのその継続パワーには毎度、三等外野席はこうべを垂れまくりです。

根性があるのは自他とも認めるところですが、それ以上に馬鹿なんでしょうね(笑)

>数年前に観た「ボブという名の猫」も良き作品でした。

本作ほどの評価はしませんでしたが、僕も買いました!
オカピー
2025年05月29日 12:43
モカさん、こんにちは。

>残念ながら内容は忘却の彼方です。

エピソードのスケッチ集のような映画ですから、内容は忘れがちですね。
僕は、映画館で観た時、中古屋とは言え、余りに簡単に車が帰る事実にビックリしたのをよく憶えています。

>この頃ロードムービーが大流行りでしたが動物連れは他に何かありましたかね?

ないような気がしますなあ。

>今アマプラでクラピッシュの「猫が行方不明」が観られますよ。
>こちらは猫が行方不明なので殆ど登場しませんが猫を預かるマダムルネが最高です!

保存版で持っています(一応リストに載っているけれど、たまに実物をはっけんでいなことあり^^;)ので、それで再鑑賞してみます。

登場しないキャラクターが物語を引っ張るという図式の物語はたまにあり、そういうのを【~選】に入れるのもありですね。
オカピー
2025年05月29日 18:18
かずきさん、こんにちは。

>猫のトントも主役でしたね。

受動的ですが、ドラマ展開の動力となっていました。

>犬映画なら「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」が真っ先に思い浮かびます。

あの映画のおける犬も似た位置でしょうかね。

>アニメなら「魔女の宅急便」「耳をすませば」、擬人化もアリなら「長靴をはいた猫」「銀河鉄道の夜」なんかも思い浮かびました。

15選には「魔女の宅急便」を入れました。
擬人化的とは少し違うものの猫バスの出て来る「となりのトトロ」も入れましたが、今思えば「耳をすませば」がベターでしたね。

>最近観た「化け猫あんずちゃん」というアニメ映画も面白かったです。
>(実写の山下敦弘とアニメの久野遥子が共同監督)

山下監督が関わっているなら見ないといけないですが、うっかり見落とさないように気を付けないといけないですね。
mirage
2025年05月29日 21:23
こんばんは、オカピーさん。

この映画「ハリーとトント」は、人間の孤独と自由という、人生の深淵を客観視して描いた秀作だと思います。

この映画は、アメリカ映画が得意とする、ある人間の旅を描いた物語ですが、これはアメリカン・ニューシネマのような若者の旅ではなく、72歳の老人の物語です。

長年住み慣れたニューヨークのマンハッタンのアパートのビルの取り壊しにより、市から立ち退きを強いられた主人公の元教師のハリー(アート・カーニー)は、ニューヨークの郊外に住む長男の家に居候するのがいたたまれなくなり、愛猫のトントを連れて、長女のシャーリー(エレン・バースティン)の住むシカゴへ、更に次男のいる西海岸のロスへと旅をして行きます。

このように、妻に先立たれた一人の老人が、既に自立した二人の息子と一人の娘の家に立ち寄りながらも、孤独だが自由な生き方を選んで、愛猫トントと共にニューヨークからロスまでの大陸横断の旅を続けて行く物語ですが、このドラマの底に流れているものは厳しいものがあります。

しかし、ポール・マザースキー監督は、この映画の製作意図を、当時の社会的な世相をもとに、「この映画は、悲観的な社会に関する楽観的な意見とでも言うべきものだ。世の中は確かに悪くなっている。だがユーモアや笑いの要素を除いて僕の作品は成立しない」と語っていて、精神も肉体も若いハリーという老人と、彼が触れ合う人々を優しく温かい眼差しで見つめ、しみじみとしたタッチで描いていると思います。

若いヒッピーの女の子、ボケてしまった昔の恋人、魅力的な若い娼婦、留置場で一緒になった老インディアンといった人々との出会い、そしてシネマ・モビルという画期的な方式で即物的に撮影した、アメリカの田舎の風物のあれこれが、このハリーという精神的に若く、しかも毅然とした老人の目を通して、そして猫への語りかけという斬新な手法で、コミカルに明るくスケッチ風に描いていて、ポール・マザースキー監督の演出テクニックの冴えに酔いしれてしまいます。

本来この映画の持つ、ある意味,深刻な老人問題は、ハリウッドのエンターテインメント映画としては、この映画が描くような喜劇調でしか映画化し得ないのかも知れません。

しかし、この映画は喜劇調と言っても、"人間の孤独と自由という人生の深淵"を、客観視した鋭さを秘めていると思います。

この映画の公開当時、日本の小津安二郎監督の、いわゆる"心境映画"との共通性を指摘されたそうですが、しかし、小津映画の"諦観"とは違って、老齢にもかかわらず、精神は青年の持つ若々しい生命力を失わない、小市民の突き抜けた明るさを、この映画は持っていると強く感じます。

そして、ポール・マザースキー監督が、「この映画には別に深い意味はないが、もし何かが描かれているとすれば、それはあらゆる年齢層の人々に受け入れられる人生の姿というものを描きたかった」と語っている裏には、老人問題についての鋭い社会批判を秘めているように思います。

この映画で主人公のハリーを演じたアート・カーニーは、この映画の撮影時、57歳とこの役よりずっと若かった訳ですが、孤独だが生き生きとヴァイタリティに溢れた老人を淡々と演じていて、実に見事でした。

彼は舞台やTVショーに出演した事があり、この映画の前にも端役で映画に出演したりしていましたが、初めての主演でいきなり1974年度の第47回アカデミー賞の最優秀主演男優賞の受賞という快挙を成し遂げたのです。
併せて、同年のゴールデン・グローブ賞の最優秀主演男優賞(コメディ/ミュージカル部門)も受賞しています。

因みに、この第47回アカデミー賞の主演男優賞の候補の顔ぶれがとにかく凄くて、「チャイナタウン」のジャック・ニコルソン、「ゴッドファーザーPARTⅡ」のアル・パチーノ、「レニー・ブルース」のダスティン・ホフマン、「オリエント急行殺人事件」のアルバート・フィニーという錚々たる演技派俳優を抑えて、最優秀主演男優賞を受賞したのですから、いかに、この「ハリーとトント」でのアート・カーニーの演技が素晴らしく、絶賛されていたのかがわかります。
オカピー
2025年05月30日 09:10
mirageさん、こんにちは。

>「チャイナタウン」のジャック・ニコルソン
>「ゴッドファーザーPARTⅡ」のアル・パチーノ
>「レニー・ブルース」のダスティン・ホフマン
>「オリエント急行殺人事件」のアルバート・フィニーという錚々たる演技派俳優を抑えて

凄い顔ぶれ、ニューシネマ時代の大スター揃い!
アート・カーニーのような渋い役者、渋い役が主演賞を獲ったことは画期的なことでしたね。
モカ
2025年05月30日 17:29
こんにちは。

90年ほど前の猫が出てくる映画です。

ジャンヴィゴの「アタラント号」に可愛い猫がいっぱい出てました。
猫好きのミシェルシモンが船着場で子猫をヒョイと肩にのせるんですが、猫が川に落ちそうで落ちなくてしがみついている様子が可愛いのですよ。
 ミシェルシモンは映画史上最初に猫を肩に乗せたおっさんではないかと思います。その後新婚さんのベッドの上で子猫を産んだりして観ているだけで幸せな気持ちになる何回観ても見飽きない大好きな映画です。

伊丹万作 「赤西蠣太」
最近、京都文化博物館のシアターで観ましたが、Youtubeにも上がっていました。
志賀直哉の原作ですが志賀直哉って読んだことがないので筋は正直よく分かりませんでしたが、映像や音楽の感覚がとってもモダンでさすが十三の父君だと感心しました。原作には猫は出てこないらしいのでやはり猫好きさん家系のようですね。

オカピー
2025年05月31日 09:24
モカさん、こんにちは。

>ジャンヴィゴの「アタラント号」に可愛い猫がいっぱい出てました。

ちょうど1年くらい前に再鑑賞したばかりと言うのに、猫は忘れていましたねえ。
言われてみますと、ミシェル・シモンが猫を肩に乗せている場面があったような気がしますが。あははは。

>伊丹万作 「赤西蠣太」

1990年代に観ています。時代劇とはいえ、志賀直哉をこう映画化するか、と才気を大いに感じる作品で気に入りましたよ。
細かいところはノートを引っ張り出してこないと分からず、そのノート自体がどこに埋もれているのか分からないので、今回は諦めます。
猫が出てきましたか。余り見過ぎて、忘れたことが多いです^^;