映画評「ブルータリスト」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2024年アメリカ映画 監督ブラディ・コーベット
ネタバレあり

実話であることに大した価値を感じない一方、本作の場合実話でないことが大いにマイナスになる印象がある。Allcinemaの最終投稿者の意見と少々関わるところで、余りに作られるユダヤ人ものであるからである。ホロコーストものと言っても良いのだろうが、本作の場合直接描写が一切ないので、こういう曖昧な言い方を採らせて戴く。

1947年。妻フェリシティ・ジョーンズと自分の姪ラフェイ・キャシディを収容所に置いたままユダヤ人建築家のエイドリアン・ブロディは渡米することを叶える。
 その間に紆余曲折の後、彼の建築に関する才能に感心した富豪ガイ・ピアースに頼まれ、コミュニティ施設を任せられることになる。資金の問題やら色々な事情が重なり最終的に礼拝堂だけになってしまうが、富豪の関係者の尽力でやがて妻と姪がやって来る。が、妻は栄養の問題で自力で歩けない体になってい、姪は喋らない。
 富豪と息子ジョー・アルウィンはしばしば不遜な態度を取り、建築家と離合集散を繰り返すが、結局出張先のイタリアでの出来事を知ったフェリシティのピアースへの言葉が原因で、彼らの関係は事実上絶える。1960年くらいのことである。
 時は流れて1980年、妻は既に故人となっているが、イタリアの建築ビエンナーレで彼は多大な功績により表彰される。

ホロコーストは死ななかった者にも大きな傷を残したというのが主題である。

ホロコーストが大悲劇であったことは間違いないし、映画の形で紹介される価値は依然あるとは思うが、実話を含めて作られ過ぎで、食傷気味である。食傷しても実話なら新ネタとして価値があるので許されるところがあるのだが。

それに加えて、かつての被害者が作った国イスラエルが今や国連にジェノサイドをしている言われる悪名高い国となってしまったことが印象を悪くする。
 被害者であったから加害者になっても良いなんて理屈はこの世になく、イスラエルは勿論、パレスチナ民への攻撃を止めろと言うことが則ち反ユダヤ主義であると主張するアメリカはもはや正気を失っていると言われても仕方がない。ノーベル平和賞を狙うなら、トランプはイスラエルの味方をするのを即座にやめるべきだ。僕はもう遅いと思っているが。

それが足を引っ張ていないとも言えないものの、それ自体はこの映画の評価と直接関係しない。
 僕が言いたいのは、ユダヤ資本が有り余る資金力をもってホロコーストを扱う映画を作り続けているという事実である。作品自体はなかなかがっちり作られているし、時には現在のアメリカへの皮肉すら感じる内容も含まれているが、今やアメリカの思潮を成す勢力となった少数民族ユダヤ人の作る映画にそれを言われても余り響くものはないと言わざるを得ないのだ。

堂々たる作品である一方、描写のバランスの悪いところが目立つ。ポール・アンカではなくニーナのイタリア語版「君はわが運命」の曲がかかる場面の処理や、幕切れの勿体ぶった扱いなど、全く感心できない。あれやこれやを削除するか詰めることで30分は短くできたであろう。
 逆に、建築に関するドキュメンタリーのナレーションと妻のナラタージュが追いかけコーラスのように交互に出て来る音楽的な感覚には陶酔させられるものあり。

エイドリアン・ブロディの出世作と言っても良い「戦場のピアニスト」には大分及ばず。イスラエル建国をテーマにした大作「栄光への脱出」(1960年)の再鑑賞は暫くやめておいた方が良さそうだ。

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