映画評「可愛い悪魔」(1958年)
☆☆☆(6点/10点満点中)
1958年フランス=イタリア合作映画 監督クロード・オータン=ララ
ネタバレあり
ジャン・ギャバンは「ヘッドライト」(1956年)で若い娘フランソワーズ・アルヌールを孕ませて死なせてしまう初老の運転手を演じていたが、2年後の本作ではブリジット・バルドーに翻弄され、結果的に妊娠の末に死なせてしまう。但し、こちらはストーカーたる前のボーイフレンドの殺人被害者である。
ジョルジュ・シムノンが原作らしく、最初は、生活に苦労するBBが女友達と一緒におもちゃの拳銃で強盗を敢行、友人だけが逮捕される。事前にBBはベテラン弁護士ギャバンに弁護を依頼する。余りの幼稚な犯行ぶりに呆れて帰る彼を色気作戦で落とし、バーテンの偽りのアリバイ証言で見事に無罪を勝ち取る。その間にBBは段々彼に本気になる。それに従い、彼の細君エドウィジュ・フュイエールは落ち着きを失くす。
召使ニコール・ベルジュと妾宅を与えられたBBはそれでもしきりに追いかけて来る前の恋人フランコ・インテルレンジに未練があるようで、妊娠でギャバンが喜んだにもかかわらず、彼と召使を先に帰し、その足で男のいることを掴んだホテルに向かう。が、逢引の後引き留めに応じない彼女をインテルレンジは勢い余って殺してしまうのである。
警察や弁護士が出て来るが、ミステリーではないだろう。シムノンは時にミステリーの香りもする一般小説も書いている。本作の場合は、ギャバンが男の弱さを発揮して妻を尻目に浮気に傾くちょい悪紳士である印象だが、どちらかと言えば手練手管を使って男を落とした、ちょっとした小悪魔たるヒロインが因果応報的な結末を迎えるというお話と考えるのが妥当だろう。
「ヘッドライト」ほど所謂人情に訴えるという感じではないが、ゾラやモーパッサンを読んだ後のように人間の営みに苦い後味を覚えることは必定。
クロード・オータン=ララの作品としては、同じくピエール・ボストとジャン・オーランシェと組んだ「肉体の悪魔」(1947年)「青い麦」(1954年)「赤と黒」(1954年)と言った他の文芸ものに及ばない印象を覚える。
「可愛い悪魔」と聞いてキャンディーズを思い出したが、見事な記憶違いで彼女たちのヒット曲は「やさしい悪魔」でした。作曲が吉田拓郎だからね、当時ちょっとびっくりした。
1958年フランス=イタリア合作映画 監督クロード・オータン=ララ
ネタバレあり
ジャン・ギャバンは「ヘッドライト」(1956年)で若い娘フランソワーズ・アルヌールを孕ませて死なせてしまう初老の運転手を演じていたが、2年後の本作ではブリジット・バルドーに翻弄され、結果的に妊娠の末に死なせてしまう。但し、こちらはストーカーたる前のボーイフレンドの殺人被害者である。
ジョルジュ・シムノンが原作らしく、最初は、生活に苦労するBBが女友達と一緒におもちゃの拳銃で強盗を敢行、友人だけが逮捕される。事前にBBはベテラン弁護士ギャバンに弁護を依頼する。余りの幼稚な犯行ぶりに呆れて帰る彼を色気作戦で落とし、バーテンの偽りのアリバイ証言で見事に無罪を勝ち取る。その間にBBは段々彼に本気になる。それに従い、彼の細君エドウィジュ・フュイエールは落ち着きを失くす。
召使ニコール・ベルジュと妾宅を与えられたBBはそれでもしきりに追いかけて来る前の恋人フランコ・インテルレンジに未練があるようで、妊娠でギャバンが喜んだにもかかわらず、彼と召使を先に帰し、その足で男のいることを掴んだホテルに向かう。が、逢引の後引き留めに応じない彼女をインテルレンジは勢い余って殺してしまうのである。
警察や弁護士が出て来るが、ミステリーではないだろう。シムノンは時にミステリーの香りもする一般小説も書いている。本作の場合は、ギャバンが男の弱さを発揮して妻を尻目に浮気に傾くちょい悪紳士である印象だが、どちらかと言えば手練手管を使って男を落とした、ちょっとした小悪魔たるヒロインが因果応報的な結末を迎えるというお話と考えるのが妥当だろう。
「ヘッドライト」ほど所謂人情に訴えるという感じではないが、ゾラやモーパッサンを読んだ後のように人間の営みに苦い後味を覚えることは必定。
クロード・オータン=ララの作品としては、同じくピエール・ボストとジャン・オーランシェと組んだ「肉体の悪魔」(1947年)「青い麦」(1954年)「赤と黒」(1954年)と言った他の文芸ものに及ばない印象を覚える。
「可愛い悪魔」と聞いてキャンディーズを思い出したが、見事な記憶違いで彼女たちのヒット曲は「やさしい悪魔」でした。作曲が吉田拓郎だからね、当時ちょっとびっくりした。
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