映画評「徒花 -ADABANA-」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・甲斐さやか
ネタバレあり

赤い雪 Red Snow」という、 難解そうで実はそうでもない映画を買った(高く評価した)。買ったものの、頭脳明晰な一部観客の理解力に頼りがちな展開ぶりに☆☆☆に留めざるを得ず、残念な思いをしたものだ。
 僕が花開く可能性を大いに感じている甲斐さやか監督の「赤い雪」に続く長編第2作である。

ウィルス性病因により人類の出生率が著しく低減した近未来の世界では、下層階級以外の全ての個人にクローン人間が作られている。主人公・新次(井浦新)は脳病を患い、いずれ自分のクローン “それ”(井浦二役)の脳を使うことで生き延びることが運命付けられている。

この映画でも説明されるように、脳は他の臓器と違って交換して終わりというわけには行かない。元気でいた時の記憶を貯め込んで投入するといった準備が必要である。つまり、 “それ”には環境によってご本尊と違う精神性や能力を持っている可能性が高い。
 新次は、手術までの面倒を見るカウンセラーのまほろ(水原希子)のアドヴァイスに心動かされず、叔父である院長(永瀬正敏)の承諾を得て、 “それ”と会ってみるうち、彼が母親(斉藤由貴)の教育によって自分を失ったものを持っていると信じ、彼を死なしめるのを嫌がり、恐らくそのまま亡くなる。

前作同様哲学的である。
 テクノロジーが人間から人間性を失わしめるのではないかという命題を打ち出していると理解できる一方、この女性監督が真に関心を寄せているのは 【記憶】であると思う。だから主人公は脳を患うという設定なのである。前作では記憶の曖昧さが俎上に載せられていた。
 本作では主題とは言えず、エレメントであるはずの【記憶】のほうが強く僕の印象に残る。主人公は随時記憶を辿り、記憶に基づく悪夢を見るし、まほろは自分の若年性認知症を疑うと同時に、病院(医学)が入れ替えなどの対策の為に記憶を抜き取る実験をしているのではないかと怪しむ。

三浦透子が出て来る悪夢の意味が一回の鑑賞では把握しかねる。観客の頭脳を信頼してくれるのは有難いが、もう少し説明しても良いだろう。

この間保険会社のお姉ちゃんに「アイランド」の(映画論上の)ありえなさを説明したばかり。本作にも垣間見えるクローンのアイデンティティという観点は良いものの、あの展開では人の心が通っているとは言えず、ダメ。本作とは似て非なるものだ。と言うより、本作は「アイランド」の純文学的改善版という感じがする。

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