古典ときどき現代文学:読書録2025年冬号

 新年があけました。本年もよろしくお願い申し上げます。

 新しめの作品が本流になってから2,3年経ちます。新しめとは言っても新古典くらいに位置するものが多く、新刊レベルのものは殆どないのですが、百科事典レベルの作品ばかりであった当初とは隔世の感があると言って良いでしょう。

 近年、漢字圏以外の小説類は、「世界の小説大百科 死ぬまでに読むべき1001冊の本」なる書籍から選ぶことが多い。百科事典リストを作って読んできたので、他の人と違って20世紀より前のものはかなり読んでいましたね。ある人は欧米以外の作品が少ないと感想を述べていますが、20世紀以降台頭めまぐるしい南米などが殆ど無視されていた百科事典に比べると全然多いです。
 日本の純文学は取り合えず芥川賞ベース。順番通りに読んで来るうち2010年代が間近になっていますよ。勿論その他を読まないわけではありませんが。芥川賞は中編以下のものばかりなので、面白いつまらないを別にして、好都合なんですねえ。リストの都合上長いものばかりでは絵面が貧相になってしまいますから。

 こうした環境下で、ミステリーが相対的に増えてきました。「1001冊」にもミステリーがないわけではないですが、この分野では『週刊文春』選出の「東西ミステリー・ベスト100 1985年版/2012年版」(重複するので全部で250作くらいあるでしょうか)から選べば大体無難。好きな作家はこのリストに入っていなくても読むわけで、最近再評価しているアガサ・クリスティは少しずつ読み直しもしくは新規に読んでいます。

 大古典については中国の所謂【漢籍】も先が見えてきた感じで、1シーズンに一つ(その一つを読むのが結構時間がかかるのですが)くらいは読んでおけば2年くらいで終わる計算。日本のものでは文学史上最重要ではないけれど無視できないレベルのものが多少残っているので、気が向けばといった感じで当たっています。

 文学以外(あるいは僕が知らない作家たち)に関しては、常連のお薦め本を読みます。これが大当たりのことが多く、非常に助かっています。今回も入っていますよ。今年もよろしくお願い致します。今までROM(リード・オンリー・メンバー)だった方もご遠慮なくどうぞ。 

 前口上はこのくらいにしましょう。それでは、リストをご笑覧ください。


***** 記 *****


ラルフ・エリスン
「見えない人間」
★★★見えない人間というのは、一つは、アメリカにおける黒人のことである。南部の優秀な黒人少年が、白人と黒人の共同関係によって設立した大学に進学するが、瑕疵とも言えないような瑕疵で放校になる。黒人理事の推薦状(実は非推薦状)をもってNYへ行き、案の定大した仕事も得られず、不条理な勤務の後、偶然遭遇した黒人老婆の災難に声を上げたことから、やはり白人と黒人の指導者で成り立っている公民権運動団体のメンバーになるが、ここでも不条理の扱いを受け、彼は自ら存在感を消す能力を得てしまう。白人が自分たちを見ないのであれば、文字通り存在感を消してしまえということだ。70年以上前に書かれた小説だが、アメリカはここへ来て余り変わっていないことを露呈してしまった。


諏訪 哲史
「アサッテの人」
★★★★第137回(2007年上期)芥川賞受賞作。アサッテとは世の常道・常識から逸脱することなのだが、それに凝り固まると常道に陥ってしまうという矛盾。これに気付いて語り手の叔父は失踪してしまう。語り手は叔父の残した日記から、彼が発してきた奇妙な言葉について考えるのだ。吃音者だった叔父がある時突然それを克服した途端に却って生き辛さを感じてしまう。吃音が彼にとってアサッテだったということだろう。作品の中のメタフィクションという構成だが、 語り手 “私” が諏訪文士その人であれば、 本物のメタフィクションとなる。言語に関心の強い僕にはなかなか面白く読める作品だ。


川上 未映子
「乳と卵」
★★★第138回(2008年上期)芥川賞受賞作。東京に住む “わたし” が大阪からやって来る姉・巻子とその思春期の娘・緑子を迎えての騒動。巻子は豊胸手術をすることに躍起となってい、母と口を利かないことを決心している緑子は卵(らん)=卵子に関心がある。その結果生まれたのは子供は生まないという決意である。緑子は母親が見せる女性性に反発を覚えているわけだが、父親のいない母子家庭における母子の関係に作者の視線は下降する。秀逸なのは、最後に母子が卵ではなく玉子を擦り付けるという発想。僕ら野郎には解りにくい作品ではありましょう。


楊 逸
「時が滲む朝」
★★★★第139回(2008年上期)芥川賞受賞作。変な作品が続くと、時々芥川賞はオーソドックスな作品に賞を与える。中国出身の作者の本作はその典型で、極めて小説らしい中編である。天安門事件に末席的に絡みながら挫折し、日本人の幼馴染と結婚して日本住まいになった主人公の、本当の活動家になりえない心情を綴る。小難しいことは無視すべし。これは青春へのレクイエムを表現した作品と思う。


S・S・ヴァン・ダイン
「カナリア殺人事件」(再)
★★★高校時代に「ベンスン殺人事件」などと連続して読んだファイロ・ヴァンス・シリーズ第2作で、推理小説における衒学趣味にびっくりさせられたのを思い出す。文庫本を買って読んだはずなのに、エラリー・クイーンの「悲劇」シリーズなどと共に我が書棚からどこかに消えてしまった謎にもやもやする。1930年代までの本格ミステリーには神秘的な事物・事象を含む作品が多いが、この作品は全く無く極めてドライなので、そういうのを期待してはいけない。密室殺人のフーダニットもの。トリックより犯行時間前後に周囲をうろうろした容疑者数名から犯人を特定する興味が主眼だろう。トリックは古典的で、後年の作品に色々と採用されているが、若い人がお好きなはったりめいたものは希薄。


西澤 保彦
「七回死んだ男」
★★★★ヒロインがタイムスリップをして夫の死を回避しようとする邦画のファンタジー「ファーストキス 1ST KISS」という映画を観た二日後に読んだので少し損をしているかもしれない。9回タイムループする運命を背負わされた男子高校生が祖父の死を回避しようと奮闘する設定がそっくりなのである。たた、あちらがタイムスリップ主眼が後半になってロマンス主眼に変わるという変節をしているのに対し、こちらは終始タイムループをツールとして徹底できた点で、映画と小説という違いがあるにせよ、評価を上としなければならない。死を回避しようとすると結局別の人間が事件を起こすので、主人公は頭を抱えることになる。今の時間SFブームを考えると、何故発表当時に映画化されなかったのか不思議なくらい秀逸な着想だ。変則的「オリエント急行殺人事件」?

「人格転移の殺人」
★★★★SFの道具を使ってミステリーを展開するという意味では上の作品に近い。クローズド・サークルものでもあり、CIAが管理する謎の建設物に閉じ込められた6人のうち4人が殺される。その前にいたもう一人の日本人女性の殺害も絡む。しかし、その建築物の中では何故か人格転移が頻繁に起こり、一度起こると永劫的にその運命を背負わされることが判って来る。この状態で誰か殺人を起こしたのかを追求するというお話である。上と同様フーダニットものであると同時にワイダニットものでもある。こちらのほうがムード的にSF度が高い。やっと作者を知ったと言うに、僕より少し若い西澤文士はこの1か月後の11月に亡くなってしまい、僕を驚かせたのだった。


プルタルコス
「プルターク英雄伝:アレクサンドロス/カエサル」
★★アレクサンドロスは有名なアレクサンダー大王、カエサルは「ブルータス、お前もか」で日本でもよく知られる、英語読みのジュリアス・シーザーのこと。厳密にはプルタルコスはこの二人の対比を放棄しているが、ギリシャ⇒ローマの順番で記述しているし、自ら二人とも有名なので全部書くことはできない、とその共通点を事前に挙げている。有名な人だから読み手の僕もそれなりに真剣に読んだので、そこそこ面白い。但し、河野与一なる訳者は専業が哲学であり、かなり原文に忠実にあらんとして、相当読みにくい。

「プルターク英雄伝:フォーキオーン/小カトー」
★この二人も厳密には対比されていない。ギリシャ代表のフォーキオンはフィリッポス2世とアレクサンドロスの時代に活躍した軍人政治家(当時のギリシャやローマでは政治家はほぼ皆軍人)であり、小カトーはカエサル時代の哲人政治家で、カエサル暗殺に加わったブルトゥス(ブルータス)の義父。後者はポンペイウスに肩入れした結果、カエサルと対峙し、自死に追い込まれる。両者の共通点は清廉であったこと。プルタルコスは清廉な人物を好む。

「プルターク英雄伝:アーギス及びクレオメネース/ティベリウス及びガーユス・グラッスス」
★アギス(エウリュポン朝)とクレオメネース(アギス朝)は二人の王(エウリュポン朝とアギス朝)とエフォロスという護民官5人で国家運営をする極めて独特な体制を持っていたスパルタの王。クレオメネースはアギスが亡くなった後に擁立されたので一緒に政治をしたことはないが、影響を受けていたらしい。感覚的には日本の南北朝に近いのだろうが、対立し合っていないという点で大きく異なる。共通点は土地制度の改革での功績で、両者とも悲劇的な最期を遂げる。ローマのティベリウスとガーユスは兄弟である。こちらも農地改革に乗り出すが、金持ち連中などの反感を買って悲惨な最期を遂げる。共和制と言っても権謀術数渦巻く世界ですよ。

「プルターク英雄伝:デーモステネース/キケロー」
★★デモステネスはやはりアレクサンドロス時代に活躍した弁論家・政治家で、キケローは著作も多い弁論家(弁護士)。共通点は物凄い弁論の術を持つ一方、若い時に口跡(活舌)に苦労した点。権謀術数の渦巻く古代において悲劇的な死を遂げるのはもはや共通点とは言えまい。キケローは自らデモステネスに言及している。プルタルコスは人間的には逃亡した末に暗殺されたキケローより潔く自死を遂げたデモステネスを上としている。現在の感覚では何とも言えない。自殺を認めないキリスト教の感覚では逆であろう。


カート・ヴォネガット・ジュニア
「スローターハウス5」
★★★★ジョージ・ロイ=ヒルが監督をした映画版が秀作だった。本作が異色なのは、戦時中の経験を中心に述べられる自伝部分を、時間旅行というSF的ギミック小咄でサンドウィッチしていることである。その時間旅行の間に出て来るのが作者のかつての小説の登場人物であるというのも人を食った話で、映画版の面白さとは少々趣きを異にする。主人公は時間旅行をするが、年齢はその時代に応じて変わる、というSFとしては寧ろ変化球。何度も同じ時代を経験するが、次に起こることを知っていても何もしない。本来の意味のSFではないのだ。


泡坂 妻夫
「亜愛一郎の狼狽」
★★★僕の読書録を作品毎にあいうえお順にノートに網羅するとしたら、これが死ぬまで最初の作品になるはず。学術系カメラマン亜愛一郎(あ・あいちろう)を素人探偵役としたミステリー短編集第一弾で、8作収録。この手ではシャーロック・ホームズよりブラウン神父に近い主人公の造形と謎と言うべし。概ね凸凹の少ない佳作だが、最初の「DL2号機事件」が面白い。爆破予告された旅客機から無事に下りて来た乗客の一人が真犯人。亜は真犯人の動機を明かして警察を含む周囲をアッと言わせる。続く「右腕山上空」では気球で一人飛び立ったはずの男が殺害される謎。戦時中の現地人殺害を解明する「ホロボの神」もなかなか秀逸。ハンサムだが全く運動神経のない亜は、若い時の阿部寛辺りが演ずるとピッタリ来る。


平田 雅博
「黒いイギリス人の歴史」
★★★アメリカと違って英国には黒人のイメージが薄いが、黒人もしっかりいました、という社会科学の学術本。2000年前には現在の主要民族であるアングロ=サクソンより黒人が多かった、という指摘は、アングロ=サクソン系が移り住む前であり、傭兵などで黒人も多くいたと思われる古代ローマの広大な領地を考えると当然と言えるが、結構目から鱗。しかし、ローマ帝国分裂後18世紀後半までは黒人は殆どいず、アメリカが独立戦争をした結果英国に流れ始めることになったというところが面白い。これにカリブ海のプランテーションの黒人たちも加わる。”このままでは白人の仕事が奪われる” と新聞が嘘を書いた(現在一般的な新聞はこの手の解りやすい嘘は付かないが、外国人嫌い【ゼノフォビア】がSNSでこの手の嘘を広める)結果、黒人をいい加減な理由で選ばれたシエラレオネに送り込む計画が実行された。現在と違うのは当の黒人も割合積極的であったこと。しかし、感染病や気候について正しい情報が得られていなかった為に移住した連中は病気等で大半が死んでいく。第2次大戦中、英国国民が米国の白人兵より紳士的な黒人兵を歓迎したという当時の調査結果も興味深い。


ジョルジュ・ベレック
「W(ドゥベルヴェ)あるいは子供の頃の思い出」
★★作者は言葉遊びが非常に面白かったレーモン・クノーと同じく文芸グループ “ウリポ” に所属した。 本書も、オリンピック競技に明け暮れる国の描写に推移するファンタジーと、作者の自叙伝がほぼ交互に出て進むという、遊び心とも言える試みをしているが、着想が似ている上の「スローターハウス5」ほど興味を喚起されない。


ハンター・S・トンプソン
「ラスベガス★71」
★★ジョニー・デップが主演した映画「ラスベガスをやっつけろ」の原作。著者はジャーナリストでノンフィクションの体裁だが、フィクション性芬々。映画と同じく、麻薬に絡むどんちゃん騒ぎばかりで、日本人にはピンと来ないところ多し。ビートルズがマハリシに走ったのは、ボブ・ディランがバチカンに行って法王(現在は教皇に統一されましたな)の指輪にキスするようなもの、というサブカルチャー絡みの発言は面白い。


ラデク・マリー
「人類が滅ぼした動物の図鑑」
★★★子供の頃十冊くらいの図鑑を買ってもらった。所謂読むというよりは見る(最近文字しかない本でも見るという表現を使う人が多い)本であるが、40+1(これはネアンデルタール人)の動物について詩人でもある著者が綿密に滅亡までの歴史を記して読みでもある。かつて僕は、人類が生命の頂点に立つというキリスト教的考えに同意できなかった。しかし、例えば現在クマがそこら中に出没して、一部動物愛護精神の高い人が “動物にも生きる権利がある” と駆除反対を主張するのを聞くとそれは現実を知らない人の暴論で、人間がその個体数をコントロールする必要がある(人間しかコントロールができない)と感じる今日この頃。 どこかの議員が “全滅させるべし” と言ったそうだが、 これも暴論で、数を調整して極力山に帰すようにしないといけない。クマが町にまで繰り出すようになったのは温暖化が遠因である。人口減につき人を町に集約した方が効率的という意見があるが、これも僕に言わせると暴論で、人がいなくなればクマはより町に近くなる。森を管理しないと保水力が維持できず、洪水の発生等でこれもまた町への影響が出て来る。メガソーラーによる環境破壊という言説にもこの手の嘘や誤解が混じっている。トランプに限らず、経済を優先するととんでもないことが起こりかねない。


朝井 リョウ
「何者」
★★★8年前に映画版を観た。僕らの頃はインターン制度もなかったし、SNSは勿論ネットもなかった。公務員希望だったが、結局メーカーに落ち着いた。姉から、マンチェスター大学への留学から帰って来た息子(わが甥)がインターンで日産自動車に行っていると聞かされて “何じゃ?”、と現在の学生の大変なことを思い知った。それから少しして映画を観たので、感覚的には掴み易かった。原作は文字故の強みがないではないが、映画も文字表記を駆使していたので、大差ない印象。後から読むと弱い感じがする。


井上 靖
「敦煌」(再)
★★★★中学生になり国語で井上靖の自伝的小説「あすなろ物語」か「しろばんば」を読んですっかり井上がお気に入りになった。高校に進学すると歴史小説群を色々読んだが、個人的には「天平の甍」や本作など中国史絡みが気に入った。先年映画版を再鑑賞し、原作と違うところありと指摘したものの、今回読み直してみると、そうでもなかった。僕はロマンティストだから、余りに現在に近い歴史ものは大して好きではなく、日本なら鎌倉時代辺りが好みで、この小説も西夏が台頭する時代の中国宋時代を舞台にして良い。タイムマシンに乗って1000年前に行ったらとんでもない世界でしょうがね。


栄 新江
「敦煌の民族と東西交流」
★★★上の小説と関連付けて、画像の多いこの歴史研究書の類を読んでみることにした。漢は西戎(せいじゅう=西の野蛮人と称される異民族)が跋扈していた時代に敦煌郡を設置するが、実質的には異民族が激しく往来する場所であり、漢民族に従属する異民族に任せて間接的に管理されていた時代が長いと読める。唐時代に安史の乱を起こした節度使安禄山もソグド人と突厥(トルコ)人の混血。吐蕃(とばん=チベット)と戦ううちにタングートの西夏がこの地を制覇する。小説「敦煌」はその頃のお話である。この近くに古くから存在した小王国ウテン(于闐)は西夏台頭の前に別民族に滅ぼされるが、仏教国で仏教を軸にした交流が栄える為に結構重要だったようだ。この中国人研究家も井上靖もその地で発掘された莫高窟から出て来た文献から多くを知るのである。


モーリス・ルブラン
「バーネット探偵社」(再)
★★★★ルパンが英国風のジム・バーネットの名前で探偵として活躍する短編8作を収めた短編集。全編ベシュ刑事を相棒というか引き立て役にして活躍することと、調査無料としながら、ちゃっかり加害者側から色々と手に入れてしまう、この二つをルーティンとする。第7編だけベシュ刑事の前妻を奪うという変化球で、全編大いに笑わせる。色々と着服することを悪とする意見もあるが、そうだろうか?

「謎の家」(再)
★★★一応再読なのだが、初めて読んだのが成人後だった為それほど思い入れがない。そんなわけで、今回読み始めて早々東映の多羅尾伴内シリーズ第1作「七つの顔」の元ネタと気付くという不始末。これでルパン好きとは、我ながら呆れます。


著者不明(左 丘明?)
「国語」
★★中国春秋時代に書かれた歴史書で、作者とされることもある左丘明は孔子と同じ魯の出身である。「論語」に左丘明が出て来るので、孔子とほぼ同時代の人であることは確か。歴史書と言うが、特に「周語(周の歴史)」あたりは君主を巡る対話でほぼ成り立ち、君主や指導者のあり方を説くイデオロギー書の色彩が濃い。唐中期の柳宗元はとりわけ「周語」の易に基づくスピリチュアルな部分に批判的で「非国語」なる論文をものしているが、1000年以上時代の違うことを考えると少々大人げない。


安岡 章太郎
「流離譚」
★★★安岡章太郎の先祖は土佐藩郷士である。維新の一端を勤王派として担った先祖が数名いて、その中に戊辰戦争で東北に倒れた人がいる。その子孫が安岡家系列で唯一東北弁を話すのだ。安岡はそこから先祖を江戸時代中期から辿り、それが結果として土佐藩を軸に維新の混乱を綴ることになる。ファミリー・ヒストリー的な明治維新史伝の体裁である。日本の歴史小説は作者がちょくちょく自分の意見を神ではない “私” として投入するなど史伝に結構近いが、史伝は一般的な意味での小説とは言えないと思う。


アーサー・C・クラーク
「2001年宇宙の旅」
★★★スタンリー・キューブリック監督の宇宙SF映画の金字塔の原作。厳密には映画製作と並行して書かれたようだから少々異色の作品なのではある。解説者は映画より小説の方が喚起するものがあると書いているが、僕はやはりあの映像体験の方が優ると感じる。病院で順番を待っている間に読むうち、モノリスは進化論における突然変異の具現のような気がして来た。


フラナリー・オコナー
「すべて上昇するものは一点に集まる」
★★★★バスの隔離政策の撤退を面白く思わない初老の白人女性が、息子と一緒に乗ったバスの中での子持ち黒人女性とのいざこざを経て、バスを降りた後脳卒中に倒れる。作の中で病名は示されていないが、タイトルは所謂血圧が上がって頭に来ることを示しているはず。同名短編集の最初の一編。作者は父親と同じ狼瘡(膠原病の一種)で三十代で亡くなったアメリカの女性作家。

「グリーンリーフ」
★★★酪農家の初老女性が自分の雌牛に悪い影響を与えると信じて、その持ち主であり彼女が雇っている一家に排除させようとした結果、自分が雄牛につっかけられる。この作者は、排除しようとする者は自ら排除される結末を迎えるという作品を多数書いたようである。上流の出であることを誇りにするヒロインが排除しようとしていたのは、実は雄牛以上に下層階級と信じる被雇用者の一家なのだろうと思う。


アガサ・クリスティ
「スリーピング・マーダー」
★★★★クリスティ作品として最も最後に刊行された、ミス・マープルもの。刊行されたのが最後であって書かれたのは1943年だ。しかし、正式に刊行するに当たって書き直された部分もあるようで、1952年に即位したエリザベス女王と妹マーガレット・ローズ王女の名前が出て来る。まさかエリザベス1世ということではあるまい。ミス・マープル最後の事件と仰る人もいるが、書いた時期を考えると本当にそうなのか? それはともかく、子供時代の記憶を基に昔の殺人事件が呼び起こされるという着想に一定の面白さがある。評判は今一つであるが、僕は結構楽しく読んだ。


井上 荒野
「切羽へ」
★★★作者が2008年に直木賞を受賞した作品。九州の離島の小学校で養護教師する既婚女性が新しく来た男性教諭に惹かれるものの一線を超えずに終わるまでの揺れる思いを綴るお話で、それを尻目に関係の出来た同僚女性は彼が島を出た後、前の既婚者愛人と復縁する。ヒロインの心情について直接的な表現は為されていない代わりに、トンネルが開通する前の穴の先端を意味する【切羽】が彼女の心情を明らかに象徴する。ヒロインは島を出る直前の男に“トンネルが通じると切羽は消える”と言う。自分の憧れは関係が出来ればはかなく消える【切羽】であると考えているのだ。


京極 夏彦
「今昔百鬼拾遺 鬼」
★★★京極堂シリーズのスピンオフ。京極堂の妹・中禅寺敦子を事実上の探偵役に、「絡新婦の理」の登場人物・呉美由紀を半ばコメディリリーフ的に配置し、刀による昭和の辻斬り事件が解決されるまで。京極堂が出て来ないから、圧倒的な衒学趣味は出て来ず、為に凄味も重みも少ないが、犯人に関して登場人物や読者の思い込みを利用してなかなか読ませる。

「今昔百鬼拾遺 河童」
★★★スピンオフ・シリーズ第2弾。このシリーズはどうも各章の始まりの台詞を頭韻的に揃えるという方針らしい。前作では “恐い”、本作では ”下品” である。京極堂シリーズも巻を進めるに従って若向きになってきた感があったが、当然このスピンオフになり益々加速して、ちょっと軽すぎる感じがする。お笑いの量が圧倒的に本作は多く、さすがにちょっとくだけすぎではあるまいか。


マルセル・パニョル
「愛と宿命の泉 PART I:フロレット家のジャン」
★★★★★評判が良かった映画版は映画館で観られずLDで観た。先日LDを動かそうとしたらトレイが出て来ず、再鑑賞を諦めた。本作を観るにはLDでは力不足なので、ブルーレイで観るのが一番だから、様子を見て買ってみるのも良いかもしれない。母親の故郷であるプロヴァンスの寒村の土地を相続した元役人ジャンがこの地で農業を始めようと妻と娘マノンを連れてやって来るが、強欲な隣家の老人パぺと甥ユゴランが土地に流れる水の源をセメントで固めた為に、悪戦苦闘の日々の後ジャンは水源を求めて使用した発破の際に死んでしまう。強欲ではあるが絶対的な悪とも言い切れないパぺと恐らく根は善人であるユゴランは狂言回しに見えて実際には主人公で、この二人は因果応報の宿命に絡められてしまう。ジャン一家に関して言えば、「レ・ミゼラブル」のような香りがする。パニョルはユゴーほど厳しすぎることはなく、もっと柔らかいが。

「愛と宿命の泉 PART II:泉のマノン」
★★★★★この後編で、姦策が成功して一家の土地を安く買い上げ歓喜の頂点にいるパぺとユゴランにいよいよ神の鉄槌が下る。ミドルティーンの超美少女になったマノンが誰も気づかない場所に村の真の水源を発見、そこを塞いでユゴランを追いつめるだけでなく、彼らの姦策に気付かないふりをした村民に復讐し始める。ユゴランは水が途絶えたこと以上にマノンを恋慕するが報いられないことに苦しみ自殺する。善良なる彼は自分の罪を自覚しすぎているのだ。そして、村に戻って来た老女によりパぺは自分とマノンの真の関係を知らされて絶句する。悪人役のパぺの、実は寂しすぎる人生に僕は涙を禁じ得なかった。真に運命に翻弄されたのはパぺだったと思う。

この記事へのコメント

2026年01月01日 14:47
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

じつはいま、アガサ・クリスティーの『オリエンタル急行殺人事件』角川文庫の新訳版を読んでいるところです。

映画やテレビドラマ化されたものを何度か見ていますが、原作小説を読むと、小説ならではのおもしろさがありますね。当時の時代色や、アガサ・クリスティーの語りのうまさを実感しています。

ポワロが、乗客から話を聞く場面が多く、それで会話が多くて、読み易い。
ラノベやマンガの元祖なのかもしれないですね、こういうミステリーは。
かずき
2026年01月01日 18:50
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

西澤保彦の2作品を早速読んで頂き、どちらも高評価で嬉しいです。
私がお勧めした少し後に作者の訃報を聞いたので、何てタイミングだ!と思いましたね。

それにしても、毎日映画評をアップしながら、もう一つの音楽ブログもやりながら、これだけ読書もこなしているオカピーさんは凄いです。
もしかしてタイムループしてます?(笑)

泡坂妻夫は「しあわせの書〜迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」だけ読みました。
ヨギ ガンジーシリーズの二作目ですが、本作から読んでも大丈夫でした。
何がとは言えませんが凄い本でしたよ。

「愛と宿命の泉」は原作は未読ですが、映画版は80年代の映画でもトップクラスに好きな作品で、Blu-rayも所持しています。
こんな残酷な運命があっていいのか…と愕然としました。
原作も読まねばなりませんね。
オカピー
2026年01月01日 21:47
nesskoさん、こんにちは。

>小説ならではのおもしろさがありますね。

例えば、叙述トリックでも、映画と小説の叙述トリックは違ったり。
映画は情報量が多い代わりに、一度に処理できる量が限られるので、それを逐一確認しつつ読み進められる小説の方が面白く読めたりするかもしれませんね。

>当時の時代色や、アガサ・クリスティーの語りのうまさを実感しています。

時代色は映画の方が直球的に解りやすいですが、想像しながら読む面白味がありますね。
黄金時代の作家での比較では、ヴァン・ダインは勿論、エラリー・クイーンより読みやすいです。
オカピー
2026年01月01日 22:17
かずきさん

本年もよろしくお願い致します。

>西澤保彦の2作品を早速読んで頂き、どちらも高評価で嬉しいです。

言われたらすぐに読まないと忘れてしまうので、最近はすぐに取り組むことにしています。
それにしても、作者の年齢を考えると、このタイミングで亡くなるとは考えられないですねえ(@_@)

>もしかしてタイムループしてます?(笑)

うまい!
映画はもう型にはめて処理するので意外と短時間で描けますが、音楽ブログに案外時間がかかっています
読書そのものは、プロフェッショナルな速読はできない(読むのは速い方ですが)ので、かかるに任せる感じ。

ともかく、ここまで自分の趣味に時間を使うことを許してくれる家族に感謝ですね。

>泡坂妻夫は「しあわせの書〜迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」だけ読み

スピリチュアルな感じですねえ。
ウィキペディアに行ったら”日本のチェスタトン”と呼ばれたと書いてありました。僕が“ブラウン神父に近い”と言ったのは結構当たっていたようですね。
ご紹介された本は図書館にありましたが、貸出中。結構人気があるようです。

>「愛と宿命の泉」

映画も素敵ですが、原作も想像以上に感動的でしたね。
パニョルの自伝の映画化作品「マルセルの夏」「マルセルのお城」も良かったですよ。
モカ
2026年01月02日 22:11
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

>1952年に即位したエリザベス女王と妹マーガレット・ローズ王女の名前が出て来る。まさかエリザベス1世ということではあるまい。ミス・マープル最後の事件と仰る人もいるが、書いた時期を考えると本当にそうなのか?


 確かにエリザベス女王と書いてありますが、反対側の壁には国王ジョージ6世の写真が飾られている、となっています。
「額縁に入ったエリザベス女王とマーガレットローズ王女の色彩肖像画」と書いてあるので子供時代の2人のプリンセスが一緒にいる絵の事じゃないでしょうか?
これは翻訳者が1976年の時点の感覚で”女王”をつけてしまったうっかりミスの可能性大ですね。

 クリスティは第二次世界大戦の勃発直後に空襲で死ぬ可能性を考えて自分の死後の遺産のような形で本作と「カーテン」を執筆しそれぞれ受取人を夫と娘に指定して銀行の金庫に預けています。
 マープル物を続けて順番に読んでいくと時系列的に最後だとわかると思います。

これはこれで面白いのですが、同時期に書いた「カーテン」と比べると見劣りしてしまうのは否めませんが「カーテン」が凄すぎるので仕方ないですね。

それに自伝によると戦争勃発後クリスティは前の大戦時のように医局の薬関係の仕事も週に何日かはこなしていたようで、大した方です。書かずにはいられないのかもしれませんね。「カーテン」は特にそんな感じがヒシヒシと伝わってきます。
ポワロ物の最後には是非「カーテン」を読んで下さいね。

回想の中の殺人なら「五匹の子豚」をお勧めします。
オカピー
2026年01月02日 22:50
モカさん

今年もよろしくお願いいたします。

>反対側の壁には国王ジョージ6世の写真が飾られている、となっています。

これは気付きました。
しかし、先王のことを書く可能性があると思い、訳者を疑うには至りませんでしたな。

しかし、確かに王女と女王は字が逆さまの関係ではあるし、うっかりという可能性がありますね。

>マープル物を続けて順番に読んでいくと時系列的に最後だとわかると思います。

なるほど。後から書いた作品の方が時系列的に前だっちゅうことですね。
そう言えば、僕の愛するアルセーヌ・ルパンの最初の事件「カリオストロ伯爵夫人」は寧ろ後期に書かれたものです。シリーズものにはこういうこともありますね。

>ポワロ物の最後には是非「カーテン」を読んで下さいね。
>回想の中の殺人なら「五匹の子豚」をお勧めします。

どちらも了解です。
モカ
2026年01月03日 16:54
こんにちは。

「スリーピングマーダー」文庫の後書き解説を恩田陸が書いていますが、この作品の執筆年や死後に出版予定だった事をしらなかったようですね。こんな間違いを早川書房の編集者が見逃してはいけませんなぁ。

☆フラナリー・オコナー☆
 カーソン・マッカラーズと同時代の南部出身女性作家としてよく比較される人ですね。マッカラーズの方が少し年長でオコナーに影響を与えたとか。
同じジョージア出身でどちらも病身だったろころもよく似ています。
マッカラーズは結構読みましたがオコナーには縁がなくて今のところ未読です。
多分大江健三郎関連で語られることが多く、その辺でちょっと引いてしまうのかもしれません。大江先生はちょっと(かなり?)苦手です。

マッカラーズは最近村上春樹がやたらと新訳を出していて、春樹ブランドとして広く読まれるようになったみたいでそれはそれで喜ばしい事だとは思っています。

3作品が映画化されていますが今観られる作品はないかもしれませんね。
私もちゃんと観たのはアラン・アーキン主演の「愛すれど心さびしく」だけです。

短編の「木 岩 雲」がお気に入りです。短いのでこれだけでも是非読んでみて下さい。



オカピー
2026年01月03日 23:11
モカさん、こんにちは。

>こんな間違いを早川書房の編集者が見逃してはいけませんなぁ。

どうもすみません(代わりに謝るのが好き)。

>☆フラナリー・オコナー☆
>多分大江健三郎関連で語られることが多く、その辺でちょっと引いてしまうのかもしれません。大江先生はちょっと(かなり?)苦手です。

個人的には、大江御大より読みやすいと思いました。

>マッカラーズ
>私もちゃんと観たのはアラン・アーキン主演の「愛すれど心さびしく」だけです。

TVの洋画劇場で観た「愛すれど心さびしく」の原作がマッカラーズであることは知っていました。マッカラーズは百科事典にも記載のある人でしたし。
2016年に原作「心は孤独な狩人」を読んでいますね。

>短編の「木 岩 雲」がお気に入りです。短いのでこれだけでも是非読んでみて下さい。

図書館に行きましたら、ありましたよ。岩波書店の「20世紀アメリカ短編選」という選集に入っていました。
モカ
2026年01月04日 13:04
> 2016年に原作「心は孤独な狩人」を読んでいますね。

  チェック不足でした。失礼いたしました。

>短編の「木 岩 雲」
 岩波書店の「20世紀アメリカ短編選」

  その岩波文庫は上下共持っていました。オコナーの「ゼラニウム」が収録されていますね。という事はオコナーを読んだかもです。
 でもこの岩波文庫の編者で翻訳者の大津栄一郎先生の訳はマッカラーズに関しては合わないように思います。  
 もちろん原書を読んだわけではありませんが、マッカラーズのこの短編はヘミングウェイを彷彿とさせる文体と言われていますが、大津訳はなんだかもっさりしてますね。
白水ブックか筑摩から出ている短編集(翻訳者西田実先生)の方がスッキリしているように感じます。
 私が一番好きな訳は以前にどなたかが翻訳してブログにアップされていた物です。
とっても良い訳だったのでコピーして保管しているのですが、何せ2007年だったのでリンクを貼ろうと探しましたが見つけられませんでした。

 
モカ
2026年01月04日 17:15
新年早々アガサクリスティをのんびり読むなんて幸せな事ですね。
世界情勢は相変わらず危機的情勢だというのに… ベネズエラと言えばハリーベラフォンテが「マチルダ」で”マチルダが俺の金を取ってベネズエラに逃げよった”
を繰り返すあのカリプソソングしか思い浮かばないお気楽婆です。
 よろしければご一緒にどうぞ!

https://youtu.be/jBd0YqO_-2I?si=ZKF2lRyJ83grJH4h

脱線ばかりですいません。
去年のいつ頃からか、読んだ物のタイトルと作者だけですが記録するようになりました。
そこからいくつかお勧めさせて下さい。

クリスティ繋がりで
 「アクロイドを殺したのはだれか」ピエール・バイヤール
 面白かったのですが、「アクロイド殺し」を再読する羽目になってしましました。
 同じ作者で「シャーロックホームズの誤謬」も面白そうですが、またホームズを読み返さないといけないので先延ばしになっています。

“過去の殺人事件” 繋がりで
  「自由研究には向かない殺人」 ホリー・ジャクソン
 過去といっても数年前の事件を現代の高校生が今時の手段を酷使して解決していくお話でした。3部作で「優等生は探偵に向かない」「卒業生には向かない真実」と続きます。

 中途半端に古い本を今頃読んでいてお恥ずかしいのですが
  「クラインの壺」岡嶋二人
  昔に読んでおられるかもしれませんね。SF的なのは苦手なんですがこれは面白かったです。頭がクラクラしてしまいましたが…

 「罪と罰を読まない」岸本佐知子 三浦しおん 他2名
 「罪と罰」を読んでいない4人が読まずに「罪と罰」について語り合うという面白企画物で、最後は全員読破するのですが、「罪と罰」未読の私は大笑いしながら読んでないけど読んだ気になったという本です。何のこっちゃ?ですよね。
 笑ってやって下さい。


 
オカピー
2026年01月04日 21:32
モカさん、こんにちは。

>マッカラーズのこの短編はヘミングウェイを彷彿とさせる文体と言われていますが、大津訳はなんだかもっさりしてますね。
>白水ブックか筑摩から出ている短編集(翻訳者西田実先生)の方がスッキリしているように感じます。

ヘミングウェイは、硬質的簡潔が持ち味ですからね。
確かに世の中に他訳が存在するのを確認しましたが、図書館にないのでとりあえずもっさり訳で我慢しますか。

>ベネズエラ

アメリカは陰でこっそり他国を蹂躙して来ましたが、これほど露骨にやったのはかつてなかったですね。
これではロシアと変わらない。トランプとプーチンは同じ穴のムジナということが分りましたね。
しかし、トランプと言えども、選挙で負ければ、前回以上の暴挙をしない限りジ・エンド。さすがにこれをトランプの味方である筈の最高裁も認めることはあり得ないでしょう。それをやったらミャンマーになってしまう。

>「アクロイドを殺したのはだれか」ピエール・バイヤール

題名を聞いたことあり。読むでしょうが、「アクロイド」再読は当座はありません。

>「シャーロックホームズの誤謬」

「バスカヴィルの犬」を再読しない条件で、読むかも。

>「自由研究には向かない殺人」 ホリー・ジャクソン

この人は人気らしく、5つある蔵書のうち3つが借りられていました。

>「クラインの壺」岡嶋二人

いや、SFを避けていた時代が結構長いので、読んでいないです。
岡嶋二人なるは、エラリー・クイーン同様のコンビ作家なんですね。

>「罪と罰を読まない」岸本佐知子 三浦しおん 他2名

昨年末の新聞に名前が出ていましたが、新刊ではなかった(@_@)
面白そうですね。
mirage
2026年03月05日 09:49
井上靖さんの「敦煌」についてコメントしたいと思います。

井上靖さんの「敦煌」は、歴史の空白を埋める、歴史小説の試みの成果を示した作品だと思います。

かつて歴史学者の岡田彰雄は、歴史学者と小説家の歴史に対するアプローチの違いについて、「歴史学者が自分の吐く息をかける事によって、史料と史料との間の必然的な関係が乱される事を恐れて、つとめて自分を抑え、自分を殺して、歴史の中に入りこんで行こうとするのに対して、作家はむしろ手をのばして、自分の方に引き寄せる事に力を注いでいるように思われる。歴史家が不完全な史料の断片を繋ぎ合わせ、史実を探り、歴史の中の未知の分野に一歩でも近づこうと骨を折っているのに対して、例えばバルザックのような天才は、その深い洞察力と豊富な想像力によって、歴史の空白を補い、歴史家さえも感嘆させる程、見事な歴史を再現させる事が出来る。」と述べています。

作家の井上靖さんの歴史小説へのアプローチも、彼の歴史に対する深い洞察力と想像力によって、"歴史の空白"を補おうとしているように思われます。

「敦煌」は、千仏洞(敦煌)の物語です。20世紀の初めに、イギリスの探検家スタインや、フランスの探検家ペリオによって、世界的にその名を知られるようになった敦煌の石窟から現われた、膨大な史料は、世界文化史上のあらゆる分野の研究を改変するのに足る、画期的なものでした。

しかし、敦煌の石窟を小説家としての想像力で、構築してみせたのが、この「敦煌」という作品だと思います。
ですから、この小説は、今日の歴史的な学問の研究の成果の上に作られているのであり、小説の中身としての話そのものは、作者の純然たる想像の産物です。

作者はまず、趙行徳なる人物を創り出します。彼は居眠りをしたために進士の試験に落ちますが、自分が命を助けてやった西夏の女に促されて、都の開封を出発して辺土に入り、西夏軍の一兵士として、辺境の各地を転戦し、遂には反乱部隊に投じ、沙州の漢人と共に、西夏軍との間に最後の戦いを決しようとします。

「行徳は地上に立つと、自分の眼の前に高く聳え、南北に大きな拡がりを持っている丘の斜面に眼を注いだ。その丘の断面一面に、北から南へ、裾から頂きへかけて、夥しい数の四角な大小の洞窟が掘られてあるのが見えた。それらは幾重にも重なり合っているものもあれば、一つの穴だけで他の二層分の高さを持っているものもあった。----」言うまでもなく、千仏洞(敦煌)です。

趙行徳は、駱駝使いの人夫たちを督励して、経典、写経をはじめ、ありとあらゆる財宝を運び込み、出口を塗り込めて、城に火を放ちます。
敦煌石窟の秘密を明らかにした場面ですが、ここまで辿り着くためには、若い趙行徳の開封出発以来の、長い歳月と、幾つかの戦闘と、幾度かの砂漠の横断と、命を賭けての女の争奪とを巡って、作者は次々と幾つかの長い物語を展開しなければならなかったのです。

大部分が戦闘に明け暮れていただけに、大同小異の戦いの場面が重なっていて、若干、単調だなと感じる点もありましたが、歴史学の学問的な実証の枠の中の"空白"をこれだけ充実した大胆な想像力で、この"空白"を埋めた、井上靖さんの作家としての"志の高さ"には、敬意を表したいと思います。

文豪バルザックは、「人間喜劇」の序の中で、歴史は在りしがままであり、そうあらねばならないが、小説は"荘厳なる虚偽"の世界を築き上げなければならないと書いていますが、全ての優れた小説とは、もともと"荘厳なる虚偽"-----けだし箴言だと思います。
mirage
2026年03月05日 09:57
西澤保彦さんの「七回死んだ男」についてコメント致します。

西澤保彦作品を読むのはこれが初めてだったのですが、まず設定が面白いので驚いてしまいました。
こういう物語を良く考えつきますね。
犯人は毎回変わるので「誰が犯人か」ではなく、「どうしたら死なせずにすむか」という、前代未聞のミステリですね。
同じ日が9回続くのに全く飽きさせませんし、最後に用意されていたオチも凄いですね。
すっかり、きれいにやられてしまいました。
でもただ一つ納得できないのは、久太郎の成績がとても悪いということ。
同世代の人間よりかなり長い時間を生きていて、性格も年の割に老成されているのに、なぜ勉強ができないのでしょうね。
発言や行動からしても、それほど知識がないとは思えないのですが---------。9回も同じ日を繰り返したら、その日に学校で習うことは、イヤでも頭に入るのでは、と思えるのですが。(笑)
mirage
2026年03月05日 10:06
「七回死んだ男」を読了した後、続けて西澤保彦さんの「人格転移の殺人」を読みましたので、コメント致します。

またまた面白い設定ですね。人格転移装置などと言うと、とても胡散臭い印象なのですが、それでも、仕組みが十分説明してあるので、話にとても入りやすいですね。
しかし、実際に6人の人格が入れ替わってしまってから後が、相当ややこしいんですよね。
殺人を犯したのがどの「体」かということは分かっていても、どの「人格」かということが分からないのですから。
我々読者が6人の特徴をつかめた頃に、上手くドタバタを入れているので、なんとかついては行けるのですが---------。
これは本人たちにとっては、本当に冗談にならないほど大変でしょう。(笑)
最後はちょっとびっくりの、なんとも微笑ましいエンディングでした。

それにしても、文庫版の森博嗣さんの解説が面白いですね。
mirage
2026年03月05日 10:15
S・S・ヴァン・ダインの「カナリア殺人事件」」について、コメント致します。

この作品は、密室トリックものですね。
殺される人物も少なく、話のほとんどがヴァンス、マーカム、ヒース部長の推理と検証に費やされているのですが、話のテンポは良く、「ベンソン殺人事件」よりも読みやすいと思います。

この話のクライマックスは、やはりヴァンスが仕掛けたポーカー・ゲームでしょう。
カナリアを殺したのは、かなり知能程度が高い人物であるという推理のもとに、ヴァンスは容疑者を集めてポーカーをします。
これは、ゲームの進め方や賭け方から、用意周到な殺人を犯すに足る知力と胆力がある人物を推し量ろうというもの。

こういう試みが実際に可能であるかどうかはともかく、とても面白いですね。
作者の都合次第で、ゲームが進められるという批判があるかとは思うのですが、やはり独創的だと思います。
ただ、私自身がポーカーに詳しくないのが、少々残念だったのですが---------。

それにしても、このシリーズを読んでいると上流社会の生活が羨ましくなってしまいます。
ヴァンス自身も美術品の購入の合間に、マーカム相手に暇つぶしをしているという印象なんですね。
そもそも、余程のことがなければ、まず午前中には起きることなどないのです。
信じられない暮らしぶりですね。
mirage
2026年03月05日 10:24
背が高く、彫りの深い気品のある端麗な顔立ちで洋服の趣味も抜群。…と、黙って立っていれば俳優に間違えられるほどの二枚目の亜愛一郎。しかし職業はカメラマンなのですが、主に撮るのは雲やゾウリ虫などと妙な物ばかり。それに一旦動き始めると、その言動は外見にそぐわない大ボケぶりです。しかしこんな亜愛一郎ですが、実は何かが起きた時に鋭い推理を展開します。彼の推理は、主に犯人の心理状態や性格から大きな手がかりを得るもので、少々強引な面や突拍子もなく感じる部分もあるのですが、でもそれもご愛嬌といった感じですね。全体に遊び心があり、サービス精神が旺盛で、亜愛一郎の外見と中身のギャップも微笑ましく、とても楽しめる短編集となっています。…それにしても三角形の顔をした婦人というのは何者なのでしょうね?
「亜愛一郎」という名前は、名探偵の人名事典などで最初に来るようにつけられた名前だそうです。確かに簡単にはトップの座は譲り渡したりしなさそうですね。(笑)
オカピー
2026年03月06日 13:06
mirageさん、こんにちは。

>「敦煌」

想像力がなければ小説ではなく、歴史ドキュメントそのものになってしまいますね。

>「七回死んだ男」
>久太郎の成績がとても悪いということ。

短期間成績アップにこの能力を利用したようなことも書いてあったような記憶がありますが、何故それが続かなかったか忘れました。