映画評「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2016年チリ=アルゼンチン=フランス=スペイン=アメリカ合作映画 監督パブロ・ラライン
ネタバレあり
「イル・ポスティーノ」(1994年)で逃亡中の様子を取り上げられたチリの共産主義者の詩人パブロ・ネルーダの国内逃走劇をテーマにした幻想的作品である。
実に変わった作り方で、彼を追う刑事ペルショノー(ガエル・ガルシア・ベルナル)がナレーション(もしくは内面モノローグによる説明)を担当し、共産主義が非合法とされ逃走を図るネルーダ(ルイス・ニェッコ)らの放つ言葉を外側から茶化したりする。
この辺り色々と解釈できるのだが、この刑事は、映画作者側がネルーダもしくは共産主義者を追う権力の具現化として設計し、かくして実態があるかもどうかも解らない刑事ペルショノーと実態があるネルーダ両者の夢が感応し合うような形で逃走の様子を詩的にあるいは半ば幻想的に見せた作品、と僕は理解する。
ネルーダがかかる逃走劇を演じたことを事実であろうし、この数年後に逃亡を成功させて共産主義が復権するまでイタリアで過ごしていた史実を見せるのが冒頭の「イル・ポスティーノ」である。
そんな次第で、両者が接近して生まれるサスペンスをどこまで素直に楽しんで良いのかは解りかねるが、こうした変わったアングルで逃亡そのものを描いた狙いは大変興味深い。純文学映画であるが、楽しめる要素は多いと思う。
非合法と言えば、 先日亡父の墓参に訪れた姉が “共産党が今でも公安に監視されるのは仕方がない、 何となれば党首(共産党に党首はいないからトップという意味でしょうな)が殺人を犯した唯一の党だから“と実にテキトーなことを述べていたので、僕の見解を記す。治安維持法下の非合法時代、スパイの疑いのある当時の中央委員が宮本顕治ら同志に監禁されて致死した事件のことを指すと思うが、かの中央委員は特高(公安の先祖)のスパイとされ、彼を放置していたら共産党が瓦解したのは間違いないだろう。つまり、正当防衛である。殺人ではなく正当防衛による過失致死である。戦後共産党は合法的な政党になった。公安が戦前の事件を理由(内ゲバを理由にするのも何だか変だが)に合法化された共産党への偏見に基づく妄執を払拭できないのであれば、思想の連続性を考えるに、それは即ち公安は特高そのものであると言っているようなものだろう。鉄道公安官に取り調べを受けるという冤罪経験を持つ僕は、この手の発言は無視できない。現在の官憲は何もなければ優しい人たちだが、一度疑われたらひどい目に遭うと思っていた方が良い。党員独特の発言は苦手だが、現在の共産党には同情を覚える。
2016年チリ=アルゼンチン=フランス=スペイン=アメリカ合作映画 監督パブロ・ラライン
ネタバレあり
「イル・ポスティーノ」(1994年)で逃亡中の様子を取り上げられたチリの共産主義者の詩人パブロ・ネルーダの国内逃走劇をテーマにした幻想的作品である。
実に変わった作り方で、彼を追う刑事ペルショノー(ガエル・ガルシア・ベルナル)がナレーション(もしくは内面モノローグによる説明)を担当し、共産主義が非合法とされ逃走を図るネルーダ(ルイス・ニェッコ)らの放つ言葉を外側から茶化したりする。
この辺り色々と解釈できるのだが、この刑事は、映画作者側がネルーダもしくは共産主義者を追う権力の具現化として設計し、かくして実態があるかもどうかも解らない刑事ペルショノーと実態があるネルーダ両者の夢が感応し合うような形で逃走の様子を詩的にあるいは半ば幻想的に見せた作品、と僕は理解する。
ネルーダがかかる逃走劇を演じたことを事実であろうし、この数年後に逃亡を成功させて共産主義が復権するまでイタリアで過ごしていた史実を見せるのが冒頭の「イル・ポスティーノ」である。
そんな次第で、両者が接近して生まれるサスペンスをどこまで素直に楽しんで良いのかは解りかねるが、こうした変わったアングルで逃亡そのものを描いた狙いは大変興味深い。純文学映画であるが、楽しめる要素は多いと思う。
非合法と言えば、 先日亡父の墓参に訪れた姉が “共産党が今でも公安に監視されるのは仕方がない、 何となれば党首(共産党に党首はいないからトップという意味でしょうな)が殺人を犯した唯一の党だから“と実にテキトーなことを述べていたので、僕の見解を記す。治安維持法下の非合法時代、スパイの疑いのある当時の中央委員が宮本顕治ら同志に監禁されて致死した事件のことを指すと思うが、かの中央委員は特高(公安の先祖)のスパイとされ、彼を放置していたら共産党が瓦解したのは間違いないだろう。つまり、正当防衛である。殺人ではなく正当防衛による過失致死である。戦後共産党は合法的な政党になった。公安が戦前の事件を理由(内ゲバを理由にするのも何だか変だが)に合法化された共産党への偏見に基づく妄執を払拭できないのであれば、思想の連続性を考えるに、それは即ち公安は特高そのものであると言っているようなものだろう。鉄道公安官に取り調べを受けるという冤罪経験を持つ僕は、この手の発言は無視できない。現在の官憲は何もなければ優しい人たちだが、一度疑われたらひどい目に遭うと思っていた方が良い。党員独特の発言は苦手だが、現在の共産党には同情を覚える。
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