映画評「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2023年イギリス=アメリカ=オーストラリア合作映画 監督エレン・クラス
ネタバレあり

50年ほど前に亡くなったアメリカ出身の女性写真家リー・ミラーの伝記映画である。

1930年代ファッション・モデルとしては薹が立ち始めたリー(ケイト・ウィンスレット)が、芸術家ローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスゴルド)と知り合う。有名な写真家マン・レイとの関係が終わった頃の話である。
 ペンローズとロンドンに渡り写真家として英国「ヴォーグ」誌のカメラマンの列に加わるが、折しもナチス・ドイツの攻撃がロンドンに及ぶや、俄かに戦争に関心を向け、「ライフ」誌の写真ジャーナリスト、デーヴィッド・E・シャーマン(アンディ・サムバーグ)とコンビを組んで戦場で写真を撮っていく。戦場では女性だからとまともに仕事をさせて貰えないこともあるが、持って生まれた負けん気と度胸でその壁を乗り越える。
 ナチスが敗北して喜ぶ間もなく、彼女は戦場での経験以上に大きな衝撃を受けることになる。ユダヤ人収容所の現実を目の当たりにしたからで、そこで恐れおののく少女を見た彼女は、自らの少女時代のトラウマを思い出さざるを得ない。

というお話が、リーが若いジャーナリスト(ジョシュ・オコナー)に語るという回想形式で進み、若干この往来がうるさく感じられるが、実はこれは叙述トリックであったということが最後に明かされる。つまり、彼はリーの実の息子トニーで、母親が亡くなった後訪れた部屋に残された写真などを見て想像(自問自答)していたという体裁であったことを観客は理解する。

こうしたアイデアからは、山田洋次監督「たそがれ清兵衛」(2002年)に見られたように、見ていないことを想像できるわけがない、といった意見が導かれることがしばしばあるが、無粋と言うべし。それは叙述の手法(物語を始める糸口)であって、それが全て彼なり彼女なりのその場の回想なり想像なりと考える必要はないのである。

男性社会での女性の活躍、児童性虐待、民族差別の問題を含んだ内容だから、極めて現在向けの内容と言うべし。叙述トリックに拘泥せず、じっくり見つめれば悪くない内容と思う。

昨日の話の続き。 USB Type-C のパソコンの電源到着が水曜日までかかると知って(事前の情報に騙され)パニクり、サポートの終った昔のパソコンを出そうかと思ったが、半日後スマホ充電器で済むことに気付いた。極端に言えば、買わなくても済んだわけだが、やはり専門の器具はあったほうが良い。

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