映画評「室井慎次 敗れざる者」

☆☆★(5点/10点満点中)
2024年日本映画 監督・本広克行
ネタバレあり

TVシリーズ「踊る大捜査線」は観たことがないが、映画版はスピンオフを含めて全部観て来た。はっきり言って映画としては良くて水準で、標準以下のものもある。今回も標準だが、脚本の君塚良一が自ら監督した「容疑者 室井慎次」よりは興味をもって見続けられる。演出を監督が本業の本広克行に任せたのは正解だった。

キャリアと現場との関係を緊密にする改革をしようとして挫折したキャリア室井(柳葉敏郎)が定年前に引退して、故郷の秋田県に帰る。選んだ場所はかなりの僻地で、犯罪被害者の子供タカ(齋藤潤)と加害者の子供リク(前山くうが・前山こうが)の里親となって1年を過ごそうとしている。
 そんな折近くに漂う臭いを知らされた彼が巡査に土地を掘らせると死体が出て来、レインボーブリッジ事件の犯人の一人ということが判明する。
 並行して、映画版シリーズで跋扈したカルト的カリスマのサイコパス日向真奈美(小泉今日子)が16年前に刑務所内で産んだ娘・杏(福本莉子)が彼らを訪れ、怪しい動きをする。最初は子供二人に嘘をつくが、やがて大学進学を目指す賢いタカがそれを見破る。
 他方、地元住民が彼が来てから色々と問題が起きたと出て行くように圧力をかける。そして、ある時彼の車庫が焼ける。

というところで終わる。実は二部作で、この続きは第2部「生き続ける者」でどうぞという寸法。
 確かにこの時短が沙汰される時代だけに3時間を超える映画を興行するのが難しいのは解る一方、二本に分けることでお金儲けという大人の事情も伺える。

それはともかく、サスペンスとして、最後の火事は杏か村人のどちらかが起こしたのであろうと、推測させたところで終わるわけである。これが余韻になり、一応次回作も見たいなあと思う観客が多いだろうと思わせる見せ方となっている。

旧作の場面がフッテージで頻繁に出て来るのがうるさいと仰る人もいるが、僕は熱心なファンでない故に却って気にならずに済んだ。特段のファンではないが一応観て来たという人から一番文句が出て来る可能性が高い。

エピソードとしてなかなか感銘的なのは、タカが野心満々の新米女性弁護士に誘導されて加害者に会う箇所で、彼女の思惑とは逆に、加害者が改心して有罪を認め、それが彼女の反省を引き出す。その時に里親・室井への表敬を暗示する言葉も結構ぐっと来るものがある。

村人の差別的な言動は、近年日本でも激しくなってきた移民排斥がある程度作者の念頭にあるもとの思う。

実は二大政党の対立はありつつも異論を認める寛容さも併せ持っていたアメリカが異常な状態に入っているのが対岸の火事ではなくなり、日本も異常事態に入っている。従来であれば退くしかない政治家などが開き直るうちに逆張り支持者が増えて復活してしまうのは異常事態だ。その背景にあるのはオールド・メディアへの不信であるが、その不信自体も今世紀に入って来てから全体主義右派勢力がSNSを活用して意図的に生み出したもので、僕は穏健なオールド・メディアが巡り巡って一番信用できると思っている。僕などは先がもう長くないから良いものの、若い人は大変で、自殺者などが増えて行く可能性を排除できない。

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