映画評「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年アメリカ=フランス=イギリス=ドイツ=スウェーデン合作映画 監督ウェス・アンダースン
ネタバレあり

ウェス・アンダースンが才人であることを認めつつ、実写映画では余りピンと来ないと言ってきたが、本作はかなり面白い。☆☆☆☆にしようかと思ったくらいである。
 彼の何が変わったというわけではなく、異様な情報量の多さにこちらが参ったという感じでござる。メジャー映画が洋画も邦画もつまらないので、こういうお遊び気分のアート映画が相対的に面白いと感じてしまうのかもしれない。

米国新聞社のフランス支店の編集長ビル・マーレイは変わり者で、どんなに能力や性格に問題がある者でも決して首にしない。そんな編集長が亡くなり、その遺言で人気を博していた雑誌が廃刊することになる。かくして追悼号に載る奇妙なお話三つが、入れ子形式で紹介されていく。

第一話。美術学校出の凶悪犯ベニチオ・デル・トロの画才に服役中の美術商エイドリアン・ブロディが気付き、出所後色々やった結果天才抽象画家としてその名前を天下に轟かすことになる。
 冒頭絵を描いていたデル・トロが囚人で、モデルになっているレア・セドゥが女看守と判るところが抜群に面白い。

第二話は、フランスの学生運動リーダー、ティモシー・シャラメと同志の美女リナ・クードリの奇妙な関係。
 お話としての肝は把握しかねるものの、シャラメ扮する学生の名前がゼフィレッリでリナが扮する女学生の名前がジュリエットであるのに大笑い(フランコ・ゼフィレッリは1968年の「ロミオとジュリエット」を映画化した監督)。ジャン・ヴィゴ監督「新学期 操行ゼロ」の気分があるか?

第三話は、警察署署長マチュー・アマルリックの息子が敵対する犯罪グループに誘拐され、署長以下が料理を使って少年を奪還する、という話。
 と書いても何が面白いか解らないだろうが、プロローグの様式的な画面の扱いに続いて、この編の面白味はジャック・タチ風の味にあるという気がする。いずれにしても、かつてのフレンチ・コメディーの洒脱なタッチが再現されていると言って良いのではないか。

随時モノクロとカラーで進行するが、モノクロだったのが、誘拐された少年が監視の女性シアーシャ・ローナンの眼の色を知りたいと望んだことに応えて彼女が覗き込んだ瞬間にカラーになり、彼女の青い目を印象付けるところが秀逸。モノクロとカラーの切り替えが最も効果を発揮した場面と言うべし。
 また、切り替えの発想自体は「男と女」(1966年)へのオマージュであろう。

画面は一見4:3であるが、考え方次第では16:9の画面に4:3の画面を置いたという感じで、時にサイズの違う二つの画面を並べたりもする。
 かく画面ばかりを見ているとお話に付いていけなくなることもままあり、第二話・第三話のお話の肝がよく解らないのはそれが原因かもしれない。僕のように並みのCPUしか持っていない人は、一回の鑑賞では情報処理が追い付かない。

コメディーを作る時のフランソワ・トリュフォーを思い出したりもする。ある映画サイトでは、本人がトリュフォーに影響された旨を語っている。今回いつもより気に入ったのは、わがご贔屓トリュフォーに一番近かったからだろう。

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