映画評「折れた槍」
☆☆☆(6点/10点満点中)
1954年アメリカ映画 監督エドワード・ドミトリク
ネタバレあり
紛らわしくも一昨日の映画と題名が極めて似ていながらも内容はかなり違う西部劇。本作は「他人の家」という現代ドラマを西部開拓時代末期に無理に移して作り直した西部劇もどきというべきタイプである。「他人の家」は見たかどうか記憶が曖昧だが、本作は30年前くらいにBSで観ていて、今回が2回目。
19世紀末期。服役していた若者ロバート・ワグナーが3年ぶりに出所し、今は亡き父親スペンサー・トレイシーとかつて暮らし、住む者亡き今はすっかり荒れた屋敷を訪れる。そこから話は数年前に戻る。
トレイシーはインディアンの後妻ケティ・フラドを深く愛し、優秀で性格も良い彼女の息子ワグナーを信用しているが、リチャード・ウィドマーク以下前妻の息子三人はそれが面白くなく臥薪嘗胆、チャンスを狙っている。それが思わぬところから転がって来る。
上流の工場の流す毒で牧場の牛が相当数死んだことを面白く思わないトレイシーが息子やカウボーイたちに荒らされた事件が裁判になり、自分の意図に従わない長男以下に腹を立てたスペンサーが急死、ハーフの末息子ワグナーが責任を取る形で服役したのである。一時留置の後服役する前に彼を亡き者にしようと企図したウィドマークはインディアンの従者に銃殺される。
出所したワグナーは、差別意識から友人であるスペンサーを守ろうとしなかった判事の娘ジーン・ピーターズと一緒に父親の墓を訪れた後、新天地に向かう。
1954年製作だから映画会社がシネマスコープを生かそうと色々な素材を捜していた時代で、それ故の西部劇化ではないかと思う。しかし、西部劇的なアクションや、ワグナーが馬に乗って移動するショットで幾つか見栄えのするものがあるが、実際の効果としてシネマスコープにする価値があったかどうかは微妙である。
ワグナーは前年の「十二哩の暗礁の下に」ではギリシャ青年役であったし、エキゾチックもしくはエスニックなタイプで売られようとしていたのであろうが、特に良くも悪くない。スペンサーは全くタイプではない牧場主を演じていて不評ながら、性格演技という意味でその実力は十分発揮されている。ジョン・ウェインは牧場主はできても息子を鞭打つ役はできない。ウィドマークが適役でないという意見は悪役でスタートを切ったことを考えると全く的外れではあるものの、余りに類型的なつまらない役柄(役不足)であることは間違いない。
確執ドラマとして一通り形になっていると思うが、今となると、「折れた矢」同様当時の映画界のリベラル的方針は捨てたものではないという部分のほうが印象深い。配役の多様性はまだまだで、主たるインディアン役は白人かメキシコ人ばかりだが。
アメリカが、元首の気に入らない経済指標を出した当局責任者を首にするといった、独裁的なデタラメな国になり、その影響が他国に及び、世界は糸の切れた凧状態になりつつある。自分の国がすべてなどと各国が言ううちに戦争に発展するのは目に見えている。今はそこまで行っていないが。だから、外国人排斥は絶対してはいけない。現政権は人気はないが、昨日の参政党党首の誘導的な質問に対する石破首相の受け答えは良かった。デタラメな国に付和雷同するほど馬鹿げたことはない。崖っぷちの欧州は今の思想を堅持できれば、アメリカより成功するだろう。アメリカは次に民主党政権ができないと相対的に没落する。但し、中道が良い。余りに左派となると反動がより大きくなって危険だ。
1954年アメリカ映画 監督エドワード・ドミトリク
ネタバレあり
紛らわしくも一昨日の映画と題名が極めて似ていながらも内容はかなり違う西部劇。本作は「他人の家」という現代ドラマを西部開拓時代末期に無理に移して作り直した西部劇もどきというべきタイプである。「他人の家」は見たかどうか記憶が曖昧だが、本作は30年前くらいにBSで観ていて、今回が2回目。
19世紀末期。服役していた若者ロバート・ワグナーが3年ぶりに出所し、今は亡き父親スペンサー・トレイシーとかつて暮らし、住む者亡き今はすっかり荒れた屋敷を訪れる。そこから話は数年前に戻る。
トレイシーはインディアンの後妻ケティ・フラドを深く愛し、優秀で性格も良い彼女の息子ワグナーを信用しているが、リチャード・ウィドマーク以下前妻の息子三人はそれが面白くなく臥薪嘗胆、チャンスを狙っている。それが思わぬところから転がって来る。
上流の工場の流す毒で牧場の牛が相当数死んだことを面白く思わないトレイシーが息子やカウボーイたちに荒らされた事件が裁判になり、自分の意図に従わない長男以下に腹を立てたスペンサーが急死、ハーフの末息子ワグナーが責任を取る形で服役したのである。一時留置の後服役する前に彼を亡き者にしようと企図したウィドマークはインディアンの従者に銃殺される。
出所したワグナーは、差別意識から友人であるスペンサーを守ろうとしなかった判事の娘ジーン・ピーターズと一緒に父親の墓を訪れた後、新天地に向かう。
1954年製作だから映画会社がシネマスコープを生かそうと色々な素材を捜していた時代で、それ故の西部劇化ではないかと思う。しかし、西部劇的なアクションや、ワグナーが馬に乗って移動するショットで幾つか見栄えのするものがあるが、実際の効果としてシネマスコープにする価値があったかどうかは微妙である。
ワグナーは前年の「十二哩の暗礁の下に」ではギリシャ青年役であったし、エキゾチックもしくはエスニックなタイプで売られようとしていたのであろうが、特に良くも悪くない。スペンサーは全くタイプではない牧場主を演じていて不評ながら、性格演技という意味でその実力は十分発揮されている。ジョン・ウェインは牧場主はできても息子を鞭打つ役はできない。ウィドマークが適役でないという意見は悪役でスタートを切ったことを考えると全く的外れではあるものの、余りに類型的なつまらない役柄(役不足)であることは間違いない。
確執ドラマとして一通り形になっていると思うが、今となると、「折れた矢」同様当時の映画界のリベラル的方針は捨てたものではないという部分のほうが印象深い。配役の多様性はまだまだで、主たるインディアン役は白人かメキシコ人ばかりだが。
アメリカが、元首の気に入らない経済指標を出した当局責任者を首にするといった、独裁的なデタラメな国になり、その影響が他国に及び、世界は糸の切れた凧状態になりつつある。自分の国がすべてなどと各国が言ううちに戦争に発展するのは目に見えている。今はそこまで行っていないが。だから、外国人排斥は絶対してはいけない。現政権は人気はないが、昨日の参政党党首の誘導的な質問に対する石破首相の受け答えは良かった。デタラメな国に付和雷同するほど馬鹿げたことはない。崖っぷちの欧州は今の思想を堅持できれば、アメリカより成功するだろう。アメリカは次に民主党政権ができないと相対的に没落する。但し、中道が良い。余りに左派となると反動がより大きくなって危険だ。
この記事へのコメント
ヒュー・オブライエンと言えばブルース・リーの遺作「死亡遊戯」で悪の組織の大番頭役でした。
https://www.youtube.com/watch?v=9GvYB3bjNyE
>ヒュー・オブライエン
名前はよく知っていますが、必ずしも顔と名前が一致しないですね。
よく憶えておきましょう。
この作品では二番目に名前が出てくる配役。期待されていたけれど、あまりうまくいかなかった印象ですね。
ワグナー出演のテレビドラマ「探偵ハート&ハート」は時々見ました。
https://www.youtube.com/watch?v=GY2WvskzkJo&list=RDGY2WvskzkJo&start_radio=1
>ロバート・ワグナー
「ピンクの豹」という“ピンク・パンサー”シリーズ第1作にも出ていて、この辺りから役者としての方向性が少し変わったかもしれません。
我が家では映画よりTVの「プロ・スパイ」=「スパイのライセンス」シリーズでお馴染みでした。
そのせいか僕には、TV俳優というイメージが強いですが、実際には映画出演はかなり多い。
https://www.youtube.com/watch?v=eR8VsCP5sww
風格があります。
>リチャード・ウィドマーク
少年時代の僕のアイドルですね。
悪役時代を終えてから出演した「襲われた幌馬車」「太陽に向って走れ」で、元悪人の善人のような役が格好良かったですね。この頃が一番かな。
「刑事マディガン」は監督がドン・シーゲルだけになかなか良い映画でした。
「カリブの熱い夜」は凡作気味で余り憶えていませんねえ。フィル・コリンズの主題歌がヒットして名を遺しているという感じ。