映画評「伯林-大都会交響楽」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1927年ドイツ映画 監督ヴァルター・ルットマン
ネタバレあり
【伯林】は、ベルリンの漢字表記。
サイレント時代のドキュメンタリーである。
サイレント時代のドキュメンタリーは映像詩的にならざるを得ないが、映像詩と言っても、ベルリンとそこに住む人々の生態を活写するこの作品は、通常の人が思い浮かべる環境音楽的なものではなく、邦題が示すように色々な楽器が交錯する、あたかも交響曲のような感じである。
カットは2秒以下くらいで凄まじいスピードで切り替わり、時にはオーヴァーラップを使って更に短く刻み、まことにめまぐるしく進行する。
アルフレッド・ヒッチコックの初期サスペンス映画の一部を見るようなシークエンスもあるし、あるいはルイス・ブニュエルの前衛映画もどきのドラマ的構成をしているところもある。
僕がそれを一番感じる次のシークエンスは、もはやドキュメンタリーとは言えない。以下の如し。
風に帽子を川まで飛ばされた婦人が橋まで走って下を覗き込む。見開いた目のアップ。次にジェットコースターのショット、再び目のアップ、川に何か(上の婦人と思って間違いない)が落ちる川からの水平ショット、くるくる回る渦巻模様、という流れである。セルゲイ・エイゼンシュテインのモンタージュ理論を実践するようなカット割りと言うべし。
つまり、ドキュメンタリーと言うより一種の実験映画なのである。
中学一年生の時に買った映画雑誌に次々と出てきた、巴里、紐育、維納(いずれも戦前から終戦直後の洋画邦題に使われていた)・・・読めなかったなあ。
1927年ドイツ映画 監督ヴァルター・ルットマン
ネタバレあり
【伯林】は、ベルリンの漢字表記。
サイレント時代のドキュメンタリーである。
サイレント時代のドキュメンタリーは映像詩的にならざるを得ないが、映像詩と言っても、ベルリンとそこに住む人々の生態を活写するこの作品は、通常の人が思い浮かべる環境音楽的なものではなく、邦題が示すように色々な楽器が交錯する、あたかも交響曲のような感じである。
カットは2秒以下くらいで凄まじいスピードで切り替わり、時にはオーヴァーラップを使って更に短く刻み、まことにめまぐるしく進行する。
アルフレッド・ヒッチコックの初期サスペンス映画の一部を見るようなシークエンスもあるし、あるいはルイス・ブニュエルの前衛映画もどきのドラマ的構成をしているところもある。
僕がそれを一番感じる次のシークエンスは、もはやドキュメンタリーとは言えない。以下の如し。
風に帽子を川まで飛ばされた婦人が橋まで走って下を覗き込む。見開いた目のアップ。次にジェットコースターのショット、再び目のアップ、川に何か(上の婦人と思って間違いない)が落ちる川からの水平ショット、くるくる回る渦巻模様、という流れである。セルゲイ・エイゼンシュテインのモンタージュ理論を実践するようなカット割りと言うべし。
つまり、ドキュメンタリーと言うより一種の実験映画なのである。
中学一年生の時に買った映画雑誌に次々と出てきた、巴里、紐育、維納(いずれも戦前から終戦直後の洋画邦題に使われていた)・・・読めなかったなあ。
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