映画評「100人の子供たちが列車を待っている」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1988年チリ=アメリカ合作映画 監督イグナシオ・アレグロ
ネタバレあり

ここ数年チリのピノチェト政権絡みの本を読んだり、映画を観る機会が多いが、これも間接的にはその類に入る。ピノチェト政権最晩年に作られたドキュメンタリーである。

キリスト教会の教育の一環で、映画教育の女性教師アリシア・ベガが教会に作られた教室に集まった子供たちに映画史と映画の仕組みを教えるという内容。このどちらも凄い。

映画史については単にエディスンやリュミエール兄弟の名前を出すだけでなく、その発想のきっかけとなったパラパラ漫画の類種類を自分で作らせたりする。僕が中学の時授業中に教科書を作ってパラパラ漫画を作っていたのを思い出した。
 映画の仕組みについてはかなり本格的で、カメラと被写体の距離に関するロングショット、ミディアムショット、クローズ(厳密にはクロース)アップといった観念と用語、ドリーを使った移動撮影、シーンとシークエンスの概念についても説明する。
 この子供たちは、恵まれた我が国の、少なくとも単に映画好きの自称映画ファンよりは余程映画の概念に詳しくなったのではないだろうか?

この女教師が子供たちに作らせようとした漫画が反体制デモであることを考えると、恐らくこの映画の作者イグナシオ・アグエロも教師も反ピノチェトの自由主義者であったろうが、政権最晩年ということもあって沙汰されることはなかったようだ。映画も上映禁止を免れたが、子供は観ることができなかったらしい。

題名に出て来る列車は、現在の上映方式の嚆矢となったリュミエール兄弟の映画に出て来る列車のこと。即ち、100人の子供たちが “映画” を待っているという意味である。

休み時間中に本などを読んでいる人間だったのでガリ勉と思われていたが、パラパラ漫画を書いたり、ポーの「黄金虫」中の発言が正しいかチェックするため英語の教科書1ページに書かれた aeiou の登場頻度を数えるなど、授業すら真面目に聞いていなかった。高校ではそれが通用しないことが知ったが。

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