映画評「猿の惑星/キングダム」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2024年アメリカ映画 監督ウェス・ボール
ネタバレあり
「猿の惑星」ブースト3部作を観終えてから8年が経つ。もう出て来ないかと思ったら、その300年後を舞台にまた新シリーズが始まるのだとか。その第1弾。
ウィルスでせいで人類の知性が衰え、類人猿(エイプ、ご存じのようにモンキーはただの猿)の知性が発達する。と言っても、実際には現在の人類には到底及ばず、主人公の若いチンパンジー・ノア(オーウェン・ティーグ)の暮らす村は新石器時代くらいであるし、人類の残した砦倉庫近くに王国を築き上げた悪役のボノボ・プロキシマス(ケヴィン・ヂュランド)でさえピストルに驚く。
この王の配下たちに追われたノアが、老オランウータン・ラカと知り合って旅をするうち、人間の妙齢美人メイ(フレイヤ・アーラン)と出会って迎え入れ、やがて彼女が明快に話せることを知り、驚く。観客にも曖昧だが、言葉(話す能力)を失った人類とそうでない人類がいるようである(但し、下の記述を参照のこと)。
やがて彼らはプロキシマスの軍勢に捕らえられる。この時ラカは奔流に飲み込まれ消えてしまう。
しかるに、メイの真の目的は同胞を探すことではなく、この砦倉庫にある物体を手に入れることにあることが判明する。ノアは人間に不信を覚えるわけだが、一応協力する。メイの思い切った行動による災害から命からがら逃れたノアたちイーグル族は、彼らが支配する鷹を使って、プロキシマスを倒し、故郷に戻る。
前シリーズから本作に至り、いよいよ「猿の惑星」第1作への繋がる気配が出て来る。ある物体の正体から、人類が失ったのは会話能力ではなく、通信手段であったと判るわけで、知性的に言葉が失った人類というのはいないのではないかという気がする。
ノアの立場では、メイと言おうか人類は完全に信ずることができない存在であるが、人類には人類の立場もあるわけで、善悪二元論で語るわけには行かない。昨日アップした「十一人の賊軍」から僕が感じ取った主題に通ずるものがあるわけで、さすがに現在の映画はその辺が大人である。
本作のように大量のVFXで作られたSF映画は一種のアニメと僕は考える。とは言え、画面が見どころであるのは否定できない事実であり、実写であろうとアニメであろうと関係ない。
2週間前に亡くなった兄がその数日前に僕に言った最後の言葉は“ (トランプを支持する) アメリカ人は馬鹿だ” である。実際、アメリカ人の反知性主義は恐ろしいところまで来ている。日本にもそれらしき人々が出てきたが、個人主義的な立場では、大衆的な既存のTVが結局一番正論を言っている。放送法は、政権に与しないことと改正すべきだ。政治的に偏向しないことをモットーとする現在の放送法では政権に悪用されてしまう。ものは言いようだから。トランプのように自身に都合の悪い数字を出した人間を首にするのと同じような事変が起こりうる。
2024年アメリカ映画 監督ウェス・ボール
ネタバレあり
「猿の惑星」ブースト3部作を観終えてから8年が経つ。もう出て来ないかと思ったら、その300年後を舞台にまた新シリーズが始まるのだとか。その第1弾。
ウィルスでせいで人類の知性が衰え、類人猿(エイプ、ご存じのようにモンキーはただの猿)の知性が発達する。と言っても、実際には現在の人類には到底及ばず、主人公の若いチンパンジー・ノア(オーウェン・ティーグ)の暮らす村は新石器時代くらいであるし、人類の残した砦倉庫近くに王国を築き上げた悪役のボノボ・プロキシマス(ケヴィン・ヂュランド)でさえピストルに驚く。
この王の配下たちに追われたノアが、老オランウータン・ラカと知り合って旅をするうち、人間の妙齢美人メイ(フレイヤ・アーラン)と出会って迎え入れ、やがて彼女が明快に話せることを知り、驚く。観客にも曖昧だが、言葉(話す能力)を失った人類とそうでない人類がいるようである(但し、下の記述を参照のこと)。
やがて彼らはプロキシマスの軍勢に捕らえられる。この時ラカは奔流に飲み込まれ消えてしまう。
しかるに、メイの真の目的は同胞を探すことではなく、この砦倉庫にある物体を手に入れることにあることが判明する。ノアは人間に不信を覚えるわけだが、一応協力する。メイの思い切った行動による災害から命からがら逃れたノアたちイーグル族は、彼らが支配する鷹を使って、プロキシマスを倒し、故郷に戻る。
前シリーズから本作に至り、いよいよ「猿の惑星」第1作への繋がる気配が出て来る。ある物体の正体から、人類が失ったのは会話能力ではなく、通信手段であったと判るわけで、知性的に言葉が失った人類というのはいないのではないかという気がする。
ノアの立場では、メイと言おうか人類は完全に信ずることができない存在であるが、人類には人類の立場もあるわけで、善悪二元論で語るわけには行かない。昨日アップした「十一人の賊軍」から僕が感じ取った主題に通ずるものがあるわけで、さすがに現在の映画はその辺が大人である。
本作のように大量のVFXで作られたSF映画は一種のアニメと僕は考える。とは言え、画面が見どころであるのは否定できない事実であり、実写であろうとアニメであろうと関係ない。
2週間前に亡くなった兄がその数日前に僕に言った最後の言葉は“ (トランプを支持する) アメリカ人は馬鹿だ” である。実際、アメリカ人の反知性主義は恐ろしいところまで来ている。日本にもそれらしき人々が出てきたが、個人主義的な立場では、大衆的な既存のTVが結局一番正論を言っている。放送法は、政権に与しないことと改正すべきだ。政治的に偏向しないことをモットーとする現在の放送法では政権に悪用されてしまう。ものは言いようだから。トランプのように自身に都合の悪い数字を出した人間を首にするのと同じような事変が起こりうる。
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