映画評「憐れみの3章」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2024年ギリシャ=アイルランド=イギリス=アメリカ合作映画 監督ヨルゴス・ランティモス
ネタバレあり

ヨルゴス・ランティモス監督の新作。初期の「キネッタ」では意味が全く不明の上に(あるいはそれ故に)退屈千万だったが、「アルプス」以降はほぼ同様に意味不明であっても不条理な展開ぶりに面白味があり、退屈はしなくなった(「アルプス」はまだ退屈感を残す)。

「各種優しさ」といった意味の原題を持つ本作は、同じ役者が三つの役を演じるオムニバス映画で、唯一の例外であるヨルゴス・ステファナコス演ずるRPFというイニシャルの中年男を巡って緩く繋がっているようで、特に第1話と第3話で首尾が一貫している。

第1話。車を衝突させてターゲットのRPFを殺すことを支配的な上司レイモンド(ウィレム・デフォー)に命じられた青年ロバート(ジェシー・プレモンズ)が、自分と相手の命を気遣って目的を果たせない為に排斥されてしまうが、知り合ったばかりの、実はレイモンドの関係者である女性リタ(エマ・ストーン)が重傷を負わせたRPFの病室から彼を拉致、目的を果たして信頼を取り戻す。

第2話は幻想的小説で知られるフリオ・コルタサルを少し想起させる。もっと直球的に不条理なのだが。
 警官ダニエル(プレモンズ)が、海で行方不明になった妻リズ(エマ・ストーン)が生還して喜ぶもどうも言動が前と違った為に彼女に対し自分の体の一部を料理にしろなどと理不尽な命令を下す。命令通り自分の肝臓を取ったリズは死ぬが、その現場に本物らしいリズが現れる。
 価値観なるものの不安定さを感じるお話で、途中からダニエルの頭がおかしくなったように見えるが、最後に現れるリズが本物なら、最初のリズは人為的に作られた偽物である可能性も否定できず、解釈が色々と出来るようになる。そもそも別のリズが出て来る最後のショットが現実である保証もない。少しアングルを変えれば第1話同様支配する側と支配される側のお話にも見える。

第3話。教祖(デフォー)とパートナー(ホン・チャウ)以外とはセックスすることを許されないカルトの一員になった人妻エミリー(エマ・ストーン)が、死んだ男を蘇らせる力のある双子の一人を探すうち、獣医ルース(マーガレット・クアリー)がそれらしいと気付いて接近して拉致する。
 その力で甦るのが第1話で死んだRPFと判明する次第で、レイモンドが組織する団体とカルト集団は敵対関係にあったのかもしれないですな。
 これもまた支配と被支配の物語である。排除された者が元の居場所に帰還しようとする点も概ね共通するが、結果は違う。

支配される側の目的は承認欲求を満たそうとすることか? この辺の解釈は厄介そうである。

いずれにしても、作者の頭の中に解があるにしても、鑑賞者が理屈で整合性のある解を得られる性格の作品ではなく、その常識を超えたお話の進展を楽しむべき不条理映画と言うべし。僕は理屈や合理性が優先する左脳人間であるが、理屈を放棄せよと言っている映画にそれを求めるほど野暮でもない。

165分と、ちと長いですがね。

この記事へのコメント