映画評「菊豆」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1989年中国=日本合作映画 監督チャン・イーモウ
ネタバレあり
題名はヒロインの名前で、チュイトウと発音する。
本作がチャン・イーモウに初めて触れた作品と思う。多分本放送を始めたばかりのWOWOWで観た。
試験放送中の1990年12月から観始めたWOWOW(当時はまだJSBだった)が本放送を始めたのが1991年4月。本作が日本で劇場公開されたのが1990年4月で、大体WOWOWが10か月から1年後に新作を放映することを考えると、そのタイミングで出た可能性が高い。「紅夢」などを経て昨日取り上げたデビュー作「紅いコーリャン」は大分遅れて観たと記憶する。
お話の構図はその「紅いコーリャン」に極めて似ている。
この二つは別の作家が原作者であり、それは、かかる構図が特段珍しいものではなかったことを示している。戦前の中国どころか、下手したら戦後の日本にもあったかもしれない。もう数十年ほど遡れば西欧でもあった筈だ。
父親ほどの年齢の染物屋の旦那の三番目の妻として“買われた菊豆(コン・リー)が夫の虐待に辛抱するうち、仕事を手伝う老人の甥=養子・天青(リー・パオティエン)が自分に関心を持っているのに気付き、やがて関係を持ち、妊娠する。
嫡子を期待していた染物屋は喜ぶも、脳病で下半身不随になっていた夫君に対して、菊豆は真相を告げる。これに逆上した染物屋は天白と名付けた子供を殺そうとするが、幼児が自分の方を慕っていると思って可愛がるようになる。
が、老人は子供絡みで亡くなり、儒教的な因循姑息な考えに縛られる村では恋人同士は却って付き合えなくなる。十年余り後思春期に入った天白は、父親と知った後も天青を許せず、染物槽で殺してしまう。菊豆は反物に火を放ち、自ら燃えつきようとする。
映画言語や記号を楽しむ映画である。
前作は最初から最後まで赤が通奏低音だったが、本作は前半まで黄色が印象付けられ、終盤になってやはり赤が前面に出て来る感じである。設定を染物屋にした効果が大いに発揮されている。
記号と言えば、まず落下する反物。とりわけ、二人が初めて結ばれるところのカット割りが素晴らしい。行為を始めた結果たがが外れ、水車の回転と共に反物が落下するカットに移る。この呼吸の素晴らしさよ! 落下する反物はこの後何度も出て来る。
続いて穴。天青が菊豆を覗く為に板に穴を開け、逢瀬の場所を失った二人が求めるのは階段のある大きな穴。穴が因縁めく扱いとなっている。
そして、燃える反物。かつて夫が放った火を消した菊豆が最後に反物に火を放つ。
かくして因縁、因果応報という言葉を思い出させる映画である。天白がその因縁の車をめぐらせる感じがする。前作「紅いコーリャン」が神話・寓話であるとしたら、こちらは専ら因縁の寓話と言うべきではないかと思う。
菊は日本では皇室を思い出させる花であるが、元々(漢字が入って来た頃)は日本になかったのだろう。菊に訓読みがないのがその証左である。“きく”が訓読みではなく音読みと気付いたのは今世紀に入ってから。迂闊でした。
1989年中国=日本合作映画 監督チャン・イーモウ
ネタバレあり
題名はヒロインの名前で、チュイトウと発音する。
本作がチャン・イーモウに初めて触れた作品と思う。多分本放送を始めたばかりのWOWOWで観た。
試験放送中の1990年12月から観始めたWOWOW(当時はまだJSBだった)が本放送を始めたのが1991年4月。本作が日本で劇場公開されたのが1990年4月で、大体WOWOWが10か月から1年後に新作を放映することを考えると、そのタイミングで出た可能性が高い。「紅夢」などを経て昨日取り上げたデビュー作「紅いコーリャン」は大分遅れて観たと記憶する。
お話の構図はその「紅いコーリャン」に極めて似ている。
この二つは別の作家が原作者であり、それは、かかる構図が特段珍しいものではなかったことを示している。戦前の中国どころか、下手したら戦後の日本にもあったかもしれない。もう数十年ほど遡れば西欧でもあった筈だ。
父親ほどの年齢の染物屋の旦那の三番目の妻として“買われた菊豆(コン・リー)が夫の虐待に辛抱するうち、仕事を手伝う老人の甥=養子・天青(リー・パオティエン)が自分に関心を持っているのに気付き、やがて関係を持ち、妊娠する。
嫡子を期待していた染物屋は喜ぶも、脳病で下半身不随になっていた夫君に対して、菊豆は真相を告げる。これに逆上した染物屋は天白と名付けた子供を殺そうとするが、幼児が自分の方を慕っていると思って可愛がるようになる。
が、老人は子供絡みで亡くなり、儒教的な因循姑息な考えに縛られる村では恋人同士は却って付き合えなくなる。十年余り後思春期に入った天白は、父親と知った後も天青を許せず、染物槽で殺してしまう。菊豆は反物に火を放ち、自ら燃えつきようとする。
映画言語や記号を楽しむ映画である。
前作は最初から最後まで赤が通奏低音だったが、本作は前半まで黄色が印象付けられ、終盤になってやはり赤が前面に出て来る感じである。設定を染物屋にした効果が大いに発揮されている。
記号と言えば、まず落下する反物。とりわけ、二人が初めて結ばれるところのカット割りが素晴らしい。行為を始めた結果たがが外れ、水車の回転と共に反物が落下するカットに移る。この呼吸の素晴らしさよ! 落下する反物はこの後何度も出て来る。
続いて穴。天青が菊豆を覗く為に板に穴を開け、逢瀬の場所を失った二人が求めるのは階段のある大きな穴。穴が因縁めく扱いとなっている。
そして、燃える反物。かつて夫が放った火を消した菊豆が最後に反物に火を放つ。
かくして因縁、因果応報という言葉を思い出させる映画である。天白がその因縁の車をめぐらせる感じがする。前作「紅いコーリャン」が神話・寓話であるとしたら、こちらは専ら因縁の寓話と言うべきではないかと思う。
菊は日本では皇室を思い出させる花であるが、元々(漢字が入って来た頃)は日本になかったのだろう。菊に訓読みがないのがその証左である。“きく”が訓読みではなく音読みと気付いたのは今世紀に入ってから。迂闊でした。
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