古典ときどき現代文学:読書録2026年春号

 ここでも土曜日まで咲いていなかった桜が咲き始めました。全体として今年の一月から三月は暖かったですね。例年より多めに買った灯油が余り気味です。

 本年二回目の読書録も相変わらずの内容ですが、ひとまずスキャンしてみましょう。2月に五輪、3月にWBCと高校野球と続いて相当時間が取られた為、読書量はやや少なめとなったかもしれません。 

 ざっと眺めると、小説は映画化された作品を多く選んでいますね。それも大古典・古典ではなく、比較的に新しい作品ばかりですので、皆さんもご存じの作品が多いでしょう。映画化された作品は手を取りやすい。

 大古典は、ご案内通り、そう遠くない将来図書館に通えなくなることを前提に1シーズンに一つ読むと決めた漢籍。今回は「孔子家語」。「論語」ほど有名ではないですが、孔子の言動を記録している点で全く同じ。中古典を含めて、所謂 “古典” は、 他にはないですね。
 映画化された小説以外(但し、それも含む)では、ここ2年ほどの傾向通りミステリーが多め。アガサ・クリスティー、モーリス・ルブランはミステリーとしては古典の部類ですが。長く避けて来たフレデリック・フォーサイスが予想以上に面白く収穫。
 例によって<芥川賞受賞作を読むシリーズ>も継続中。3名読みました。若い人なら2010年近辺のこの辺りも古典に入るかもです。

 文学(今回は小説と言った方が良いかもしれない)以外は余り読めなかったですねえ(「孔子家語」は文学ではないけれども)。「宇宙の広さを知ったサル」という人類学(内容は進化心理学)の書籍が実に興味深かった。短くはないけれど、面白い。
 常連モカさんのお薦めのミステリー論「アクロイドを殺したのはだれか」は文学論に留まらず、心理学分析を加えて相当興味深く、本格ミステリー・ファンは必読しょうね。 

 前口上はこのくらいに。それでは、リストをご笑覧ください。


***** 記 *****


ジョン・バース
「やぎ少年ジャイルズ」
★★1960年代の冷戦世界を動物だか人間だか解らない人々が往来する大学に仮託してその様々な対立があるが故に止揚していくような様を綴る極端なカリカチュア。聖書とギリシャ神話と「千夜一夜物語」と(マルキ・ド・サド的な性的な)悪漢小説を合わせたような内容と言えば、その二律背反の権化のような異色ぶりが解るだろう。面白くもあり退屈でもあるが、小さな文字で二段組の全2巻750ページは長すぎる。


フィリップ・K・ディック
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
★★★★「ブレードランナー」の原作として有名。ディックはこの映画化によって人口に膾炙するようになったが、映画の完成を見ずに53歳で亡くなった。本作におけるアンドロイドと人間の差は(体を分断でもしない限り)感情の顕微鏡レベルの遅延しかなく、火星から地球に逃げて人間の間に紛れ込むアンドロイドを抹殺する任務を負った主人公は次第に彼らと人間との差を考えざるを得なくなる。映画より人間について考察する哲学的傾向が濃厚で、僕は映画より面白かったくらい。


山田 太一
「異人たちとの夏」
★★★★★昨年末に再鑑賞した同名映画の原作。映画はほぼ原作通りと判りました。親子の心情の交換に弱い僕には涙腺をいたく刺激される瞬間に遭遇する。精神状態が良くない時は却って感涙を惹起する小説や映画が良い。それには、好青年役を一通り終えた中井貴一がちょい悪を初めて演じた浅田次郎原作の「ラブ・レター」(1998年)が最もふさわしいと思うが、この小説もふさわしいでしょう。


スティーヴ・スチュワート=ウィリアムズ
「宇宙の広さを知ったサル」
★★★★★進化心理学(という研究分野があるそうな)の立場から人間の行動を解く。男が暴力的であることや、女性が見た目を気にしたりハンサムや富豪と結ばれることを目指すことにも、自然選択的な意味が多かれ少なかれある。ミーム(一種の概念だが定義が難しい)論もあり、なかなか面白いですぞ。反論に対する用意も十分してあり文字通り用意周到。進化心理学という分野を知ることが出来ただけでも収穫かも。進化心理学の考えはフェミニストと相性が悪そうだが、客観的には進化心理学のほうが正しいように思われる。


立松 和平
「遠雷」
★★★★一年半前に再鑑賞して懐かしがった邦画の原作。ほぼ映画通り。映画が原作通りなんですけどね。野趣に横溢した土着的な内容であることは映画評でも記したように中上健司に近いが、中上ほど人生観や未来観がネガティヴではなさそう。中上は小説を一つ、映画化を通しても数作しか知らないのだが、それほど間違ってはいないと思う。


フレデリック・フォーサイス
「オデッサ・ファイル」
★★★★50年弱前に観た映画版は当方がまだ大学に入ったばかりで未熟、さほど面白いとは思わなかったものの、この小説は非常に面白かった。「ジャッカルの日」の原作も読んでみる気になりました。オデッサというのはナチスの残党が首尾よく生き残り、あわよくばまた社会の中心となるのを目的とした秘密結社であり、主人公のジャーナリストは大したメリットもなさそうなのに単身一味に挑んでいく。主人公の目的にミステリー的趣向あり。日本の保守の中にもオデッサみたいな連中がいそうだ。


逢坂 剛
「カディスの赤い星」
★★★★作者はスペインが好きらしいが、内容はフランスのアレクサンドル・デュマ⇒モーリス・ルブランの流れを汲んでいる感じの冒険サスペンス。現に主人公のPR事務所所長は「奇巌城」の少年探偵と同じボートルレという姓を持つ記者と遭遇している。楽器店のPRを任されたた都合上スペインからやってきた老ギター職人からある日本人ギタリストを探すように懇願された結果、一本のギターを巡る争奪戦とフランコ政権打倒を目指すテロリストの暗躍に巻き込まれることになる。まあ、やはり一時期のルパン(スペイン貴族ペレンナを気取って政治的に暗躍していた頃)ですわな。調べてみたら逢坂氏は「奇巌城」を訳していました。


カースン・マッカラーズ
「木・岩・雲」
★★★失踪した妻を探す中年男が偶々カフェに配達に訪れた10歳の少年に、その経緯と彼の現在の心境(言わば進境した彼の心境)を語る。という短編らしく全体の味も後味も素晴らしい作品ながら、紹介者の常連モカさんによれば、僕の読んだ訳(大津栄一郎版)は余り良くないということなので、暫定的に★の数は一つがとこ遠慮しておきました。


岡嶋 二人
「クラインの壺」
★★★★2000年代映画で大量に仮想現実ものの洗礼を受けた身としては、既視感・既読感があって、そう驚きはしなかったものの、実質的に携帯電話もなかった1989年に書かれたことには驚かざるを得ない。あの時代であれば、現実と仮想現実が多重的になっているマトリョーシカ形式でも十二分に楽しめたと思うが、これはさらに一段進めて主人公は自分が現実と仮想現実のどちらにいるのかさえ解らないのである。これが【メビウスの輪】 の4次元版【クラインの壺】 の意味である。岡嶋二人はエラリー・クイーンのようなミステリーのコンビ作家だが、本作はSFミステリーといった感じ。


バリー・ハインズ
「ケス 鷹と少年」
★★★ケン・ローチの映画版が即実的でなかなか素晴らしかったが、原作もほぼそのままの感覚。進行形のお話は現在形の文で、回想的なところは過去形で語られる。この辺りが非常に解りやすくて良い。


孔 安国
「孔子家語」
★★★★ “こうしけご”と読む。「論語」に洩れたとされる孔子と弟子たちの言動を詳細に記した儒書。著者とされる孔安国は孔子の12代後の子孫と言われる。だから家語なのである。女性蔑視的な部分を除けば、今でも役に立つ政治論・道徳論だ。


三国 玲子
「空を指す枝」
★★★歌集。芸術家の家に生まれた作者は、銀行に始まり洋裁店など色々な会社に就業し、男尊女卑的な会社の様子をスケッチする一方、失恋や結婚観について色々煩悶する様子も随時歌うが、この歌集発表の7年後にめでたく結婚したようである。それから70年も経っているが、男尊女卑的な社会がどの程度変わったのか僕は相当疑問なのである。


津村 記久子
「ポトスライムの舟」
★★★第140回(2008年下期)芥川賞受賞作。就職氷河期にいたヒロインは、食品工場勤めを中心として三つの仕事をしているのに世界一周のクルージング費用と同じ金額しか稼げないことに悄然としつつ、懸命に節約してその金額の達成を夢見る一方、離婚する友人母子を母と過ごす家で過ごさせ、友人たちの為になけなしの金を使うことに躊躇しない。そんな庶民感覚がうるわしい。長瀬由紀子が次からナガセと記されるのは、この瞬間にこの小説は事実上の一人称小説になったことを示しているのだと思う。この頃芥川賞を受賞する女性作家の作品は軽味(かろみ)を感じさせ、爽やかなものが多い。

「十二月の窓辺」
★★★パワハラ上司の為に辞めざるを得なかったヒロインが彼をも襲う連続通り魔に意外な人物を見出す。大衆的にはこちらのほうが解りやすいが、少し解りにくい上記作品を補完する力がある。


磯崎 憲一郎
「終の住処」
★★★第141回(2009年上期)芥川賞受賞作。どなたかが仰るように、昭和二十年代の若手作家による純文学を読んでいるような印象があり、その頃の文学をそれなりに多く読んだ経験のある僕にはそれなりにピンと来る。何故その頃の文体を思い出させるのかと言えば、最近の小説には珍しく三人称ということに思いが至った。ある時期以降日本の純文学は90%くらい一人称なのだ。僕は一人称はそう好きではない。中年に近付いてから結婚した主人公は、娘ができて数年後から突然妻から口をきいて貰えず、11年間の年月を重ねる。ある時達観したのか家を建てることを決意すると、妻は「そうね」と応じるのだ。しかし、こうして家を持った実感を得た彼は既に老境を感じる、という悲しさ。

「ペナント」
★3部構成の難解な短編。他人の家でペナントを見出す最初の少年と3番目の少年が同じかどうか分らない。こちらは全くピンと来ない。


赤染 晶子
「乙女の密告」
★★★★第143回(2010年上期)芥川賞受賞作。僕は東京外語大出身で、専攻したロシア語科は60人中女性は6人しかいなかったが、諸事情があって2年程大学に余分にいて卒業する頃は女子が非常に増えた。ロシア語は人気がなくて大幅には増えなかったと思うが、かなり女子大化が進んだ印象はあった。序盤の外語大の学生は遊ばないという叙述は本当である。1,2年は辞書と首っぴきで予習が大変(毎日平均4~5時間予習した)で、遊ぶどころかバイトもできない。この学校でバイトをしていたら大体留年する。関西にあるこの大学は本当に女子しかいない学校なのか或いは学科なのか知らないが、「アンネの日記」をドイツ語で暗唱する大会が毎日のように行われ、二つのグループが対立する中、リーダー格が密告されるという事件が起こる。これが「アンネの日記」の密告と重なっていくうちに、語り手は自己のアイデンティティーを見つけるのである。映画に出来たら面白そうな内容だが、なかなか難しいでしょうな。


ピエール・バイヤール
「アクロイドを殺したのはだれか」
★★★★前半はミステリー論を超えた文学論、中盤は心理学からの文学へのアプローチ、終盤はその心理学的アプローチをベースにポワロ分析をし、「アクロイド殺人事件」におけるポワロの推理は正しかったのかと考察する。本作自体が一種のミステリーとも言える面白さがあり、心理学の部分で些か退屈を感じた人もここは相当に楽しめるはずだ(しかし、ここを飛ばしていきなり結論部分を読んでは意味がない)。が、ポワロ・シリーズの中でも重要な5本恐らく3本のうちの一つに入るに違いない「カーテン」が詳細に紹介されているので、読む予定がありかつ未読の方は「カーテン」を読まれてから一読したほうが良いと思う。


モーリス・ルブラン
「ジェリコ公爵」
★★★★ルパン・シリーズではあるが、ルパンは出て来ない。しかし、主人公の記憶喪失者の冒険家エラン・ロックと悪党と伝えられるジェリコ公爵はルパンそのものなので、ルパンの楽しさは十二分に味わえる。子供時代に読んでいないのは、ルパンその人が登場しないので、僕の読んだシリーズから外されたのに違いない。ルパンにふさわしいと考える中学生向けくらいの和訳であるせいか、予想以上に面白かった。

「バール・イ・ヴァ荘」(再)
★★★本家のルパンものだが、ラウール・ダブナックという変名で出て来る。本名はラウール・ダンドレジーだから、ルパン・ファンならすぐに彼がルパンであることが解るという次第。「バーネット探偵社」「謎の家」に続くベシュ(ルパンのバディ的になっていく官憲の名前)ものだ。土地相続をめぐる事件と、その土地の相続者姉妹との恋愛感情が絡んで進行する。再読ながら子供時代には読めなかったので、さまで思い入れがない。最初に読む年齢は重要ですな。逆に、年齢によって印象がぐっと良くなる例もあるので、読書や映画鑑賞は面白い。


ジョン・アップダイク
「走れウサギ」
★★★高校時代バスケットボールの名手だった主人公 “ウサギ” ことハリーが、妻ジャニスとの発展性のない生活に倦んで思い付きで車を駆り、バスケットの恩師と会い、彼と浮き合ううちに商売女ルースと懇ろになって同棲を始める。故郷の牧師がこれに絡んできて交流し、妻の出産と共に帰って来るも、結局精神が不安定な妻が赤ん坊を事故死させてしまうと、再びルースの許に向う。ルースも妊娠して堕胎しないのに安心しつつ、ジャニスと離婚する気も起きず、彼の心は彷徨するのだ。実際の生活に似て結論の出ない内容で、続編が二つ書かれている。1960年代に流行った郊外小説の類で、こういう小説の延長に鼠三部作を書いた初期の村上春樹などがあるのだと思う。


豊田 穣
「長良川」
★★★★戦争ドキュメントのつもりで読んだが、空軍パイロット出身という作者の私小説でしたよ。妻を癌で失った後、再婚を勧められる女性たちと会うごとに戦時中に思いが至るという流れで、その戦記部分は量的にもさして多くない。それも米軍の捕虜収容所での出来事が大半で、これがなかなかに興味深い。”生きて虜囚の辱めを受けず”という訓示が必ずしも守られなかった現実が生々しく証言されるからである。第2部では長男が精神病を患い、精神病院に入れた彼をどう扱うかを悩む折にも収容所時代に思いが至る。昭和時代らしいきちんとした文章が素晴らしい。


アガサ・クリスティー
「ゴルフ場殺人事件」
★★★ポワロ・シリーズ第2作。続けてTV映画版も観てみた。英国からフランスに渡って会う前にポワロの依頼者が殺され、ゴルフ場のバンカーで死体となって発見される。映画では偶然会った名探偵に保護を頼むが、結局死んでしまう。結構違うのだ。一番重要なトリックは名前や頭文字であろう。第1作「スタイルズ荘の怪事件」よりは複雑ではあるが、まだ基本に忠実という印象がある。後年の作品を先に読んでいると地味な印象はあるが、なかなか人気がある模様。

「五匹の子豚」
★★★★獄死した母親の無罪を信じる娘に請われてポワロが過去の殺人に取り組む。一人の青年画家が毒殺される事件がかつてあった。犯人とされたのがその細君であるが、夫君の幼馴染の兄弟二人、細君の年の離れた妹とその家庭教師、事件発生の直接要因となった画家の愛人にしてモデルから当時の様子を聞き出す。5人とのインタビューの後、事件の経緯を5人が各々記した文章が出て来ることが屋上屋を架すといった印象を必ずしも回避できないのが弱点であろうが、一種の「羅生門」(原作は「藪の中」)ものとして楽しめる。見る人によって印象が違うのは事件そのものより、画家と細君の人となりである。これが純文学的なアングルから楽しめる。僕はそれが気に入った。


高村 薫
「マークスの山」
★★★★30年ほど前に崔洋一の映画版を観たが、余り記憶がない。保存版を持っているので近いうちに再鑑賞したい気持ちが増してきた。日本アルプス山中、一家心中事件で少年が生き残った事件の近くで殺人事件が発生する。その事件は犯人逮捕で解決するが、それから10年以上経ってチンピラと検事が次々と殺された事件が同一犯の犯行らしく、そこからかつての京都の大学登山部メンバーの秘匿された事件が浮かび上がって来る。やや長めの警察ミステリーで、読み応えあり。


ジュンパ・ラヒリ
「その名にちなんで」
★★★作者の出自と同じインド(ベンガル)系アメリカ人とその家族を描く。主人公は、父親を救ってくれた小説の作者から付けられたゴーゴリというファースト・ネームに悩み、第2の名前を正式名に選んだ後に、その名の由来を知って複雑な思いを抱く。東洋系にありがちな、二つの名前の存在が事情を複雑化し、興味をそそる。その間に物凄いインテリ女性なのにインドの習慣に倣って家庭に入って凡庸な人生を過ごす母親、父親、妹、最初の恋人、浮気された末に離婚に至る同じベンガル系の妻などの人となりが描出される。異郷の定住地で思う故郷、故郷で思う異郷といったサブ・テーマも強い印象を残す。

この記事へのコメント

nessko
2026年04月01日 10:12
>赤染 晶子「乙女の密告」

これはおもしろかったですね。ちょっと少女マンガみたいなんですよ、人形抱いてる白人教師とか。それと、京都の町家だったのかなあ、主人公の家が。ああいうところの描写が現実味があってね。コメディタッチで重くなってもおかしくない主人公の成長を描いていたと記憶します。受賞当時、とんちんかんななんくせをつけていた選考委員の作家がいたことも思い出します。

赤染晶子は2017年に早世しましたね。ざんねんです。
かずき
2026年04月01日 16:47
オカピーさん、こんにちは。

今回の作品で読んだことがあるのは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と「クラインの壺」。
前者はその後のSFに多大な影響を与えた作品ですし、後者も時代を考えれば驚異的な内容で、どちらも名作ですね。
「異人たちとの夏」は大林宣彦監督の映画版が大好きなので、こちらも読みたいです。

あとは、新しめの小説では舞城王太郎の作品がお勧めですね。
一応ミステリーの作家ではありますが、ミステリーを傍流としつつドラマ等を描く作風で、「文圧」と称されるスピード感のある文章が特徴です。
私が読んだのはデビュー作「煙か土か食い物」と一番の大作「ディスコ探偵水曜日」の二つだけですが、どちらも面白かったです。
特に「ディスコ探偵水曜日」が凄い作品なので、非常にお勧めです。
ミステリーでありSFであり、いろんな要素がごった煮の作品で、かなりの奇書であると感じました。
難点としては、表紙がライトノベルのような美少女イラストが描かれたものなので、手に取るのが少々恥ずかしいかもしれません(笑)
モカ
2026年04月01日 17:12
こんにちは。

今回はなんと既読本が10冊もありました! 

「宇宙の広さを知ったサル」
面白そうですが難易度はどのくらいでしょう? 体感的には天動説を支持しているレベルの私でも理解できますかね?


バリー・ハインズ 「ケス 鷹と少年」

 原作本があったんですね。良い映画だったけど、ラストが辛すぎてもう一度見るのは躊躇してしまいますが。


岡嶋二人 「クラインの壺」
 上で書きましたが地動説人間の私が何故にこんな頭がぐちゃぐちゃになるような本に手を出したかちょっと説明させて下さいね。
ある時ふと井上夢人という人の書いた 「リヴォルバー」か「ラバーソウル」かどちらかのタイトルの本を読んだ事があったのを思い出したのです。
「リヴォルバー」か「ラバーソウル」どっちやったか? ちょっと気になりますよね? それでAmazonで調べてみたらこの井上夢人という人は岡嶋二人というコンビで色々書いていた事を知った訳です。

「アクロイドを殺したのは誰か」

 フランスのインテリさん、通常は業界から嫌われそうなフランスインテリ気質を逆手にとって良いお仕事をされました ^^



オカピー
2026年04月01日 20:51
nesskoさん、こんにちは。

>>赤染 晶子「乙女の密告」
>ちょっと少女マンガみたいなんですよ、人形抱いてる白人教師とか。

僕も中学から高校にかけて姉の少女マンガを盗み読みしていた時期があるので、多少その感覚が解ります。

>赤染晶子は2017年に早世しましたね。ざんねんです。

受賞後何年もしないうちに亡くなったんですね。
惜しい。
オカピー
2026年04月01日 21:05
かずきさん、こんにちは。

>「異人たちとの夏」は大林宣彦監督の映画版が大好きなので、こちらも読みたいです。

さほど長くなく、かつ、読みやすいので、是非どうぞ。

>舞城王太郎
>一番の大作「ディスコ探偵水曜日」の二つだけですが、どちらも面白かっ

チェックしました。
忘れないうちに図書館に予約を入れておきます。
たた現在長期の整理期間に入っていますので、5月になってしまうでしょう。

>難点としては、表紙がライトノベルのような美少女イラストが描かれたものなので、手に取るのが少々恥ずかしいかもしれません(笑)

僕が利用している図書館ではセルフで処理できますので、全然問題ありません^^
オカピー
2026年04月01日 21:31
モカさん、こんにちは。

>「宇宙の広さを知ったサル」
>面白そうですが難易度はどのくらいでしょう? 体感的には天動説を支持しているレベルの私でも理解できますかね?

「銃・病原菌・鉄」くらいではないでしょうか。結構大衆的と思います。

>バリー・ハインズ 「ケス 鷹と少年」
>原作本があったんですね。良い映画だったけど、ラストが辛すぎてもう一度見るのは躊躇してしまいますが。

あったんですよ^^
二度観られない映画というのはありますね。僕はアニメの「火垂るの墓」がダメです。二度と観られません。

>岡嶋二人 「クラインの壺」
>ある時ふと井上夢人という人の書いた 「リヴォルバー」か「ラバーソウル」かどちらかのタイトルの本を読んだ事があったのを思い出したのです。

そういうことですか。面白い縁ですねえ^^
しかし、ビートルズは凄い。地球は半周近く隔てた国で、「ラバー・ソウル」「ノルウェイの森」「きみの鳥は歌える」「ゴールデン・スランバー」といった小説の題名に使われる。

本稿の最後の小説はインド系アメリカ人の女性が書いたものですが、ここにも『ホワイト・アルバム』『アビイ・ロード』が出てきます。ビートルズ解散の少し前に生まれた主人公は『ホワイト・アルバム』の第3面を聴き、『アビイ・ロード』のB面を聴く。

ビートルズで思いつきましたが、面白そうな話題がありましたら【オカピーの採点表】へのコメントもよろしくお願いします。ストーンズについてはまだまだありそうですが?
mirage
2026年04月02日 00:44
こんばんは、オカピーさん。

ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」は、大きな出来事も小さな出来事も分け隔てなくありのままに、あくまでも静かに淡々と語られていきますね。
文章も現在形ばかりいくつも並んで一見単調なのですが、しかし、これが意外なパワーを秘めているように感じました。

この中で特に印象に残ったのは、2つの世代間の意識の差。
両親の世代にとっては、アメリカは生活の場ではあっても、あくまでも異国であり、本当の故郷はインドでしかあり得ないのですが、子供たちの世代にとっては、インドは既に異国。アメリカこそが故郷なのです。

しかし、そのどちらの国からも、彼らが本質的な意味で受け入れられることは最早ありません。
アメリカにいても、その容貌からインド人だということがすぐに分かりますし、一度インドを出てしまった彼らにとって、インド人の容貌を持ってはいても、再び溶け込もうとすることは意外と困難なことだと思われます。

しかも、両親が大切にしているインドの親戚や家族、そして民族的風習も、子供たちにとっては価値観の相違であり、反発の種であるだけ。
もちろん、どのような国のどのような親子にもそういった世代のギャップは存在すると思いますが、アメリカとインドという、まるで違う国を背負う彼らの姿は、殊さらに対照的になっているように思います。

この小説の主人公はあくまでもゴーゴリ。
彼が自分の名前を通して、自分自身とそのアイデンティティについて考えていく物語。
しかし、主人公はゴーゴリでありながらも、その両親、アショケとアシマ、そして妹のソニアことソナリ、ゴーゴリの人生に深く関わってくるモウシュミまでが丹念に描かれ、まるで大河小説を読んでいるような印象の作品でした。
オカピー
2026年04月02日 13:53
mirageさん、こんにちは。

>文章も現在形ばかりいくつも並んで一見単調

回想部分だけ過去形を使っていましたね。バリー・ハインズ「ケス 鷹と少年」と同じ手法です。全部過去形だったら、混乱しますので、解りやすくて良いです。

>インドは既に異国。アメリカこそが故郷なのです

そういう人はかの国には多いだろうに、トランプは白人以外はなるべくいなくなってほしいという考えがあり、国籍の出生地主義を覆そうとしていますね。彼らがそもそも移民が大多数である国家アメリカを偉大な国にしているとも言えるのに、残念です。

日本はまだまだ相対的に外国人は少ないですが、そう思っている元外国人あるいは日本生まれの方々も多いでしょう。
それでも一部保守(厳密には単なる外国人嫌い=ゼノフォビア)はトランプに勇気を貰って出て行けの大合唱。自民党の中にもいますが、大多数は外国人がいないとこの国はやっていけない、と最低限の理解はしている感じがありますね。
モカ
2026年04月02日 16:31
こんにちは。

ジュンパ・ラヒリは新潮クレストブック好みの作家ですね。クレストブックが初期の頃から翻訳権を一手に握っているのかな?
もう殆ど忘れ去ってしまいましたが、私が読んだのは「停電の夜に」でした。
なので既読本は9冊でした。

ところでクレストブックスももう30年近く続いていて、映画化された作品も多いですね。
ざっと思い出すだけでも、贖罪、アンジェラの灰、マザリングサンデー、コールドマウンテン、朗読者、ある秘密、サラの鍵、初夜、ある一生、ハムネット 等々
「コールドマウンテン」と「ある一生」以外は既読です。
ハムネットは最近映画化されて何か賞を取ったみたいですね。知らんけど…
「ある一生」は良かったので本も読んでみたいのですがいつになるやら…


ピエール・バイヤール
「アクロイドを殺したのはだれか」

 これの好感度が高いのは、筆者がクリスティ下げをしていない所だと思います。
書き方によっては重箱の隅を突く様に指摘して、流行りの言葉で言うなら「論破」
する事も出来たかもしれませんが、”作品は作者の意図とは裏腹に思いがけない筋書きを孕んでしまう事もある” という方向で話を進めているのが紳士的で良かったです。
オカピー
2026年04月02日 22:33
モカさん、こんにちは。

>新潮クレストブック好み

この辺りは全く解らないのですが、確かに映画化作品が多いですね。
「アンジェラの灰」はデジタル・ビデオにWOWOWから録画した記憶があり、懐かしいですね。

>「アクロイドを殺したのはだれか」
>”作品は作者の意図とは裏腹に思いがけない筋書きを孕んでしまう事もある” という方向

そんな文章があったことをおぼろげに憶えています。
文学論として興味深い指摘とは思いましたが、モカさんが紳士的と思ったのはクリスティー・ファンだからかもしれませんね。
モカ
2026年04月03日 19:25
こんにちは。

 >そんな文章があったことをおぼろげに憶えています。

  実は私が適当に書いただけなんですが、頭の片隅に残っていたのかもしれませんね。



 >文学論として興味深い指摘とは思いましたが、モカさんが紳士的と思ったのはクリスティー・ファンだからかもしれませんね。

 確かにクリスティーはジェインオースティンの時代から受け継がれた人間観察のユーモアや皮肉が効いていて、ミステリーとしての出来不出来はあっても、読んでいて楽しいので好きではあります。
 ただ今の時代にクリスティーに限らずエラリークイーンやヴァンダインやらの黎明期のミステリーを俎上に上げて変な突っ込みを入れるのは野暮かなぁ、と思うのです。その点このピエールさんはこの有名な作品を一度頭を真っさらにして、無骨なまでに隅々まで読んで、それを発表してしまうのが偉いと思うのです。
 
ここからはアクロイドのネタバレになりますが

 「アガサクリスティー自伝」によりますとアクロイドのアイディアは2人の人物からもたらされたとあります。
 1人からは「ワトソン役が犯人の本が読みたい」もう1人からは「殺人犯人となるべき人物によって一人称で語られる様にするべき」というようなリクエストが来たようです。

 それからピエールさんが真犯人と指摘している人物はクリスティーによるとミスマープルの原型のようです。

まぁピエールさんはこんな事も百も承知の上で、身も蓋も無い言い方ですが「でもこうも読めるんとちゃいますかー」と言いたかったんでしょうね。
オカピー
2026年04月03日 22:13
モカさん、こんにちは。

>今の時代にクリスティーに限らずエラリークイーンやヴァンダインやらの黎明期のミステリーを俎上に上げて変な突っ込みを入れるのは野暮かなぁ

それは、その通りです。
映画でも、似たような現象に時に出くわし、苦々しい思いをすることがありますよ。

>ピエールさんが真犯人と指摘している人物はクリスティーによるとミスマープルの原型のようです。

これは、解説に書かれていたような気がします。

>「でもこうも読めるんとちゃいますかー」と言いたかったんでしょうね。

洒落っ気とでも言うんでしょうかね。映画でも、洒落っ気のある作品が好きですよ。
mirage
2026年04月07日 01:08
こんばんは、オカピーさん。

山田太一さんの第1回山本周五郎賞受賞作品「異人たちとの夏」は、なんともいえず美しい物語でした。

「異人」の異は「異界」の異。12歳の頃に亡くした両親と、ふとしたことからめぐり合ってしまった「私」。
最初は両親に酷似しているにすぎないと思っていた2人が、実は両親その人たちであると分かってしまった時--------。
この両親を「幽霊」とか「怨霊」という言葉にはめ込んでしまいたくないですね。

死んでしまっているはずの人たちですが、生きている人間と同じように、確かな温もりを持っているのですから。
単なる主人公の幻想でも願望でもなく、彼らは本当にそこに存在しているんですね。
そして、再現される「家族」の情景。それは12の時以来、「私」が夢見ていた情景です。

人生に疲れ、身の回りに起きる出来事に消耗して、感情すらも失いそうになっていた「私」にとっては、この不思議な団欒の雰囲気は、実は一番必要なものだったんでしょうね。

でも、死んだ人たちに連れていかれてしまってもいいという想いは、よく分かるのですが、そうなってしまうと単なる逃避になってしまいます。
それにしても、最後の「ありがとう」の言葉が心に沁みますね。

この作品は映画化もされていて、「私」に風間杜夫、両親に片岡鶴太郎と秋吉久美子、ケイに名取裕子というキャスティングでしたね。
片岡鶴太郎と秋吉久美子が本当に素晴らしかったですね。
オカピー
2026年04月07日 21:06
mirageさん、こんにちは。

>「異人たちとの夏」

個人的に、両親に対して、罪悪感を抱いているものですから、僕も両親とは再会したく思います。
夢ではごくたまに再会しますが、異人としては再会したことがありません^^
逢えば逢ったら、怖いでしょうかね。