映画評「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」
☆☆★(5点/10点満点中)
2023年アメリカ=イギリス=イタリア合作映画 監督ケネス・ブラナー
ネタバレあり
ケネス・ブラナー監督・主演によるエルキュール・ポワロもの第3弾。
このシリーズで気になるのは、英国流の就業機会均等に基づく配役の問題で、そこから話に疑問が湧いたり、実際に歴史改竄をやってしまったりする問題が派生し、観客は演劇と違って画面内のことを現実そのものと見るという映画論の立場から批判し続けざるを得ない。
トランプのDEI停止強要は大問題ではあるものの、このスクリーン内に関して効力が及ぶのであれば実際的である。
スタッフが全員白人以外でも僕は何とも思わないが、キャストに関してはそうは行かぬ。その昔マイケル・ジャクスンやダイアナ・ロスが出た「ウィズ」のように「オズの魔法使い」の物語を全て黒人キャストでやれば仕事のない黒人俳優にも恩恵があるだろうに、どうもそういう手法ではDEIの趣旨に適わぬようである。僕には、寧ろこのシリーズの如き配役こそおためごかしのような気がするのだが。
とにかく白人役に有色人種を起用するのは話の理解に関係するわけである。例えば、血族内で事件が起きるミステリーで、白人俳優が兄、黒人俳優が弟を演ずるとする。両親は共に初婚同士の白人である。これを見せられた時弟は養子か、あるいは、浮気の産物かなどと余分な考えを巡らすことになる。ミステリーならこの辺りは犯行動機などにかかわって来るので大問題だ。これが画面内のことは現実と見られることの意味である。
これが演劇ならば必ずしもそうならない。舞台上は異世界中の異世界だからである。
本作はアガサ・クリスティ晩年の作で、最後から二番目のポワロもの「ハロウィーン・パーティ」なるミステリーが土台になっているらしいが、他の作品の要素も投入したようである。
ヴェネツィアに隠居しているポワロ(ブラナー)が、クリスティ自身を限りなく投影した女流ミステリー作家アリアドニ・オリヴァ(ティナ・フェイ)に懇願され、ハロウィンパーティーで催される女性霊能者ジョイス・レイノルズ(ミシェル・ヨー)の降霊術の嘘を見破る作戦に付き合わさされる。娘アリシアを失くした元オペラ歌手ロウィーナ・ドレイク(ケリー・ライリー)が娘の霊を呼び出すというのだが、早々に助手二人が後ろで細工をしていることを突き止める。
しかるに、この霊能者がその後殺されてしまう。ここでポワロは事件を解決するどころか、霊体絡みの幻想を見始める。さらにその後も事件は続く。
今回は、フル・ネームから言って欧州白人と思われるレイノルズ夫人をアジア系のミシェル・ヨーが演じている。助手の二人は姉弟で、姉は明らかな白人女性エマ・レアード、弟はインド・パキスタン系と思われるアリ・カーンで、どう見ても姉弟に見えない。お話の理解には何ら支障を生じないから良いものの、わざわざアリ・カーンの眼について姉と同じ緑色だと言わせている。この組み合わせなら全員インド・パキスタン系にしたほうが自然ではあるが、DEI的には理想ではないのでしょうな。
ミシェル・ヨーは売れっ子だから、DEIとは関係ないキャスティングなのかもしれない。それなら、前2作よりぐっと自由な設定で作られた作品のようであるので、名前をヤン夫人にでも変えたほうが自然だった。
気を取り直しましょう。
ポワロものとして気に入らないのは、ヴェネツィアにロケしながら、屋敷内ばかりであること。僕は、ポワロものの人気の所以の一つは観光映画的要素であり、これが相当重要と考えるので、ポワロを使ってクローズド・サークルもの的に作ったのは大いに疑問である。設計のミスと思う。ミスと言えば、ミス・マープルが主役だったなら結構見られるタイプのお話のような気がする。
この作品のポワロも昨日の金田一耕助と同じように、殺人を止める機能を果たしていないと責められるところがある。偶然にも連続しました。
2023年アメリカ=イギリス=イタリア合作映画 監督ケネス・ブラナー
ネタバレあり
ケネス・ブラナー監督・主演によるエルキュール・ポワロもの第3弾。
このシリーズで気になるのは、英国流の就業機会均等に基づく配役の問題で、そこから話に疑問が湧いたり、実際に歴史改竄をやってしまったりする問題が派生し、観客は演劇と違って画面内のことを現実そのものと見るという映画論の立場から批判し続けざるを得ない。
トランプのDEI停止強要は大問題ではあるものの、このスクリーン内に関して効力が及ぶのであれば実際的である。
スタッフが全員白人以外でも僕は何とも思わないが、キャストに関してはそうは行かぬ。その昔マイケル・ジャクスンやダイアナ・ロスが出た「ウィズ」のように「オズの魔法使い」の物語を全て黒人キャストでやれば仕事のない黒人俳優にも恩恵があるだろうに、どうもそういう手法ではDEIの趣旨に適わぬようである。僕には、寧ろこのシリーズの如き配役こそおためごかしのような気がするのだが。
とにかく白人役に有色人種を起用するのは話の理解に関係するわけである。例えば、血族内で事件が起きるミステリーで、白人俳優が兄、黒人俳優が弟を演ずるとする。両親は共に初婚同士の白人である。これを見せられた時弟は養子か、あるいは、浮気の産物かなどと余分な考えを巡らすことになる。ミステリーならこの辺りは犯行動機などにかかわって来るので大問題だ。これが画面内のことは現実と見られることの意味である。
これが演劇ならば必ずしもそうならない。舞台上は異世界中の異世界だからである。
本作はアガサ・クリスティ晩年の作で、最後から二番目のポワロもの「ハロウィーン・パーティ」なるミステリーが土台になっているらしいが、他の作品の要素も投入したようである。
ヴェネツィアに隠居しているポワロ(ブラナー)が、クリスティ自身を限りなく投影した女流ミステリー作家アリアドニ・オリヴァ(ティナ・フェイ)に懇願され、ハロウィンパーティーで催される女性霊能者ジョイス・レイノルズ(ミシェル・ヨー)の降霊術の嘘を見破る作戦に付き合わさされる。娘アリシアを失くした元オペラ歌手ロウィーナ・ドレイク(ケリー・ライリー)が娘の霊を呼び出すというのだが、早々に助手二人が後ろで細工をしていることを突き止める。
しかるに、この霊能者がその後殺されてしまう。ここでポワロは事件を解決するどころか、霊体絡みの幻想を見始める。さらにその後も事件は続く。
今回は、フル・ネームから言って欧州白人と思われるレイノルズ夫人をアジア系のミシェル・ヨーが演じている。助手の二人は姉弟で、姉は明らかな白人女性エマ・レアード、弟はインド・パキスタン系と思われるアリ・カーンで、どう見ても姉弟に見えない。お話の理解には何ら支障を生じないから良いものの、わざわざアリ・カーンの眼について姉と同じ緑色だと言わせている。この組み合わせなら全員インド・パキスタン系にしたほうが自然ではあるが、DEI的には理想ではないのでしょうな。
ミシェル・ヨーは売れっ子だから、DEIとは関係ないキャスティングなのかもしれない。それなら、前2作よりぐっと自由な設定で作られた作品のようであるので、名前をヤン夫人にでも変えたほうが自然だった。
気を取り直しましょう。
ポワロものとして気に入らないのは、ヴェネツィアにロケしながら、屋敷内ばかりであること。僕は、ポワロものの人気の所以の一つは観光映画的要素であり、これが相当重要と考えるので、ポワロを使ってクローズド・サークルもの的に作ったのは大いに疑問である。設計のミスと思う。ミスと言えば、ミス・マープルが主役だったなら結構見られるタイプのお話のような気がする。
この作品のポワロも昨日の金田一耕助と同じように、殺人を止める機能を果たしていないと責められるところがある。偶然にも連続しました。
この記事へのコメント
>ミシェル・ヨー
正直無理やりねじ込んでいるかんじしました。
アジア系アフリカ系を起用するのなら、それが自然に見える物語をえらんだほうがいい、アガサ・クリスティー作品の映画化には合わないですよね。
「ハロウィン・パーティ」は、テレビドラマ「名探偵ポワロ」シリーズで、原作に忠実にドラマ化されていました。あのテレビドラマ「名探偵ポワロ」はどれもすばらしいですね。
>オカピ―さんがおっしゃっているように、ほぼあの館の中だけでドラマが展開することになり、息苦しい印象になりましたね。
この構図ではポワロではない方が良かったと思います。
>ミステリーとしては関係者が一カ所から出られないというのもひとつの趣向として有りかもしれませんが。
クリスティ・ファンにとっては、「そして誰もいなくなった」というクローズド・サークルものの傑作がありますので、却ってハードルが高くなってしまうかも。
>>ミシェル・ヨー
>正直無理やりねじ込んでいるかんじしました。
たまにはそうおっしゃってくれる方がいないと、肩身が狭いです^^
>アジア系アフリカ系を起用するのなら、それが自然に見える物語をえらんだほうがいい、アガサ・クリスティー作品の映画化には合わないですよね。
僕の趣旨は、まあ、そういうことですね。
>あのテレビドラマ「名探偵ポワロ」はどれもすばらしいですね。
プライムビデオで幾つも見られそうなので、映画が不振であることもあるので、十分観る価値ありですね!