映画評「罪人たち」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2025年アメリカ=オーストラリア=カナダ合作映画 監督ライアン・クーグラー
ネタバレあり
2025年度アカデミー賞の16部門でノミネートされている話題作。
邦題は散文的な“ざいにんたち”ではなく、文学的に“つみびとたち”と読ませる。 よって“た行”にした。
シカゴでギャングをしていたスモークとスタックの双生児(マイケル・B・ジョーダン二役)が故郷であるミシシッピの町に舞い戻ってダンスホールを開き、ブルースの名手である従弟サミー(マイルズ・ケイトン)を迎える。同時に彼の歌は悪魔を呼ぶと牧師の父親から恐れられている。
折しも、アイルランドからやって来た謎の男実は吸血鬼(ジャック・オコンネル)がまずKKKの夫婦を襲い、やがて三人で開かれたばかりの兄弟のホールにやって来るが、吸血鬼だから招聘されないと入れない。しかし、外に出る関係者がいれば必ず襲って仲間にし、その中に4分の1黒人の血が混じるという白人美人メアリー(ヘイリー・スタンフェルド)がいたことからうっかり中に招き入れてしまった結果、スタックが犠牲になる。しかも、夫を吸血鬼にされた中国人店主の妻(リー・ジュン・リー)がやけになった挙句中に入れて迎撃すると叫んだ為、ここにホールの人々と吸血鬼集団の間で激しい殺戮が始まる。
というお話で、吸血鬼の出身地の関係でケルト風音楽も聞けるが、サミーの演奏の他に既成のブルースに聞き応えがある。
内容としては、多文化共生社会を願った寓意劇として観た。
まず、人種・民族・思想(KKKのメンバーもいる)を問わず、平等に吸血鬼になる。最終的に彼らは殆どが退散されるのだが、誰が残るかは実物を観てのお楽しみとして取っておくとして、この設定も恐怖映画の趣向とは違う意味で結構示唆するものがある。
この事件の後KKKらの白人がホールを襲いにやって来て、スモークに返り討ちに遭うのも示唆的。この映画の中では差別主義者は生きられない。
個人的には、序盤の風俗劇的な部分がじっくり作られていて映画的に感心させられたものの、吸血鬼映画として見ると長たらしいと感じる向きもあるのではないかと心配になる。
吸血鬼の扱いは基本に忠実なところがある一方、吸血鬼ものの系譜にあるゾンビ映画のテンプレートを利用し砦もの的な作りがなされていて、このハイブリッド感が面白いと思う人もいるだろうが、全体としても序盤の風俗劇からの転換などごちゃまぜ感が強い為、僕にはちと辟易させられるところがある。
画面は、車を駆使したトラックフォワードなどカメラが機動的に使われてダイナミック。撮影を買っておきたい。
ライアン・クーグラー監督はこれで4本目になるが、サブジャンル的には全て違う。結構サムライです。
「ノスフェラトゥ」に新版が誕生した。明日この新作を観る予定。吸血鬼映画はゾンビもののように【雨後のたけのこ】状態にはならない代わりに、コンスタントに作られ続けて来た。一時の勢いのないゾンビものも今後そうなっていくと思う。
2025年アメリカ=オーストラリア=カナダ合作映画 監督ライアン・クーグラー
ネタバレあり
2025年度アカデミー賞の16部門でノミネートされている話題作。
邦題は散文的な“ざいにんたち”ではなく、文学的に“つみびとたち”と読ませる。 よって“た行”にした。
シカゴでギャングをしていたスモークとスタックの双生児(マイケル・B・ジョーダン二役)が故郷であるミシシッピの町に舞い戻ってダンスホールを開き、ブルースの名手である従弟サミー(マイルズ・ケイトン)を迎える。同時に彼の歌は悪魔を呼ぶと牧師の父親から恐れられている。
折しも、アイルランドからやって来た謎の男実は吸血鬼(ジャック・オコンネル)がまずKKKの夫婦を襲い、やがて三人で開かれたばかりの兄弟のホールにやって来るが、吸血鬼だから招聘されないと入れない。しかし、外に出る関係者がいれば必ず襲って仲間にし、その中に4分の1黒人の血が混じるという白人美人メアリー(ヘイリー・スタンフェルド)がいたことからうっかり中に招き入れてしまった結果、スタックが犠牲になる。しかも、夫を吸血鬼にされた中国人店主の妻(リー・ジュン・リー)がやけになった挙句中に入れて迎撃すると叫んだ為、ここにホールの人々と吸血鬼集団の間で激しい殺戮が始まる。
というお話で、吸血鬼の出身地の関係でケルト風音楽も聞けるが、サミーの演奏の他に既成のブルースに聞き応えがある。
内容としては、多文化共生社会を願った寓意劇として観た。
まず、人種・民族・思想(KKKのメンバーもいる)を問わず、平等に吸血鬼になる。最終的に彼らは殆どが退散されるのだが、誰が残るかは実物を観てのお楽しみとして取っておくとして、この設定も恐怖映画の趣向とは違う意味で結構示唆するものがある。
この事件の後KKKらの白人がホールを襲いにやって来て、スモークに返り討ちに遭うのも示唆的。この映画の中では差別主義者は生きられない。
個人的には、序盤の風俗劇的な部分がじっくり作られていて映画的に感心させられたものの、吸血鬼映画として見ると長たらしいと感じる向きもあるのではないかと心配になる。
吸血鬼の扱いは基本に忠実なところがある一方、吸血鬼ものの系譜にあるゾンビ映画のテンプレートを利用し砦もの的な作りがなされていて、このハイブリッド感が面白いと思う人もいるだろうが、全体としても序盤の風俗劇からの転換などごちゃまぜ感が強い為、僕にはちと辟易させられるところがある。
画面は、車を駆使したトラックフォワードなどカメラが機動的に使われてダイナミック。撮影を買っておきたい。
ライアン・クーグラー監督はこれで4本目になるが、サブジャンル的には全て違う。結構サムライです。
「ノスフェラトゥ」に新版が誕生した。明日この新作を観る予定。吸血鬼映画はゾンビもののように【雨後のたけのこ】状態にはならない代わりに、コンスタントに作られ続けて来た。一時の勢いのないゾンビものも今後そうなっていくと思う。
この記事へのコメント
すると、私が避けて 通っている「吸血鬼」ものではあり、途中で出ようかと思いましたが我慢して最後まで見ました(笑)
「そっち側にいるよりゾンビになった方が統一された意識で 差別のサの字もないぞ!」的視点は面白かったです
がアカデミーでも本命視されるくらいかというと...
一応面白くは観ましたが上の方同様、そこまで絶賛するほどのものは読み取れませんでした。
ラストにバディガイが登場してびっくり!
あのクラブはバディガイのお店かな? まだまだお元気そうで良かった!
>私が避けて 通っている「吸血鬼」ものではあり
僕は本来の形であれば吸血鬼ものは観ますが、ゾンビは結構避けます。
>「そっち側にいるよりゾンビになった方が統一された意識で 差別のサの字もないぞ!」的視点は面白かったです
そういう内容でしたね。
>がアカデミーでも本命視されるくらいかというと...
僕にも大いに疑問ありデス。
>昔観た「フロムダスク ティルドーン」に人種問題とブルースを絡ませた感じ
そうかもしれません。
続編も作られたやつですね。
>そこまで絶賛するほどのものは読み取れませんでした。
僕も同じ。
DEIの要素を投入すると評価されやすいような気もしますね。
>ラストにバディガイが登場してびっくり!
バディ・ガイは名前くらいしか知らない僕もびっくり^^